第335話 16枚目:完了ボーナス

 ……流石に1週間では準備して妨害するのは間に合わなかったかな。

 とか思いながらも警戒を忘れない現在は日曜日の午後のログインだ。どうやら救出人数が推定人口の9割に達したとかで、今日の夜には対ヒラニヤークシャ(魚)レイド戦が出来るのでは、という空気になっている。

 なので強制休眠中のヒラニヤークシャ(魚)の周囲に塹壕を追加する動きがあるし、イベント空間ではなく扉に集められたダンジョンに向かう召喚者プレイヤーも増えて来た。ドロップ品とか考えたらあっちの方がおいしいからね。

 まぁ私は変わらずイベント空間で救出に集中してるんだけど。あと問題らしい問題は、「第五候補」がいなくなったから、魅了が切れてアザラシの群れがおろおろあわあわしだした事かな。


「まぁ野生動物としてはそちらの方が正しいのですが」

「姫さん、あれ狩っちゃダメ?」

「アザラシという種が全滅するのでダメです」


 相変わらずアザラシ=お肉という認識のサーニャには釘を刺しておき、救出してきた渡鯨族の人を『本の虫』の人達に託す。おじいちゃんと孫娘、という感じの2人組だったので、女の子が手を振ってくれたのに手を振り返して見送った。

 さて次。と振り返った視界の隅で、同じくイベント空間から帰還したらしい召喚者プレイヤーの一団が慌てて『本の虫』の人達を呼んでいるのが見えた。護衛対象に大怪我でもさせちゃったか、と思って何気なくそちらを振り返る。


「……は?」

「うわ」


 だがそこに居たのは、他の召喚者プレイヤー達も慌てて参戦してその身体を力づくで押さえつけられながらも暴れている、立派な角を持った鹿……いや、角の形的に、トナカイ、だろうか。

 毛の色が黒に見えたが、押さえつけている召喚者プレイヤー達の身体に移っているところを見るとどうやらあれは汚れらしい。しかし何であんなに、口から泡を吹くほど大暴れしているのか……と、考えた所で、さっと私の前に出たサーニャに視線を向ける。


「うーん。たぶん、【獣化】した獣人族の馴鹿系の奴、だと思うんだけど、何であんな暴れてるのかは分かんないな。あ、姫さん頼むから近づかないで。本気の突き上げ食らったらボクらでも痛いから」

「近づきませんというか近づけないでしょう、あの暴れっぷりでは。しかし此処に出て来たって事は、あの「閉じた空間」の中に居たって事ですよね……」


 なお獣人族は人間種族であり、本来は人間に獣のパーツや獣頭がくっついた感じの姿だ。そこから獣に近い姿を取るには【獣化】というスキルが必要になる。

 じゅんろくけい、てことはやっぱりトナカイか。居たかーそっかー。要救出対象が増えたな。予想はしてたけど。しかしでかいな。あれ、暴れてる状態で脱出してきたのか? それはそれですごいな。

 ……出てきたら暴れだしたとかじゃない事を祈る。だって厄介事の気配しかしないからね。




「最初は鹿頭の人間が倒れていたのを見つけたんだ」

「しばらく声をかけても回復魔法をかけても起きなくて」

「でも人っぽいからさぁ。タンカに乗せて運ぶかって事になって」

「2パーティで入ってて良かったよな。帰りがきついのなんの」

「で、外に出た所で呻き声が聞こえて、気づいたかなと思ったら」

「あの大暴れ。俺らにも何がなんやら」


 はい。厄介事確定。

 ……救いというか気休めと言うか、そのトナカイ獣人さんは渡鯨族の街に定住していた人で、恐らく街に居たから一緒に避難していただけであり、獣人族という種族が「閉じた空間」に居るという訳ではないのも分かったが。

 恐らくって言うのは周囲の証言がそうだというだけであり、本人は今もまだ昏睡状態だからだよ。ファンタジー世界の麻酔とか、よく調達できたな『本の虫』の人達。


「しかし、突然の凶暴化、なぁ」

「そりゃ怒らせたら怖いのは確かだけど、そもそも怒るっていうのが仲間内に手を出されたり酷く誇りを傷つけられたりした時ぐらいなのんびりした性格が普通な奴らだし? 正直意味が分からないかな!」


 エルルとサーニャの意見はこんな感じだ。つまり、原因不明。ちなみにトナカイ獣人さんが黒く見えたのは、普通に汚れていただけらしい。洗ったら暗めだが茶色い毛並みになってたよ。


『ふむ……。獣人族とは同族同士の仲間意識が強い者が多いが、それは変わらぬという事か?』


 なお、現在私は「第一候補」に呼ばれてエルル及びサーニャと一緒にトナカイ獣人さんが寝かされている医務室的な部屋にお邪魔している。ヒーラー的な意味の神官でもあるので、普通にファンタジー要素が噛む為現実のそれより難しい診察が出来るのだ。

 で、話を振られたサーニャはちょっと首を傾げ、ワンテンポ遅れて自分に話しかけられたという事を理解したらしい。こっくりと頷いて見せた。


「結束の強さは大したもんだぞー? 普通に熊ぐらいならボッコボコにして追い払ったりするし」

「肉食わない分だけ容赦がないっていう部分はあるよな……」

『なるほど。そうであるか』


 エルルも情報を補足して、それでどうやら「第一候補」は何らかの推測を立てたようだ。その割に口が重いのは、推測を補強する情報が少ないからだろう。

 だがまぁ私達だけではなく、『本の虫』の人達も聞いているんだ。多少不確定な情報であっても共有するに越したことは無い。それは「第一候補」も分かっているだろう。

 だから、そう間を開ける事なく言葉を続けてくれた。


『結論から言えば、この暴れようは他の場所に居る同族との状態の共有を半端にした為である。よって原因を取り除くまでは昏睡させておくより他に方法は無い』

「状態の共有?」

『うむ。……呪詛でも儀式でもない、つまりこちらの世界由来の物ではない故に推測しか出来ぬが……相当な目に遭っておるようだ』

「原因の場所は分かりそうですか?」

『恐らくは。だが、因果や空間の揺れが噛んでおる故、相当に時間はかかるであろう』


 ……なるほど。

 つまり、どっかのイベントのフラグ、或いはヒント、もしくはメッセンジャーって事だな?

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