第194話 吸血鬼殲滅戦・乃『クー・フーリン対龍骨騎士』


 あの『ズメイ・ゴルイニチ・エンペラー』がその首二つを元に生み出した化け物……、竜人の龍骨騎士『トゥガーリン・ズメエヴィチ』が、その呪詛で創造された刀を構えた。


 怪物としての『トゥガーリン・ズメエヴィチ』は竜人として、その伝説の存在である。


 だが、今目の前に蘇りしその姿は黒の鱗を纏い、紙の翼を持ち、空を飛び、火を噴く竜人の骸骨である。




 『トゥガーリン・ズメエヴィチ』は、『ブィリーナ(口承叙事詩)』や民話では勇者アリョーシャ・ポポーヴィチに退治されたという。


 故郷を出たアリョーシャ・ポポーヴィチは、怪物のような姿の『竜の子トゥガーリン』の事を巡礼から聞き、成敗を思い立った。


 アリョーシャが巡礼の姿でトゥガーリンの前に現れると、トゥガーリンは彼の正体に気付かず、アリョーシャを殺したいので居場所を知らないかと尋ねる。


 アリョーシャが勝負を申し込むと、『トゥガーリン・ズメエヴィチ』は応じ、一騎討ちとなったが、決闘によって宮殿内が穢れるのを嫌ったアリョーシャは、トゥガーリン・ズメーエヴィチをいったん荒野に追いやった。


 そして、翌日の戦いでは、翼のある馬に乗って空を飛び回るトゥガーリンに対し、アリョーシャは雲を呼び雨を吹きつけて彼を地上に落として、トゥガーリンの首を刎ねるとそれを高々と掲げつつ、トゥガーリンの頭を砕いて、素晴らしい色で染められた彼の着衣と駿馬とを奪い、故郷に帰り錦を飾ったという……。


 この話はオレのいた元の世界では、ロシアで有名な話として伝わっており、『アリョーシャ・ポポーヴィチと蛇のトゥガーリン』というアニメにもなっているのだ。




 だが、その伝説の怪物は、いっそうの呪詛と闇をまとい、竜骨騎士として、蘇ったということだ。


 「我が積年の恨み……、ここで会った貴様には何の関係もないが、我が刀『トゥゴルカン・ハーン』のサビにしてくれよう……。」



 髪は百本の宝石の糸で飾られ、胸には百個の金のブローチを付け、左右の目には7つの宝玉が輝く美しい容貌の美男子の勇者クー・フーリンは、その怪物に相対し、その愛槍『ゲイ・ボルグ』を構え、それに応じる。


 「ふむ。亡者のくせにその正々堂々とした宣戦布告……。見事! この私、勇者セタンタ・クー・フーリンの名のもとに、成敗してくれよう!」




 クー・フーリンが先に動いた!


 クー・フーリンが、その『ゲイ・ボルグ』であっという間に、トゥガーリンの真ん前に距離を詰め、槍で一突きにしたのだ!



 「喰らえ! 『ゲイ・ボルグ』の一槍入魂っ!!」




 「応っ!!」


 それを妖刀『トゥゴルカン・ハーン』で受け止めるトゥガーリン!



 ギャィィイイイーーーン……




 ものすごい衝撃音が周囲に、嫌な音の響きで広がっていく。


 「ならばっ!! 第二撃! 『ゲイ・ボルグ』の円舞奏功!!」



 クー・フーリンがその槍を渦のように回転させながら、螺旋の動きで、標的をなおも貫こうと突きを変化させた。


 しかし、それを軽くいなしながら、竜骨騎士は、身体を素早く入れ替え、クー・フーリンの背後に回ると、その妖刀を斜め下からの逆さ袈裟斬りを振るったのだ!


 「竜の逆鱗斬りっ!」




 その戦いを後方で見守っていたオイフェがすかさず、加速の上級呪文をコンラにかける。


 『Dans la forêt lointaine On entend le coucou 遠くの森からカッコウの声が聞こえる! Du haut de son grand chêne Il répond au hibou. 大きなカシの木の上からミミズクに呼びかけてる! カッコー、カッコー! カッコー、ミミスク、カッコー!』


 コンラの身体が瞬間的に光り輝き、トゥガーリンに対してスタッフスリング(投石機)で魔力弾丸を投げつける。


 「スタッフスリング、投擲(とうてき)・極投!!」



 シュゥゥウウウウゥゥーーーーー……ン……



 ドゴォオオオーーーーォォーーーンッ!!




 そのコンラの放った魔力弾丸が、トゥガーリンの振るった刀の刀身に見事に命中し、トゥガーリンの技『竜の逆鱗斬り』の軌道を逸したのだ!


 「むぅ!?」


 一瞬、その刀を弾き飛ばされそうになったトゥガーリンだったが、なんとか刀を手放さずに、再度、構えをとった。




 だが、そこへ間髪入れず、トゥガーリンの背後に回ったスカアハが攻撃を仕掛けたのだ。


 「あたしもいるんだよっ!?」


 スカアハが剣を振り切った。



 「俺もいるのをお忘れなくっ!!」


 フェルディアも負けじとその剣を振るう!






 だが、それを竜骨騎士は、簡単そうに、刀で応戦し捌いていく。


 「ふん……。勇者ほどではないな……? 雑魚どもが! 引っ込んでおれぃっ!!」




 トゥガーリンがその妖刀に呪いと闇の魔力を注ぎ込む。



 「呪鎖縄縛(じゅさじょうばく)っ!!」


 呪いの鎖がその妖刀『トゥゴルカン・ハーン』から、数十本も発せられ、Sランク冒険者『クランの猛犬』のパーティーメンバーである、スカアハ、フェルディア、オイフェ、コンラたちを一緒に戦馬車に縛り付けたのだ。




 「くぅ……っ!?」


 「身動きがっ!?」


 「何という恐ろしいまでの呪詛がこの鎖に練り込まれていることか……!?」


 「クー・フーリン様!!」



 クー・フーリンはそれを横目に見ながら、素早く反応し、『ゲイ・ボルグ』でその呪詛の鎖を断ち切ろうと槍で叩きつけたが、鎖を断つことはできなかった。


 「なんという呪いのチカラ……、かつての怪物をこんな風に強力に蘇らせるとは……。これを行った魔術師はとんでもないものを残してくれたものだな……。」




 魔女シルヴィア・ガーナッシュはやはり相当強力な魔術師だったようだ。


 置き土産に残した『餓鬼魂』がこんなにも厄介なものになるとは、当の本人も予想以上であっただろう。


 まあ、もっともその当の本人もこの『餓鬼魂』の養分となってしまったわけだが……。




 「さあ! 邪魔者は手出し無用……! 決着をつけようではないか!? 勇者よ!」


 トゥガーリンがその妖刀『トゥゴルカン・ハーン』を目の前に斜めに構えた。


 どの方向からの攻撃にも転じられ、かつ防御にも徹しているという構え『攻防一体の型』である。




 「なるほど……。このクー・フーリンに対して『後の先』を取ろうというのか……? 面白い!」


 クー・フーリンもその愛槍『ゲイ・ボルグ』を再び、前に前に突き出すかのように構えた。


 トゥガーリンの『攻防一体の型』に対し、クー・フーリンの構えは、初撃にすべてを込める薩摩示現流『蜻蛉(トンボ)』にも似通った槍の構え『先の先の型』であった。




 すさまじいほどの魔力が、闘気が、両雄の真ん中で弾き合っている。


 「「クー・フーリン様!!」」


 『クランの猛犬』のメンバーたちも固唾を呑んで見守っている。




 ほとばしる魔力……。


 見えないチカラとチカラがすでに彼らの間合い同士がぶつかり合うごとに、激しく剣を切り結んでいるようだ。


 意志のチカラというのであろうか。





 バチッ…


 カッ……




 シュババァッ……


 キィン!




 ガッキィイイイーーーン……




 すでに何百、何千、いや、何万回も切り結んでいるかのように、その剣の気が周囲に弾け飛び、大森林の樹々が瞬間蒸発したかのように、一瞬で切り刻まれていいく……。


 だが、まだお互い一閃も交わしていないのだ。




 これが達人を超えた達人同士の戦い……勇者と伝説の騎士の戦いなのだ。




 そして、ついに両雄が動いた!



 もちろん、先に動いたのは、勇者クー・フーリンであった。


 クー・フーリンは全身輝く白銀の鎧で身を包み、その手に持った一本の槍にまさにまさに全身全霊のチカラと魔力を込めて……。



 その一撃を放った!





 「必中の極意! 『ゲイ・ボルグ』の乾坤一擲!!」





~続く~


※トゥゴルカン(ロシア語: Тугоркан、1028年 - 1096年7月29日)は、ポロヴェツ族のハンである。ボニャークの僚友的な存在であり、ボニャークと共に、西ポロヴェツの複数のオルダを統合した。伝承の中では、ルーシの年代記において、トゥゴルカンの名は、ボニャークと同様に、特別な嫌悪を込めて言及されている。伝承の中では、ルーシに対する悪意ある敵のように語られている。またブィリーナ(ロシアの口承叙事詩)によって、トゥガーリンまたはトゥガーリン・ズメエヴィチという名の下に語られている。




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