第108話 目指せ!Sランク!『恐るべき寄生虫』


 翌朝ー。


 オレたちは早めに起床した。


 なぜなら、なにかのうめき声のようなものが周囲に響いていたからだ。


 また何かの魔物か……?




 「うぅううう……ん……。うううぅーーーー……ん……。」



 オレはガバっと跳ね起きた。


 「アイ! 何の声だ……!?」


 アイがすかさず答える。


 「はい。ムカデ爺やのうめき声です。」






 「どうしたであるか? ムカデ爺や?」


 「どうしたのだ? ムカデ爺や?」


 イシカとホノリも異変に気がついたようだ。




 「……ムカデじいやはん、具合でも悪いんでっか?」


 サルワタリも爺やに声をかける。


 だが、肝心のムカデ爺やの返事がない。


 どうしたというのか?




 「マスター。さきほどから観察モードで、ムカデ爺やを診断しております。もうすぐ結果が出ましょう。」


 「そっか……。なにか病気かなぁ?」


 「ゴブリンなんかをあんなにぎょうさん食べたさかい、おなか壊したんちゃうか?」


 「まあね……。アレはおすすめしないわな……。」




 昨日の夜とはうってかわって、明るくなった森林だが、昼間にしては薄暗い。


 ザワザワと風で樹々がざわめく……。


 背の高い樹々が陽光をさえぎり、地面近くまで光が届かないのだ。


 それに魔物が豊富に棲んでいるというのだ。冒険者か勇気のある商人でなければ森林を抜けて行こうとは思うまい。




 『黄金都市』と交易が盛んであった『円柱都市イラム』や『東方都市キトル』でさえ、主な貿易航路は水路なのだ。


 リオ=グランデ=デ=ミトラ川を上流に上って行き、本流であるリンヌンラタ(天の川)に合流し、さらに上流へ上る。


 ヒーシ森の中を川に沿って上っていくと『エルフ国』ネイチャメリカ種族の都市ミタクェ・オヤシンを越え、『黄金都市エル・ドラード』へと至るのだ。


 川に棲む魔物にさえ気をつければ良いし、比較的安全に航行できるというものだ。




 過去にあった『エルフ国』と『海王国』の戦争、『森水争乱(エルフカイマキア)』で森林の入口付近、森の浅瀬に『エルフ国』が数十の砦を築き、防衛したのは守りやすいという地の利を生かしたもので、非常に戦略的に理にかなっていたと言える。


 そうでなければ、『海王国』の尋常じゃない軍事力の前にエルフの国家は駆逐されていただろう……というのが、サルワタリの考察だ。


 情報屋の分析だけに的を射た考察であるとアイは言っていたっけな。




 「マスター! ムカデ爺やの診察が完了いたしました。ご報告申し上げます。」


 「わかった。で、どうなんだ?」


 「はい。ムカデ爺やの腹の中に寄生虫のようなものが寄生し、侵食していっております。」


 「なんだって……!? 寄生虫? どんなのだ!?」




 「はい。立体ホログラムにて投影します。」


 アイがそういうと、周囲の超ナノテクマシンが立体映像を映し出した。


 なんだか、ハチのような生き物だ……。




 「これは……!? エメラルドゴブリンバチやないか!! やばい魔物や! こりゃムカデじいやはん……やばいで!?」


 「なんだって!? サルワタリ! そのエメラルド……なんとかってどういう魔物なんだ!?」


 「ああ。『不死国・ラグナク王国』固有の魔物と聞いてたんやけどなぁ。ゴブリンを操る恐ろしい魔物っちゅう話や。」


 「なんだそれ!? 吸血鬼なのか?」


 「それはわからんけど、こいつに取り憑かれたらもう終わりやで……。かわいそうやけど、ムカデじいやはんは助からんやろな……。」




 (マスター。マスターの『セラエノ図書館』にあった『生物大図鑑・世界の昆虫記』という書物にエメラルドゴキブリバチという記載がございます。名前の類似性から関連性が推測されますが、ご説明いたしますか?)


 (おお! アイ。たのむ!)


 (かしこまりました。このハチの雌がある種のゴキブリを2回刺し、毒を送り込むことが報告されています。ゴキブリの特定の神経節を狙って刺していることが報告され、1回目の刺撃では胸部神経節に毒を注入し、前肢を穏やかかつ可逆的に麻痺させます。これは、より正確な照準が必要となる2回目の刺撃への準備であります。そして、2回目の刺撃は脳内の逃避反射を司る部位へ行われます。この結果、犠牲になったゴキブリ30分ほど身繕いの動作を行い、続いて正常な逃避反射を失って遅鈍な状態になり、このハチに操られるかのような行動を取るとのことです。)




 (う……うぅん……? つまり……。ハチがゴキブリを操るというんだね?)


 (イエス! マスター! そのとおりでございます。)


 (じゃあ、このエメラルドゴブリンバチも同じ習性を持っているのかもしれないね。なら、このハチとその毒をムカデ爺やの体内から駆除できれがなんとか助かるかもしれないな)


 (はい! そうだと推測されます。)




 「おっけぇ。アイ! なんとかなるか?」


 「はい! おまかせを! 超ナノテクマシン! 医療防衛モード!」


 アイはその手をかざし、周囲の超ナノテクマシンに指示を出す。


 超ナノテクマシンがムカデ爺やの体内に入っていくのがオレにもわかった。




 「なんやなんや!? まさか、アイはんは、回復魔法も使えるんかいな……。でも、回復魔法の『さかえにみちたる神の都は』や『歓喜の歌』ではこういった呪いに近いものは効果がありまへんで! 現存ある『回復魔法』では無理なんや! あるとしたら……光魔法の上位呪文『乙女の願い』しかないんやけど……。」


 「まあまあ、黙って見ておくであるゾ!」


 「そうそう、黙って見ておくのだ!」




 ムカデ爺やはあいかわらず苦しんでいる。


 「う……うぅううう……。意識が……。ううううぅ……。」


 どうやら毒が回ってきている様子だ。


 アイ……。間に合うのか……?




 くぅ……。こんな時、オレは無力だ。


 いや、いつも無力だ。人工知能のアイや、彼女の持つ超科学に頼りっぱなしだ。


 何のチカラも持ってはいない。その超科学力を自分のチカラと誤解してはいないか? 今も昔もオレたち人類は過信しているんじゃあないだろうか……。




 「マスター! 見つけました! ムカデ爺やの腹の中にいる寄生虫を発見しました。ただ今から駆除モードに移行します!」


 「頼む! オレは祈ることしかできない!」


 「いえ。マスターのそのお気持ち、ワタクシが必ずや実現してみせます!」




 しばらく様子を見ていると、ムカデ爺やが身体をくねらせてその口から、大量の汚物を吐いたのだ……。


 ぐぇえ……。グロい……。だが、当の本人はそれですっきりしたのか、さっきまでくねらせていた身体を止め、頭をゆっくり持ち上げた。



 「うぅ……。気分がマシになったわい……。どうなったんじゃ?」



 アイが超ナノテクマシンの巨人の見えざる手でエメラルドゴブリンバチをムカデ爺やの身体の中から追い出したのだ。




 「あれだっ!! あの緑色に光っているハチ! あれが寄生虫の正体だっ!」


 オレはその吐瀉物の中にうごめく小さな緑色のハチを見つけて思わず叫んだ。




 ブゥウウウウウーーーッン!!



 そのハチが空に舞い上がり、空中で静止した。




 「ヨクモ! ヨクモ! オレサマヲミツケタナ!? オレサマノカワイイゴブリンドモヲ、クラッテクレタコノムカデヲ、ノットッテヤロウトシタノニ!! キィィイイッ!!」


 エメラルドゴブリンバチがなんと言葉を発したのだ!



 「あれがエメラルドゴブリンバチやっ! なんや知らんが鳴き声をあげてるで! 気ぃつけなはれや! ジンのだんな!」


 サルワタリがそう注意する。どうやら、あのハチの魔物の言葉はわかってないらしい……。




 (マスター! 翻訳モードでございます。)


 (なるほど。いつものやつね……。)




 そう、あのハチの言葉は超ナノテクマシンの翻訳モードだからわかるってことだ……。




~続く~


©「さかえにみちたる神の都は」(曲:クロアチア民謡/詞:作詞者不詳)

©「歓喜の歌」(ベートーヴェンの交響曲第9番の第4楽/シラー詩「歓喜に寄せて」)

©「乙女の願い」(曲/ショパン 詞/近藤朔風)



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