4-3
ついにその日がやってきた。
尋人とイコの、初顔合わせの日。
隣町の茅埜にできたという大型ショッピングモール。そこに一緒に行こうとイコに誘われた。海に行くまでお互いに顔合わせはしないものだと思い込んでいたので、若干、意表を突かれた形にはなったが、それでも断る理由なんてなかった。
モールで初顔合わせをすると決まってから、尋人はデートプランを考えた。途中で、もしかしてデートだと思っているのは自分だけなのではないかと思って恥ずかしくなり、悶えて死にそうになったが、男子と女子が二人ででかければそれはデートだろうと納得することにした。
モールの情報を探った。確かイコは、いろんなテナントが出店すると言っていた。ならそれらを把握しておくことで二人が楽しめるテナントがどこにあるのか、どんなイベントを行うのかを知ることができる。
男として、まったくの無計画で女子をエスコートすることはできない。だから少しでも現場の情報が欲しかったのだが、どういうわけかモールについての情報は一つも見つからなかった。
もちろんイコの言っていた高倉グループなるものについても調べた。イコは高倉グループのことを知っていて当然のように言っていたが、尋人はそんな会社の名前は初耳で、ネットを駆使して調べてみたがショッピングモールを造るほどの大きな会社の情報はなにも得られなかった。
試しに古山にも聞いてみた。古山は確か茅埜に住んでいて、そこから毎日電車で通学していたのだ。しかし、
「大型ショッピングモール? さあ、聞いたことないけど。勉強で忙しいな」
ということだった。
そして結局、なんの情報も得られないまま、完全に準備不足で当日を迎えることになってしまい、尋人は緊張しながらも隣町の茅埜駅で電車を降りた。
待ち合わせ場所は現地だった。予めモールの住所はイコに聞いてある。その住所を頼りに尋人はモールへと向かった。
家も学校も上須にある尋人にとって、茅埜はあまり足を踏み入れたことがない街だ。まったくの初めてではないとしても、土地勘はないに等しい。尋人はたまたま近くにいた人に声をかけた。
「あの、すみません」
尋人は住所を告げ、その場所がどこら辺にあるのかを聞いた。
尋人が話しかけたのは六十代くらいの男性で、尋人の質問に気を悪くすることなく答えてくれた。
ある程度の場所を聞き、尋人はその男性にお礼を言って歩き出す。
男性が教えてくれたのは駅から歩いて三十分ほどの場所らしい。
茅埜は駅を挟んで二つの顔を持っていた。
一つは北口を出た先で、そこは繁華街として栄えている。もう一つは南口を出た先で、こちらは尋人の記憶では住宅地や田園が残っていたように思う。しかし最近では農業をする人間も減り、田園はほとんど機能していないと聞いたことがあった。
それによって茅埜の南口方面は街の活性化のために開発が計画されているという話を聞いたことがあった。そしておそらく、モールはその一環なのではないだろうか。大型のモールを建てて南口方面に人を呼んで活性化を図るのだ。
しかしその南口はまだ北口に比べて開発があまり進んではいない。歩き始めても住宅や田園が広がる長閑な風景が尋人の目には映っていた。
尋人は男性に教えられた通りの道を、その風景を見ながら歩く。そして歩き出して三十分。尋人は立ち止まり、周囲を見渡した。
「……あれ?」
そこには、変わらぬ田園風景が広がっていた。
どこを見ても大型のショッピングモールなど存在しない。もしかして道を間違えたのだろうか。
そう思って尋人は近くの電柱へと走る。そこに書かれている住所と、イコに教えられた住所を見比べる。
「間違っては、いないよね……」
何度も何度も見比べる。しかしやはり間違いじゃない。間違いじゃないのだが、尋人の見える範囲に大型のショッピングモールなど、影も形も見えなかった。
そのモールがどの程度の大きさなのかはわからない。しかし大型と言っているうえ、周りには視界を遮るような高層ビルはない。大型の建造物が建っていればすぐにわかるはずだ。
「でも、なにもない。……それどころか、人の流れも」
イコの話によると、そのモールは今日が開店初日らしい。それなら当然、いろいろな場所から集客がある。この辺にモールがあるのなら、人や車の往来が激しくてもおかしくはない。
だが、それすらもないのだ。
「どう、なってるの?」
なんだか、嫌な予感がした。
尋人は来た道を走って戻る。その間ももちろん周囲を見渡してみるがモールらしきものは見えない。
駅に戻ってくる。尋人は上がった息を整えると、近くにいた人に声をかけた。
その人は尋人と同じ歳くらいの少女だった。長い黒髪が印象的な少女だ。
「あのっ」
「は、はい?」
突然のことにその少女も尋人を不審な目で見る。しかしそんなことは気にせず、尋人は聞いた。
「この住所、知りませんか?」
スマホのメモ帳に保存されているその住所を少女に無理矢理見せる。少女はその住所を見ると、
「あー、それならこの先の」
「そこに、大きなショッピングモール、ありますよねっ? 今日、開店してるはずなんですけどっ」
その声はもはや叫び声に近かった。大きな声を出して、その言いようのない不安をかき消したかったのだ。
しかし――。
「ショッピングモール? ……いや、そんなのないけど。あそこは、田んぼくらいしかないよ。そんなものができるって話も聞いたことないし」
「――っ!?」
足が、震えた。目の前が暗くなったような錯覚すらあった。
少女の答えはわかっていた。だって、自分で先に見ていたのだから。場所を教えてもらって、現地へ行って、そこで住所を確認して、そこにはモールどころかなにもないことをこの目で見た。
わかっていた。わかっていたのだ。
でも、なにかの間違いじゃないかと思った。自分がなにかを間違えているのだと。
「もういい?」
「あ、はい。あり、がとう」
少女は少しだけ不審そうな目を尋人に向けて駅の中へと消えていった。
わけがわからない。どういうことなのだろうか。
イコが嘘を教えたなんて考えたくはないし、そんな女の子じゃないと思っている。でもイコに教えられた場所には、なにもなかった。
これはいったいどういうことなのか。
「……そうだ、アリス」
わからないのなら、訊くしかない。
真っ先に浮かんだのは、慣れ親しんだアリスのマンション、あの部屋だ。
尋人はスマホを出してログインする。そして部屋へと向かい、中へ入る。
しかし部屋の中には誰もいない。念のため、文字を使って部屋の中で呼びかけてみるが返事はない。
(そりゃそうだよね。イコもモールに向かってるはずなんだから……っ)
アリスからログアウトする。アリスにいないのなら、今度は直接話をするしかない。
今までは照れと慣れのせいでアリスでの会話に拘っていた。そのため使うことは今日が初めてだ。尋人は電話帳からイコに訊いた連絡先を探しだす。
そこからメールを一通、送る。そして数秒後、返ってきたメールを見て目を疑った。返ってきたのはイコからの返事ではなく――エラーメール。このアドレスは使用されていないという、そういう案内メールだった。
(もしかして、アドレス間違えてた?)
そう思って今度は電話をすることにした。初めての電話がこんな内容になって少し残念だが、しかたがない。
イコの番号に、かける。
数回のコール音。そして、そのコール音が途切れた。
「イコ――」
『お掛けになった電話番号は、現在使われておりません。番号をお確かめになってもう一度、お掛け直しください』
「――え?」
返ってきたのは冷たいアナウンスだった。それが何度も何度も、尋人の耳に流れ込み、頭の中で響いていた。
何度掛けても、何度掛けても、結果は変わらなかった――。
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