第27話 赤の盗賊団 『討伐前夜』


 宿屋『湖畔亭』に戻ったオレたち。


 ラク女将が手ぐすねを引いてるかのように、オレたちが帰ってくるのを待っていた。


 「今日はいろいろとあったようですね。夕食の時間に間に合わないかと思ってしまいましたわ。」


 「ああ、なんだか疲れちゃったな。今日のご飯は何かな?」




 「ふふ。今日はメゼ(前菜・サラダ)には、幸運が舞い込むという『シダの花』のメゼ、クーズィーとパチャ(Pacha)、マスグーフ、シャワルマ、そしてデザートはケフィアチーズのクリームをまだらにかけたチョコケーキ『ラ・レーヌ・ド・シバ』です。」


 夕食はラク・シンプ女将がまたしてもその腕を奮った料理だった。


 つか、シダ植物って花は咲かなかったような・・・。


 ローストされた羊(サテュロス羊)がウケモチ米に盛られているのがクーズィーで、クーズィーというのはたしか、イラクを代表するような米料理だったな。

そこにブルグルという小麦(コムギト種)の挽き割りも一緒に添えてある。


 また、パチャという料理はサテュロス羊の臓物や頭の肉などを煮込んだ料理で、煮込み鍋のような料理だ。




 世界中の誰もが知っている料理・中東各国で気軽に食べられるファストフード『ケバブ』だが、アラブ圏では『シャワルマ』の名で親しまれている。

サテュロス羊のひき肉にサソリ・パウダーを加えたコフタ・ケバブ(ハンバーグのようなもの)の状態で提供された。ウケモチ米かブルグル(コムギト種)を選べるようになっていた。


 マスグーフ(新鮮な魚をさばき、スパイスを塗り込んでじっくりと焼き上げる)の今夜の魚は、スカイフィッシュという種類の魚で世界中の空を泳いでいる魚。いろんな種族の食料になっている。



 グガランナ牛は巨大な牛の魔獣で、昨夜の夕食でも料理されていた高級種の牛だ。


 そして、サテュロス羊は羊の魔獣だが、怠惰で無用の種族とされていて、家畜として牧畜されている。


 相変わらず美味しそうな料理だ。やはりこの宿屋『湖畔亭』は、冒険者ギルド長アマイモンのおすすめなだけはあるな。




 夕食の席には、さきほどの討伐会議にも出ていたヴァン・ヘルシングもいた。


 「これはジン殿。ここの料理は最高であろう?」


 「ですね。ヘルシングさんもやはり料理がお目当てですか?」


 「そうですね。至福のひととき・・・と言うか、そんな時を過ごすのはこの上なく贅沢というものであろうな。」




 ヘルシングさんは『ヴァン国』でも上流階級のようだな。


 見事なたしなみである。


 やはり大きな剣を携えて黒い装束に身をつつみ、ボウガンを足元に置いていた。




 「ジン様! この肉、やっぱり美味しいね~!」


 ヒルコも『シャワルマ』に大喜びだ。その口元に肉を運んだ瞬間、溶かして一瞬で食べている・・・。


 「ああ、グガランナ牛、『霧越楼閣』の農園でも飼育したいな。牧場で買えないかな。」


 「それはよいアイデアですね。マスター!」


 「小麦の種類、ちょっと違うね。コムギト種・・・だっけ?」




 「ええ。コムギト種は世界中で栽培されている小麦の種類ですよ。今はコムギト種以外の小麦はもう見たことがないですね。」


 ラク女将がそう教えてくれた。その間も火を吹く子蜘蛛たちが給仕をしてくれていた。


 「なるほどねぇ。この魚も美味しいね。スカイフィッシュだっけ?」


 「スカイフィッシュは空中漁で捕れたものを新鮮なまま捌いたんですよ。」




 「へぇ・・・。空中で?」


 「ジン様! スカイフィッシュは世界中の空を高速で泳いでいる魚で、空中で漁をして捕獲するんですよ。」


 ジュニアくんがそう教えてくれた。


 空を高速で飛ぶ魚・・・なんか都市伝説で聞いたことがあるような? そういう魚・・・。




 「それにこのサラダ、『シダの花』の香りがなんとも言えないいい香りでございやすね。」


 ジロキチがサラダをむしゃむしゃ食べながらそう言う。


 「ああ、そうだな。『シダの花』ってどんな花なんだ?」


 「そうねぇ。『シダの花』は見つけた者に幸運が舞い込むと言い伝えられている花ですよ。ま、けっこうたくさん栽培されていますけどね。ふふふ。」


 ラク女将がそう教えてくれた。なるほど、そんな言い伝えがあるからけっこう大量に栽培されている・・・ということか。




 チョコケーキ『ラ・レーヌ・ド・シバ』も非常に美味しい。この『ラ・レーヌ・ド・シバ』って言葉はシバの女王の意味だ。


 この『ラ・レーヌ・ド・シバ』は久しぶりに食べたケーキだな。この世界にもケーキが残っていたんだな・・・。嬉しいな。


 「ジン様ー。チョコケーキ、ホント美味しいねぇ!」


 ヒルコも大喜びだ。


 「ああ。これは本当に美味い。ラク女将! 本当に美味いよ。」


 「お褒めいただきありがとうございます。うちどものオススメの一品ですから。」




 これは『霧越楼閣』にも持って帰りたいな・・・。つか、作れるようにしたいものだな。ケーキはやっぱり正義だ。


 (ジン様。すぐに善処いたしますわ!)


 (お・・・おぅ。あいかわらず、アイは早いな。)


 (いえいえ。そんな。もったいなきお言葉です。)


 うん、ホント、アイのおかげでオレはこの世界でもなんとかやっていけそうだよ。


 (あ・・・ありがとうございます!!)






 「ではジン殿。俺は部屋に戻るとしよう。吸血鬼には気をつけることだ。部屋の扉にニンフニクの乾燥させたものを吊るしておくといい。」


 「ニンニクかぁ。吸血鬼にはやはりニンニクが効くのですね。」


 「うむ。ヤツラは人の血を好む。ニンフは妖精、その肉には魔力が宿り、邪気を払うという。」


 え? ニンニク・・・じゃなくて、ニンフの肉で、ニンフニク??


 「そ・・・そうなんですね。」







 「これがそうだ。ジン殿たちにも分けて進ぜよう。」


 「あ、ありがとうございます。」


 これ、見た目はニンニクだわ。ニンフって妖精種族は、どうやらニンニクの妖精なのか? うーむ。この世界はまだまだ謎だなぁ。




 「では、明日もよろしく頼む。」


 「いえ。こちらこそ。新人ですのでよろしくお願いします。」


 「では。」


 いやぁ、ヘルシングさんっていい人だなぁ。だけど、雰囲気めちゃくちゃ怖いんだよなぁ。吸血鬼には容赦しなさそう・・・。


 よかった。吸血鬼じゃなくて。




 「ジュニアくん。オレたちも部屋に帰るか。」


 「そうですね。明日も早いですし。じゃあ、扉にニンフニク吊るしておきますか。」


 「あ・・・あぁ。」




 オレたちは昨夜と同じように、ジロキチとジュニアくん、アイとヒルコとオレに別れ部屋に戻った。


 「わーい。じゃぁ、またジン様と一緒に寝るねー。」


 ヒルコがさっそくオレのベッドに入ってきて一緒に寝ることになった。


 アイも同じく一緒に寝ようとするのを、なんとか隣のベッドで寝るように言いつけてやっと寝ることになった。


 すると思念通信で話しかけてきた。




 (マスター。例の・・・あの男、おそらく知らせに行くかと思われますが、いかがいたしますか?)


 (うん。そうだね。わかってるよ。泳がせておけばいい。監視の目はつけているだろう?)


 (はい。もちろんでございます。)


 (それともう一つ、あのヴァンなんとかという男、あれは嘘をついていますね。心拍数、心電図その他、嘘の確率99.98%でございます。)




 (うーん、そっちはあの人にまかせておけばよいと思うけどな。)


 (たしかに。あの人ならば、上手く対処してくれるでしょうね。あの人も気がついていらっしゃったようですから。)


 (ああ。オレたちはあの男のほうをなんとかしようじゃないか。ジュニアくんのためにも。)






 (そうですね。ジュニアくん。ジン様に非常になついていますわ。そこはポイント高めです。)


 (ま・・・まぁ。そうだね。やっぱ好意には好意で返す。それが人の情ってものだよ。)


 (勉強させていただきますわ。マスター。)




 こうして、明日に備え、オレたちも眠りについたのだった。


 あ、アイは起きているかもしれないけどね・・・。




~続く~



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