第74話 クエストを受けよう! 『夕食の買い物』


 ****


 オレたちは今日の夕食のための買い物をしてから『黒猫館』に帰ることにした。


 アーリくんとオリンが屋敷の片付けをして、お腹をすかせて待ってることだろう。




 『円柱都市イラム』の経済特区の奥には、魔神を祀る『魔神殿』がある。そこに連なる通りは、まるで縁日のようなにぎわいだ。


 魔道具、服、土産物、果物、お菓子など、さまざまな店が並んでいる。甘い香りが漂う菓子屋の前を、魔神殿に参拝する人がぞろぞろ通り過ぎた。魔神殿のその中心にそびえる魔神ドームへと続く道は、日本の大きな神社の参道を思い出させる。


 オレたちはとりあえず、マタタビ酒を買えるだけ買っておく。


 カーロと約束したからなぁ。




 その後、さらに市場の中を進んでいると、威勢のいい掛け声が飛び交っていた。



 「へい。いらっしゃい! 安いよ? この黄金羊が1頭、たったの2金貨だ!」


 「お嬢さん! よってらっしゃい! 美味しい西王母のネクタールジュースあるよ?」


 「いいスパイスあるよ! 刺激のある生活にどうぞ!」




 いろいろ売ってるんだなぁ……。


 スパイスもいろんな種類があるんだな。


 ん!? この香りは!




 「カレー!?」


 あの独特の香りがオレの鼻に漂ってきた。


 それは目の前のスパイスの店からだ。


 この世界にもカレー、あるんだな!




 「よし! 今日はカレーにしようか!?」


 「イエス! マスター! カレーにはスパイス、ガラムマサラが必要です。ここで買っていきましょう!」


 「わーい! イシカもカレー好きだぞ!」


 「わーい! ホノリもカレー好きなのだ!」




 「店主さん! カレーのスパイスをくれ!」


 「お! ぼっちゃん。よしきた! このスパイス一筋百年のスーパイさんにおまかせだ!」


 勢いよく店主、スーパイさんがそう返事して選んでくれる。




 「まずは、馬セリだな。ナスカの平野を駆け回る馬の姿をしたセリ植物だ。うちのは天然物だ。それは太陽の光を浴びて上等に育ってるぜ!」


 ほうほう。馬セリね。が、馬の姿のセリか……。馬芹といえば、クミンだよな。


 カレー粉特有の香りを持つクミンは、食欲増進や消化促進作用があると言われている。カレーの本場インドでは、タンドリーチキンにも使用されるスパイスだった。



 「続いて、コリアンデールの骨、ガルーダモンクの羽、ソンウーコンの肉とみんな猿の魔物から取れるスパイスだな。」




 猿の魔物だって!?


 コリアンデールに、ガルーダモンク、ソンウーコンか。


 たしかに、コリアンダーにカルダモン、ウコン(ターメリック)に響きは似ている……。


 だけど、猿か……。ま、ま、仕方ないよね。




 「あとは、レッドバイパーの皮を入れとけば、美味しいカレーパウダーが作れるぜ! ぼっちゃん!」


 「レッドバイパー!?」


 「おお。レッドバイパーは、『エルフ国』の森でも奥地の『メメント・森』にしか生息しないという大蛇だよ? なかなか他では置いてませんよ。」





 店主スーパイさんが自慢げに勧めてくる。


 レッドバイパーか……。レッドペッパーのようだな。この見た目。


 料理に使われる唐辛子系の粉末調味料はいろいろあるけど、名前を列挙すると、チリパウダー、チリペッパー、レッドペッパー、カイエンペッパー、カイエンパウダー、一味唐辛子、七味唐辛子、などがある。


 これもその粉末の調味料、スパイスのようだ。






 「じゃあ、その全部をもらおう。値段はいくら?」


 「そうだな。全部ひと袋ずつで、銀貨2枚だな。」


 「えー!? 高くない?」


 「いやいや。よそでは手に入らないよ? こんな値段で。」






 「やめとこうかな……。」


 オレはそう言って帰るフリをする。



 「ちょっとちょっと。ぼっちゃん。まいったな。じゃあ、銀貨1枚と銅貨50枚にまけとくよ!」


 「もう一声!」


 「うーん。商売上手だねぇ……。しゃーない! 銀貨1枚でどうだ!? 持ってけ! 盗賊団!」


 「買った!!」






 オレはなんとか値切りに成功して、最初の半額、銀貨1枚って、1万円か……で買うことができたのだ。


 「サンキューね。ぼっちゃん。ほらよ!」


 店主のスーパイさんからスパイスを5袋分受け取る。




 (マスター! この者から、今、嬉しさの感情を大きく感知しております。おそらくマスターは普段売っている値段より高く購入されたと判断します。)


 (え? ええーー!? オレ、騙されたってこと?)


 (というより、侮られたのでしょうね。いかがいたしますか? ワタクシが今、この者を消し飛ばすこともできますが?)


 (いや……。今回はオレの勉強代ということで仕方ない。うーん。アイに任せればよかったね……。)


 (申し訳ありません。ですが、マスターが楽しそうだったのでつい……。助言を入れるのをためらってしまいました。お許しください。)




 そっか……。オレ、楽しそうだったか。


 そうだな。こういう市場で買い物とか、昔、妹のハマエと縁日に行った時とかよくやってたんだよな。


 お兄ちゃんぶって、任せとけ……なぁんて言ってみたりして。




 (いや。アイ。いいよ。ありがとうね。)


 (マスター。そんな! 叱責されることがあっても、感謝されることなど……、ありません。)




 「スーパイさん! 今度はもっとまけてもらうよ? 今日は初顔だからね? 儲かってよかったね?」


 オレは帰り際に店主にそう告げ、ウインクしてやった。


 一瞬、店主スーパイさんの顔が曇ったけど、また持ち前の笑顔に戻り、オレたちを精一杯手を振って見送ってくれたのだ。



 「ありがとな! ぼっちゃん! 次もうちを贔屓にな!」




 ****



 オレたちは経済特区へかかる橋を通って、大通りへ戻り、居住区へ歩いていく。




 オレはふと地面に落ちている袋を見つけた。


 なんだか汚らしい汚れた袋だったが、誰かの落とし物だろうか。


 時刻は、夕暮れどきで酉の刻にさしかかった頃で、薄暗くなりかけていたから、大通りを通る者も誰も気づいていないようだった。




 何の気なしにその袋を拾って中を見てみた。



 「金貨! 2枚も!!」



 (日本の価値で、20万円となりますね。さっきの買い物は無料も同然となりましたね? マスター。)


 アイがしらっと当然のようにネコババする前提で話しかけてくる……。




 いや……。


 落とし物は警察へ届けなきゃ!


 ……って警察ってないのか。


 なら、女王兵団か冒険者ギルドか?


 この場合、どうすればいいのだろう? いずれにしても落とした人は困ってるだろう。


 日本円で20万円って、なかなかの金額だぞ? 1ヶ月の生活費すべてかもしれない……。




 (アイ! なにかいいアイデアはないか?)


 (マスター。それはこの金貨を持ち主に返す……ということでしょうか?)


 (ああ。そうだ。元の世界だと警察へ届けるのだけどね。)


 (承知しました。この金貨の袋に付着した生命体の細胞と残された精神エネルギーの素粒子反応を感知します。)




 おお! アイってそんなことまでできちゃうのか……。


 これ元の世界がそのままだったなら、犯罪はゼロになってたかもしれないな……。




 (追跡完了しました。ワタクシたちの居住区と同じ区画に反応ありです。)


 (へえ。ご近所さんってことかな?)


 (そのようです。貧民街と呼ばれる地区の獣人が多く住む地区ですね。)


 (よし、じゃあ、届けてあげよう。)


 (イエス! マスター!)




 「イシカも手伝うぞ!」


 「ホノリもなのだ!」


 イシカもホノリも何かしたいのかな。うん。気持ちはありがたいけど、戦闘とかないよ?



 こうしてオレたちはこの金貨の袋を落とした落とし主の家を訪ねていくのであった―。




~続く~



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