Species6
近付く終焉
時は一九九〇年代初頭。南極大陸の永久凍土下に、巨大な地下空洞が存在している事を『ミネルヴァのフクロウ』が確認した。未確認の生態系が存在すると確信した彼等は探検隊を送り込み、調査を進め……最深部にて彼等は発見してしまった。
氷付けになった、途方もなく巨大な怪物の姿を。
発見当時は氷漬けの状態だった故に死亡していると考えられていたが、後の調査により生存している事が判明。体長は四百メートルを超えており、現在確認されている怪物の中でも最大級の種である。食性は不明だが、熱エネルギーの吸収が検知されており、この能力により凍結状態でも生き長らえているらしい。ただしその能力により氷が一層冷却され、自身の覚醒を妨げている面もあるようだが。
空洞内には他にも多数の生物が生息しており、その危険性から調査は難航。怪物の研究はあまり進んでおらず、本当につい最近分類に関する論文が発表されるほど謎が多い。具体的な危険性は未だ不明。しかしながらその圧倒的な巨体、熱を吸収するという性質から、現代兵器及び核兵器はほぼ通用しないと推測されている。そして現時点で凍結状態の個体以外は確認されておらず、絶滅種の生き残りという可能性が高い。
このため万一覚醒した場合、既存の生態系では対応可能な種が存在せず、地球環境に壊滅的打撃を与える危険がある。
目覚めさせてはならない、触れてはならない、禁忌の生命体。もしも目覚めたならば、奴の咆哮は全てに終わりを告げるラッパとなるだろう。
故に『終末の怪物』。
「それがこれから向かう先にいる怪物です……こんな怪獣みたいな生き物と会えるなんて、ワクワクしますね!」
「いや、しないから」
「しません。まだ死にたくないです……」
そうした説明を怪物の写真込みでしたところ、レイナは平治と道子の二人からバッサリと否定されてしまった。ぷくりと頬を膨らませるレイナは、二十歳の女性ではなく、五歳ぐらいの幼女のように無邪気である。
無論レイナも、暢気にしている場合ではないというのは自覚するところ。
自分達の乗る飛行機が、『ミネルヴァのフクロウ』が保有する超音速飛行機である事からも明らかだ。
「話は変わりますけど、この飛行機、どれぐらいの速さなのですか? 凄く速いと聞きましたけど」
「時速五千キロ、マッハ四・一だそうですよ。南極まで二時間半もあれば着くかと。もうそろそろですかねー」
「へぇー」
「いや、へぇー、じゃないよ。戦闘機でもマッハ二とかそんなもんだから」
ぼんやりと納得する道子に、平治がツッコミを入れる。平治の言う通り、最新鋭の戦闘機でも精々マッハ二を超える程度。ロケットやミサイルならばマッハ二十ぐらい余裕で出せるので、技術的にこの速さが不可能という訳ではないが、コスト面や乗組員の安全性を考えればマッハ二前後が『限度』なのだ。
莫大なコストを投じられた事は明白。お陰でレイナ達が並んで座っている座席も、ふわふわした座り心地抜群の高級品に出来た……かは定かではないが。
その上機内は殆ど揺れが感じられない。速度が増せば空気抵抗の強さも増大し、安定性が欠けるものだが、この飛行機の中はまるで静止しているかのように静か。ロマンスカーよりも快適な旅路だ。恐らく怪物由来の技術が使われているのが窺い知れる。お値段も相当なものだろう。
その高級技術の塊に乗せられて向かう先が、南極大陸な訳だが。
「はぁ……化け物を一匹追い払ったと思ったら、また仕事か……」
平治は深々と項垂れながら、自身の境遇をぼやく。
『異形の怪物』の任務を終えたレイナ、及び
そもそも何故南極に、こんな急ぎ足で向かうのか? 理由は、南極にある『ミネルヴァのフクロウ』の基地が現在音信不通だからである。
レイナが考察したように、どうやら『異形の怪物』及びその他怪物が一斉に暴れ出したのは、何者かの陽動だったらしい。所長も同様の考えに至っており、そう考えられる理由を二つ教えてくれた。
一つは、同時に暴れ出した怪物の八割が鳥類――――つまりレイナが発見した機械が騒動の原因だと思われる事。同時多発的に機械を使用したのだから、陽動の意思があったと考える方が自然だ。残り二割である鳥以外の怪物は、鳥達が暴れ出した事による連鎖反応で飛び出したのではないかとの事である。
そしてもう一つの理由は、『ミネルヴァのフクロウ』が人員不足に陥ったタイミングで南極基地が襲撃を受けたから。
襲撃を報告後、南極基地は沈黙。そのため襲撃者の正体や規模は不明だが……狙いがあるとすれば、『終末の怪物』以外にはないというのが上層部の判断だ。あの怪物は他とは違う特別な種であり、わざわざ狙うという行動にも納得がいく。
目覚めれば滅びを招く怪物。それに何をする気かは分からないが、他所様の基地に押し入ってくるような連中がまともな扱い方をするとは思えない。放置すれば文字通り人類文明の危機だ。少しでも多くの人員を掻き集め、襲撃者の目論見を阻止しなければならない。
そう、世界を救うために。
「……私達に、出来るのでしょうか」
「やらなきゃ駄目ってのは、分かってるけどね……」
道子が弱音を吐き、平治がそれに賛同する。二人は項垂れ、すっかり沈んでいた。
何故レイナ達が『終末の怪物』対応に向かうのかといえば、彼女達が手すきになったメンバーの一つだからに過ぎない。他の怪物の沈静化はまだ出来ておらず、科学者や人員を回す余裕はないとの事。レイナが怪物に取り付けられていた『機械』について報告したとはいえ、怪物はその気になればくしゃみ一つで何百もの人間を殺せるようなものばかり。慎重な対応が必要であり、解決法が分かったところですぐに出来るものではないのだ。そもそも機械云々はあくまでも『推測』であり、本当に機械があるのかの確認するだけでも時間を取られる。未だ作業中のメンバーが救援に駆け付けてくれるとは期待出来ない。
一応レイナと同じぐらい早く、自分の担当分を解決した科学者が二人居たらしい。逆に言えば、その二人と、彼等が引き連れている作業員達だけが本作戦の全人員。情報の混乱から正確な人数は不明だが、彼等の連れている作業員が全員無事でも、精々二十人程度らしい。
たった二十人で世界を救え――――上層部も中々無茶を言ってくれるものだ。平治達が不安になるのも当然だと、レイナにだって分かる。
「まぁ、程々に頑張りましょう。失敗しても、あまりくよくよせずにね」
その上でレイナは、お気楽に振る舞う。
平治と道子は同時に、呆れた眼差しをレイナに向けた。二人が今の言葉をどう思ったのかは理解するが、それでもレイナは飄々とし続ける。
ついに我慢ならないとばかりに、平治が口を開く。
「程々にって……世界の危機に随分と暢気だね、本当に」
「私達が対応した『異形の怪物』。あの怪物がちょっと気紛れを起こせば、北海道はあっという間に壊滅でしょう。私達の文明だの命だのなんてのは、薄氷の上に乗っている代物です。駄目な時は、何をやっても駄目ですよ」
「それは、そうかもだけど……」
「勿論最低限頑張らないと、チャンスは掴めないものです。だから程々に、ね?」
レイナからの言葉に、平治と道子は互いに顔を見合わせる。
しばし流れる沈黙。
それを打ち破ったのは、二人の口から漏れ出た笑い声だった。
「ははっ。全くアンタは能天気だねぇ……そうだね、確かにうだうだ考えても仕方ないか」
「そうですね。やれる事だけは頑張って、それで駄目なら仕方ない。うん、却ってやる気が出てきました」
「その意気です。勿論私も頑張りますよ! 『終末の怪物』なんて凄そうな生き物、この目で見るまで死ねませんから!」
「……なんかコイツだけ目的違くない?」
思わず本音が漏れ出た口を、レイナは片手でパッと塞ぐ。無論こんな事で出てしまった発言が撤回される訳もなく、平治と道子に笑われてしまったが。
狙ってやった訳ではないが、『作業員』のコンディションは良好。これならこちらは最大限の力を出せるだろう。元より後悔する気はないが、憂いは完全になくなった。
【エインズワーズ博士。あと三十分で集合地点に到着します】
タイミング良く、飛行機も目的地に近付いている。機内に流れた操縦士からのアナウンスがそれを教えてくれた。
レイナは席を立つ。平治と道子も立ち上がり、三人はこくりと頷き合う。
「それじゃあいっちょ、世界を救うとしますか!」
「「了解!」」
掛け声と共に、最後の準備へと向かうレイナ達。
これより自分達が目の当たりにするものを知らない彼女達は、臆する事なく『仕事』に取り掛かるのだった。
Species6 終末の怪物
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