エピローグ1
大型SNSアリスは、ベータテストを終了し、無事に正式サービスを開始した。
そしてそれと時を同じくして、星稜では夏休みが明け新学期が始まる。
星稜では大型連休明けには、生徒が休み中にどれだけ自主勉強をしていたのかを調べるためのテストがある。
一般校なら文句の一つも出そうなこのテストだが、星稜の生徒は皆、無言でそのテストに臨んでいる。
そしてそれは、もちろん尋人も同じだった。
今まではテストなんてただ面倒で、適当に空欄を埋めて提出していた。面倒な問題は空欄のままだった。しかし今の尋人は違う。全ての空欄を埋め、完璧な解答をし、結果、テスト五教科をパーフェクトで終えたのだ。
そんなテストが全て返却されたある日の放課後、尋人は担任教師に呼ばれ進路指導室にいた。
「どうした、境野。今まではテストなんて適当だったのに。今回は本気がじゃないか」
夏休みの間の出来事を知らない人間からしたら、それはさぞ珍しく、奇怪に見えることだろう。だがそんな他人の評価なんてどうでもいい。尋人には約束がある。その約束を果たすため、こんなところで油を売っている時間はないのだ。
「人生の目標っていうのが見つかったんですよ。そのためにはちゃんと進学して、勉強する必要がある。それだけです」
その言葉に担任はえらく驚いた顔をして、目をぱちぱちとさせる。
星稜に入学してからの一年半、尋人がこんなことを言うのは初めてだし、自ら進学して勉強すると言い出すなんて夢にも思っていなかったのだろう。ある意味でショックなその言葉から担任が立ち直るよりも早く、尋人は立ち上がって通学カバンを肩に担いだ。
「それじゃ、先生。僕、忙しいんでっ」
そのまま担任の返答を待たずに指導室を後にした。
指導室の前では古山が待っていた。二人は並んで校内を歩く。
ふと最近目にするようになったのが、校内でスマホをいじっている生徒だ。今までも数人はいたが、明らかに数が増えている。古山の話によると、どうやら正式サービスを開始したアリスにアクセスしているらしい。
それは勉強の息抜きか、それともアリス内で効率的な勉強方法でも見つけたのか。どちらにしろ尋人には関係ない。
校門でいつものように古山と別れる。尋人はそのまま家に帰る。どこにも寄らず、誰とも遊ばず、その時間を少しでも勉強に充てるために。
しかしそんな尋人にも一つだけ日課があった。
尋人はパソコンからアリスにログインすると、ベータテスト中にあの部屋を買った不動産屋へ向かう。
中にはいくつかのアバターがいて、不動産屋はそれなりに繁盛しているらしい。尋人はそれを横目に、ガラス窓に貼られた物件情報をチェックする。
「よし、まだ売れてない」
イコと出会ったあの部屋。あそこをいずれ買い戻そうと思っていた。部屋はテスト中と同じ謳い文句で推されていて、誰かが気に入れば買ってしまうかもしれない。でもそれに見合う値段がするのですぐには売れないだろう。
勉強の合間に資金を貯めて、そしていずれあの部屋を買う。
いつか、イコと一緒にあの部屋で話をするために。
「よしっ、やるかっ」
アリスからログアウトして机に向かった。
そして始めるのだ。世界を超えるための、勉強を。
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