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 コンビニで買ったパンを席に着きながら食べていると、スマホがぶるぶると振動した。パンを口に咥えたまま確認すると、アリス運営事務局からの返信で、バグ報告を受け付けたとのことだった。

「またアリスか?」

 スマホから目を離すと、尋人の正面で教科書片手に昼食を摂っている古山が話しかけてきた。

「バグ報告。ほら、僕テスターだから。仕事はまっとうしないと」

 スマホをポケットに戻して古山に視線を向ける。

「昨日も言ったが、さすがの余裕」

「余裕とは、少し違うけど」

 尋人はただ、この争いに参加したくないだけだ。古山もそうだが、クラスメイトにも言ってやりたい。もっと昼食は楽しく摂るものだと。どうして誰も彼もが教科書片手に昼食を摂っているのだろうか。尋人に余裕があるように見えるのなら、その見えてる余裕を少しは見習えてと言ってやりたかった。

「境野さ、将来とかどうすんの? 進学とか」

「・・・・・・別に。普通」

「なんだよ、普通って」

 古山はそう言って笑う。

「境野ならどの大学も行き放題だろ?」

 確かにテストの点数だけを見ればそうかもしれない。でも尋人は一流大学になんて行く気はなかった。そんなところへ行ってしまったら、また争いの渦中へ飛び込むことになってしまう。

「就職したい」

 その言葉に古山は驚いた顔をした。それはそうだろう。この星稜高校は、進学校だ。就職する生徒なんて、ほとんどいない。

 そしてそんな選択をする尋人の姿は、周りからはさぞかし愚かしく見えているだろう。でも尋人から言わせれば、なんでこんな争いの無意味さに気づかないのか、どれだけのものを犠牲にしているのか、周りこそ愚かに見えていた。

「マジ?」

「マジ。なんか適当な公務員がいいな。安定してそう」

 生活に困らないだけの金が稼げればそれでいい。やりたいことなんてないのだから、仕事なんてなんでもいいのだ。

「俺は境野と一緒に大学にも行きたかったんだけどな」

 古山の言葉は嬉しく思う。でも普通に友達関係を続けるなら、大学に通わなくてもいい。争わなくてもいい。古山は争うことがない唯一の友達だ。だからその関係を続けていくのなら、少しでも勉強という名の争いの渦から遠ざかりたかった。

 尋人は食べ終わったパンの袋をコンビニ袋に詰める。一緒に古山のゴミも袋に詰めて教室の角にあるゴミ箱へ捨てに行く。そうして戻ってくるとちょうど午後の授業を告げるチャイムが鳴った。周りが急いで授業の準備をする中、尋人は自分のペースを崩さずに席に戻る。それとタイミングを同じくして、午後の授業一発目、数学の担当教師が教室に入ってきた。

 その後も淡々と一日は過ぎた。つまらない授業を聞きつつ、義務感のようにノートだけはとり、一日を終える。今日も塾に行くという古山と校門で別れて家へ。

 ドアを空けて中に入ると、玄関先に母親の靴が並べられていることに気づいた。どうも今日は帰っているらしい。尋人は足音を押さえて靴からスリッパに履き替えると、一言も告げることなく階段を上り始める。

「尋人」

 しかし、背中に声をかけられた。母親の声だ。

「あんたまたこんな時間に・・・・・・。図書室で勉強くらいして帰ってきなさい」

「・・・・・・どこで勉強しようと僕の勝手でしょ。部屋のほうが落ち着くんだ」

 真っ赤な嘘が口からでる。部屋にいるほうが落ち着くのは本当だが、勉強なんてする気は一切ない。

「・・・・・・前回の全国模試、十四位だったらしいわね。次の模試では五番以内に入りなさい。でなければ、塾に行かせるか家庭教師を雇うから」

(うわ、やめてよ)

 しかしそんな素直な気持ちを告げるとケンカになる。尋人は母親の言葉に聞こえなかったフリをして部屋へ戻った。

 制服のままベッドに横になる。すると自然とため息が漏れた。

 学校では教師が勉強をしろと騒ぎ立て、それに洗脳されたかのようにクラスメイトがその言葉に従う。そうするのが正しいと言わんばかりだ。そしてせっかく家に帰ってきても、親がいれば口うるさく勉強を促される。

 自分が嫌だと思っていることを強制されることほどストレスの溜まるものはない。学校や母親の言葉に苛立ちが募っていく。

 ストレスが溜まっていた。だからとても、気分転換がしたかった。

(なにか、楽しいことないかな)

 常に楽しいことを求めている。変化を求めている。でも友達が古山一人しかいない尋人では、それを見つけ出すことができない。一人で見つけられるのなら苦労はしないからだ。尋人の周囲は、これでもかというくらいガチガチに固まってしまっているのだ。

「・・・・・・あ」

 そのとき、ふと思い出した。

 自分が生きる世界。そのとある一点にだけ、違うものが存在していた。

 昨日、新たに友達になった神の名を名乗る少女。彼女のことが、頭に浮かんだ。

 彼女は今なにをしているだろう。あの部屋に行けばまた会えるだろうか。

 彼女は尋人の世界の唯一の異物。唯一の変化。

 気づけばベッドから起き上がり、パソコンを起動させていた。立ち上がるまでの時間がとても長く感じた。

 パソコンが立ち上がると尋人はアリスにログインする。そしてヨーエロを動かして昨日のあの部屋へ。

 パスを入れる。扉を開く。

 そこに、彼女はいた。

 部屋に入ってきた尋人をウルズも認める。なんて声をかけようか少し悩む。

 だが、そんな尋人の悩みは杞憂だった。彼女のアバター、ウルズがもの凄いスピードで近寄ってきたのだ。そして下からのぞき込むようにして、言う。

「ヨーエロ! わたしに、勉強を教えてっ!」

 その彼女の声は、どういうわけか半泣きに聞こえた。

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