第115話 10枚目:戦況変化

 カバーさんは追加投入された資金を上手く使えたようだ。押し戻されつつあった戦線の下がり方が止まった。流石だね。

 そうこうしている間にようやく東方向の防壁の修復が終わったようだ。これで最低限の戦力を残し、他の場所へと戦力を振り分け直すことが出来る。


「南方向へ余剰戦力を集中させてください。そして、ルチルさんに西方向へ向かって頂くよう言伝をお願いします」


 そこでカバーさんは、戦力を南に集中させ、そこを維持している特級戦力であるルチルを西に回すという判断をした。なるほど、ヒーラーが参戦すればポーションが尽きても戦線維持が出来るからか。

 それになんだかんだ言いつつ、結局西方向の防壁が落とされては意味がない。それに西でしっかりと相手の数を減らすことが出来れば、結果として他の方向の防衛も楽になるだろう。

 ……多分、本音を言えば、ルチルもニビーさんも西の防衛に向かってほしかったんじゃないかな。現場の士気とかそういう関係で出来なかったとか、そんな気がする。


「ええ。資材の優先順位は東を一番下に下げて、北を一番上に繰り上げてください。次点が南です。やってくるモンスターの種類に変化はありませんか? はい。ではそろそろその傾向に共通点が無いかの分析を始めましょう」


 どうやら襲ってくるモンスターの種類に変化は無いらしい。良かった、と、言うべきか。召喚能力持ちのモンスターが湧いたとかではなさそうだから。それでも万一に備えて共通点の有無を探しにかかるカバーさん。

 ……共通点があったら、うん。ボスとかキングとかつくモンスターが湧いている可能性があるからね。潰しておくべき可能性ではあるだろう。警戒するべき可能性でもあるし。

 とはいえ……この分だと、特級戦力はルチルとニビーさんだけで何とかなりそう、かな? もしかしたら他にもしれっと魔物種族召喚者プレイヤーが参加してるかもしれないけど。いやぁ、万が一の時の保険リセットボタンを任されたとは言え、こういう備えは無駄になってなんぼだからなぁ。


「はい。そうですね。まだ予断は許しませんが、そろそろ調査を開始する段取りも考えていきましょう。まずは今回協力をお願いした方々へのお礼についてですが――」


 事態解決のめどが立ってきた、と見たか、カバーさんは戦後処理の指示を出し始めた。気が早い、と思うかも知れないが、これぐらいの見切りで決めておかなければ後が大変だろう。

 まとめ役も大変だなぁ。と思いながら、まぁ、私も私で転寝するかみたいな空気になっている仮設司令部のテント。



 それが、一瞬で。

 文字の通りに――――「薙ぎ払われた」。



「!!??」


 何事、と思う間もない。感じた痛みと力が抜ける感覚からして、レベルカンストして耐性スキルもかなり育てている私ですらダメージが入った。そんなの、普通一般人間種族なカバーさん達が耐えられるわけがない。

 ぽーん、と派手に高く吹き飛ばされた状態で【飛行】を素早くメインに入れて【風古代魔法】を詠唱。そのまま空中を駆け上がるようにして高度を稼ぎ、安全地帯であった筈の街(廃墟)の全景を再度確認する。

 東、問題なし。南、戦闘中。北、ニビーさんっぽい姿が前線維持中。さて西は


「キゥ!? キュゥッ!?(は!? 門どころか防壁ごとごっそり消えてる!?)」


 確かあそこでは、一番派手な戦闘が起こっていた筈だ。なのにそれが、街(廃墟)のほぼ中央にあった仮設司令部のテントまで、切り分けたバウムクーヘンのような形にごっそりと「無くなって」いた。

 ……街の中をもう一度よく見ると、元防壁や建物だったらしい瓦礫がその他の場所に散らばっている。あの更地になった場所は、たぶん、文字通り「吹っ飛ばされて」しまったのだろう。

 ちなみに何故例えがケーキではなくバウムクーヘンかというと、西方向にあった防壁が、結構な範囲で「無くなって」いるからだ。どこか一点から放射状に、ではない。まるで、それこそ巨人が剣を横向きに振ったような吹っ飛び方だ。


「……キ、キュ。キゥ、キュー、キュッ(……じゃ、ないなこれ。一応あれか、放射状の「攻撃」ではあった、訳か)」


 だと、思ったのだが。視線を街の外まで向けると、街(廃墟)に及んだ被害は「放射型の攻撃の先端」であったことが分かった。何故なら、そこにうじゃうじゃと存在していた筈のモンスターの群れが、文字通り綺麗さっぱり消えていたからだ。

 まぁ他の場所に行っていたモンスターが戻って来ているし、あれだけの大きな攻撃に加えて主力と司令部が纏めて吹き飛んだ混乱で、まだあんまり安全では無いんだけど。

 まぁでも、そんな雑魚に構っている暇は無い。私が任された役目はリセットボタンだ。それこそ、「拠点が壊滅するかしないかは別にどちらでもいい」。何せ問題ごと更地にするお仕事なんだからな。直すのはどうせ私なんだ。


「キゥ、キューゥ(まぁ確かに、随分な火力ではあるけれど)」


 フリアドにおいては、体力や魔力までもがマスクデータ。それらは全て謎システムによって感じられる体感によってしか分からない。なお先ほどは久々にダメージが入ったが、自己回復系スキルをしっかり鍛えている私はもう全回復している。

 で。はっきりデータとして分かるのはスキルだけ、という事で、パーティを組んだ時の表示も碌な情報は無い。よーく意識すれば、視界の端にパーティを組んでいる相手と、その相手の状態を示すミニアイコンが現れるだけだ。

 そのミニアイコンも(もしかしたら【絆】や解析系のスキルを上げれば増えるのかもしれないが)種類は僅かに4つ。通常、戦闘中、休息中、そして……戦闘不能。


「……ルル……?(よくもうちの子をやってくれたな……?)」


 エルルはこのイベントエリアに入った時点でパーティから自動的に外れているので、私のパーティメンバーとして表示されている名前は2人分だ。

 戦闘中のアイコンが通常のものに変わったばかりだったルチルと、パーティを継続していたフライリーさんの名前。どうやらカバーさんからの伝言は届いていたらしい。

 その横のアイコンが揃って「戦闘不能」を表すそれに変わっているのを確認して、私は上空から、攻撃の起点がある方向を睨みつけた。

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