怪物達の地球

彼岸花

Species1

動き出す巨躯

「いやぁー、壮観ねぇ」


 前髪を片手で掻き分けながら、一人の若い女性が暢気な声で独りごちた。

 女性は黒く長い髪を後ろで束ね、ポニーテールにしている。凜とした顔には満面の笑みを浮かべ、とても楽しそうに身体がそわそわと動いていた。日本人的な顔立ちであるが、大きな胸とハッキリとした腰の括れは、成熟した西洋人にも負けていない。彼女ほど女性としての魅力に溢れている人は、早々お目に掛かれないだろう。

 尤も今の彼女の服装に色香などない。厚手の長袖長ズボンという、肌の露出が殆どない、山登りに最適な格好なのだから。

 実際、彼女は山の頂上に立っていた。標高の高さ故に年中気温が低いこの地は木が殆ど生えておらず、広大な草原となっている。周りに人工物はなく、見える光は天然のものだけ。夜中の十二時を回った今では月と星だけしか明かりはないが、そうした淡い輝きが眩く思えるぐらい、此処には自然だけが存在していた。

 無論彼女が山の頂より見ている、彼方まで広がる景色も自然だけで作られている。生い茂る木々は過酷な環境を耐え抜き、殆どがぐねぐねと曲がりくねったもの。ひっきりなしに上がる獣の鳴き声は、研究者が聞けば跳び上がるほど稀少なものばかり。純然たる大自然が、大いなる生命だけが、此処を支配している。

 此処は人の手が入っていない、そのままの自然が残っているのだ。

 ……正確には、人が不躾に手を突っ込めるような地ではないというのが正しいのだが。

 彼女の目の前に居る――――


「運動能力があるかもってのは論文で読んでいたけど、まさか本当に動くとは。しかも意外と速いというね」


 心から楽しそうに笑いながら彼女・大桐おおぎり玲奈れいなはその『生命体』をじっと観察する。

 高さ一千五百メートル。横幅六千三百メートル。

 文字通り山のようなサイズのそれが、ゆっくりと……あくまで見た目上に過ぎないが。実際には時速三百キロは出ている……前進していた。朦々と土煙を上げ、『身体』の八割以上を覆う森林と共に移動する姿は、それだけで人智を超える存在だと玲奈達人類に知らしめる。もしも普通の人がこの光景を前にしたら、まるでかの存在が人間に己が力を誇示しているように感じたかも知れない。

 しかしあの生命体にそんな意思はないと玲奈は考える。あの超巨大生命体からすれば、人間など文字通り虫けらでしかないのだ。自分が偉くて強いと足下のアリに自慢する人間がいないのと同じように、この山のような生命体だってそんな事はしない。

 つまりこの大移動には別の、生物学的に合理的な意味がある筈。

 はて、一体どんな意味があるのか。単なる知的好奇心だけでなく、この山のような生命体の進む先にがあるのだから、なんとかしてその原因を突き止めねばなるまい。そもそもこれはイレギュラーな出来事なのか、或いは定期的なイベントに過ぎないのか。異常か正常かというのは、『生態』を考える上で重大な観点だ。この観点を見失ったまま事に対処しようとすると、より大変な事が起きかねない。玲奈はそれを知っている。

 しかしながら困った事に、それを知らない人間というのは、得てして短絡的な方法を取るものだ。強大な権力を有しているならば尚更である。

 例えば、、とか考えたり。


「玲奈さん! 本部より連絡が来ました! あと三十分で滅却作戦……核攻撃が実施されます! すぐに避難しましょう!」


 玲奈の後ろから、眼鏡を掛けた若い男が必死な声で呼び掛けてきた。

 予想していた中で『最悪』の報告に、今まで笑顔だった玲奈の顔は顰め面に変わる。振り返ってみれば彼が心底焦った表情を浮かべており、その報告が悪質なジョークではないと玲奈は確信。

 逃げ出そうとする動きを玲奈は一切取らず、覇気に欠けた調子で若い男に尋ねた。


「……その作戦、この国の大統領の命令でしょ?」


「え? えぇ、まぁ……よく分かりましたね?」


「まぁね。うちの組織は各国から資金援助を受けている都合、各国政府にあの山みたいな超生命体……『怪物』達の生態について定期的に報告しているのは知ってる?」


「そりゃまぁ。僕、新人とはいえ広報ですし。今日は人手が足りないって理由で駆り出されましたけど」


「あら、そうなの? 何時も面倒なお仕事押し付けてごめんなさいね……話を戻すけど、お付き合いが長かったり、データをちゃんと吟味してくれる政府なら問題ないの。でも政権交代したばかりで付き合いが浅かったり、データを読んでくれない連中はよくこう言うのよ。そんな危険な怪物、軍事力で退治してしまえって」


 玲奈の話に、若い男は納得したように「あー……」と声を漏らす。心当たりがあるようだ。広報というのも、中々大変な仕事らしい。


「ほんと、困っちゃうわよねぇ」


「ええ。どれだけ説明しても、怪物の重要性は中々分かってもらえません。今回の核兵器使用、そしてあの山のような怪物を絶滅させる事で、この地域の生態系にどれほどの影響を与えるか……」


「ああ、そっちは心配しなくて良いわよ。少なくとも今回はね」


「? えっと、それはどういう……?」


「簡単な話。生半可な水爆の十発二十発で消し飛ばせるほど、アイツは柔じゃないって事よ」


 玲奈があっけらかんと告げた答えに、若い男はしばし呆けたように固まる。

 彼が狼狽えだしたのは、たっぷり十秒以上経ってからだ。


「は、は? え、核兵器で死なないって……?」


「まぁ、そのぐらいの種なんて怪物では珍しいもんじゃないけどね。それに死なないだけで、理論上四メガトンほどの水爆を食らわせれば表層ぐらいは削れるわ……だからこそ後が厄介なんだけどねぇ」


 小声でぽそりとぼやいた後、玲奈は頭の中で核兵器使用時の事態をシミュレートしてみる。

 あの山のような『怪物』については研究がかなり進んでおり、体表面強度がどの程度かは正確に把握されている。今し方男に話したように、数メガトン級の核兵器をぶつければ表面ぐらいは間違いなく削れるだろう。

 削れるが、それは決して致命傷とはならない。

 何故ならあの山は、の集まりなのだから。菌糸が何重にも組まれ、機械のように複雑かつ整然と並び、大きな運動性を持った群体……それがあの山のような怪物の正体。表面を満遍なく焼き払われた場合、動物なら大抵死ぬだろうが、菌糸の集まりであるあの怪物にとってはちょっとした怪我で終わりだ。

 しかしそれだけなら怪物の駆除に失敗しただけ。大した問題ではない。

 一番の問題はあのキノコの中には大量の、そして別種の怪物が生息している事。体長数メートルのネズミなら可愛いもので、五十メートル超えのムカデや、百メートル近い甲虫も確認されている。発見されているだけで七十二種。探索の困難さから未確認種がまだまだいてもおかしくない。

 山の表面が削れて外界への『出口』が出来たなら、核兵器の衝撃に驚いたそいつらが外に飛び出す事は十分考えられる。

 外に出た怪物の一部は、この星に何十億と生息する動物――――人間を食べて繁殖するかも知れない。その場合問題になるのは百メートル級の巨大種ではなく、数メートル程度の小型種の方だ。恐ろしい天敵が存在する分、奴等の繁殖力はかなり優れている。それでいて身体能力は怪物を名乗るに値するもの。山のような怪物と比べれば遥かに小さいが、動物やキノコの繊維質を食べる彼等の身体能力は、ただデカいだけのキノコとは比べようもなく高い。核兵器に耐えるキノコよりも頑丈な奴等は、果たして核以外の兵器で根絶出来るのか? 言うまでもなく不可能だ。奴等は際限なく増殖し、世界中に拡散し、あらゆる文明を破壊していくだろう。

 あの山の中には大量の、世界を滅ぼす怪物が無数にひしめいている。アレはただの山ではない。恐ろしい怪物達を封じ込めている、最後の砦なのだ。

 故に玲奈が属す組織は、あの怪物をこう呼ぶ。

 『封印の怪物』と。


「(で、この国のアホ大統領は封印を盛大に爆破しようとしてる、と……一回やらなきゃ怪物がどれだけ恐ろしいか理解しないんだろうけど、アイツに関しては一回やらせたら人類が終わるのよねぇ)」


 肩を竦めながら、どうやっても大統領には理解してもらえない事に気付いてしまう玲奈。

 自分の仕事がどれだけ社会に貢献しているのか、この文明を維持する上でどれだけ大切なのか、周りに理解されないのは辛い事である。

 辛い事であるが、生憎玲奈はその点について全く気にしていなかった。何故なら彼女は誰かに認めてほしくてこの仕事をしているのではない。それどころか人類を守るためでも、怪物を守るためでもない。

 この仕事が大好きだから、やっているのだ。


「要するに、兎にも角にもあの怪物をなんとしても止めないといけない訳だ。だから新人君、手伝いなさい」


「は? いやいやいや!? あと三十分で核兵器が飛んでくるんですよ!? 逃げないと駄目ですって!」


「逃げても駄目なんだから前に進みなさい! 男なんだから根性見せろ!」


「なんでこの博士根性論振りかざすの!?」


 全否定して手伝いを拒む新人だが、玲奈は叶わずその手を掴み、容赦なく引っ張る。女であっても玲奈はフィールドワークでがんがん鍛えた身。デスクワークばかりの軟弱男を引きずるなど造作もない。


「なぁに人類をちょっと救うだけよ! 子供の頃一度は夢見たでしょ!」


「今は大人です! というか人類を救うなんてめっちゃくちゃ大事じゃないですか!? 無理ですよ僕達だけじゃ!」


「いけるいける! 問題があるとしたら、私が妊娠三ヶ月ってところぐらいよ! 突然つわりで吐いても、背中擦ってくれればなんとかなるわよ多分!」


「大問題ぃぃぃぃぃ!?」


 新人の正論もなんのその。玲奈は底抜けに明るい笑顔で返すばかり。

 そう、彼女にとって人類を救うなど大したものではない。


「これでも昔、一回は人類を救ってんのよ。ついでにもう一回救うだけなんだから大した事ないっての!」


 一度はやり遂げた事なのだから。

 猛進する『封印の怪物』目指し玲奈は進む。躊躇いなく、迷いなく、恐れもなく。

 彼女は何も変わっていない。

 十二年前、全ての始まりの時から、何も変わっていないのだ――――























 Species1 伝説の怪物



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