第6章 第8話

この条件は飲まざるを得ない。

断れば、俺の話を聞いてもらうチャンスすら無くなりそうだ。

せっかく友好的に接してもらえているのに、

こんな事で敵対視されてもしょうがない。


『分かりました。その申し出受けさせてもらいます。』

「やった!よしやろう!すぐやろう!」

スタスタと、街とは逆方向に歩き出すErsterSpieler。


『えっと、街は逆方向ですよ?』

「何言ってんだい。すぐそこがノーマルゾーンじゃないか。

 街まで戻るより、こっちの方が近いからさ。」

『でも、それじゃせっかくの戦績に傷が…』


立ち止まって振り返ると、ニヤリと笑うErsterSpieler。

「おっ、いいねぇ。あたしの戦績に負けが付くことを気遣ってなきゃ

 出て来やしないセリフだ。」


そのまま正面を向きなおし、再び街の外へ歩を進めながら続ける。

「つまり自分が負けるとは全く考えていない。」


慌てて追いかけながら、会話する。

『あっ、いや、そういうつもりじゃ。』

「ああ、大丈夫。気を悪くしたわけじゃないよ。」


「これまでも同じように対戦を持ちかけたことはあるんだけどね。

 皆自分の戦績の悪化を気にしてばっかりだ。

 新しいエリアに近づけば近づくほど、純粋に対戦を楽しみたい奴は

 模擬戦ばかりになるのさ。

 戦績を賭けた熱い勝負が無くなっている。」

『そういう意味じゃ、俺も戦績を賭けてる訳じゃないですけどね。』

「あっはっは!確かに、その敗けっぷりじゃ今更1つ増えたところでなぁ!

 だが、君は真っ先にあたしの戦績に敗けが増えることを気にかけた。

 仮にもランキング1位のあたしとの対戦で、だ。」

再び振り返るErsterSpieler。


「嬉しい!あたしはとても嬉しいんだよ!

 自分をあたしと対等以上と思っているプレイヤーなんて、

 この1年出会ってなかったんだ!」

ビシッ!と音が聞こえそうな勢いで指をさし、続ける。


「だが、君が現れた!現れてくれた!

 あたしもあの動画を見たんだよ。

 ワクワクしたね!ドキドキしたね!」

両手で自分の体を抱き、恍惚とした表情を見せる。


「あの中の何人かはあたしも知ってる連中だった。

 あたしがあの連中、あの人数を相手にして、あそこまで戦えるだろうか。

 何度もあの動画を見ながらシミュレーションしたさ。

 そして出た結論は、おそらく無理、だ。」



また正面を向き歩き始めるErsterSpieler。

「君のその装備、何の特殊効果も無い初心者装備のままなんだろう?

 単純な攻撃力と防御力、そしてスキルと君の知識と技術。

 それだけで戦ってあの結果だ。

 あたしが同じ条件で戦ったとしたら、5人も倒せないだろう。」


「これはもう地に埋もれていた化け物が

 空に飛び立った瞬間だと感じたよ!

 居ても立ってもいられず、君に会いたくて駆け出したよ。

 まるで彦星に会いたくて焦がれる織姫のような気持ちだった。」


「そして、ここで出会えた。

 あたしは君と戦ってみたい。

 あたしの持つ最高の装備、スキル、知識と技術全てを、

 君にぶつけたい。

 色々あって、それでもなお続けていたダンスは、

 この時のためだったんじゃないかと思うくらいだ。」


まるで愛の告白のような独白を聞きながら、

ノーマルゾーンにたどり着いた。

「さぁ、全力の勝負をしよう。

 痺れるような真剣勝負をしよう。

 あたしの気持ちに応えてくれ!」


これは本当に自分の気持ちなんだろうか。

これまでダンスは、あくまで目的のための手段だった。

日常を、人生を取り戻すため。

杉田正美に辿り着くための手段。

ゲームなりの楽しさを感じることはあっても、

楽しさを感じるためにゲームをしている訳ではなかった。


だが今。俺の心が沸き立っている。

ErsterSpielerと戦ってみたい。

純粋に対戦を楽しむ為にダンスをプレイしたい。

彼女の言葉のせいだとしたら、まるで洗脳のようだ。


Seregranceを振り返り、一度うなずく。

『command shortcut one end』


無言のまま右手に持ったメイスを高々と掲げる。

そして、盾とメイスを構え直す。

『さぁ、やろう!』


「ありがとう。」

可憐な少女を思わせる優しい笑み。

「command shortcut one end」

ErsterSpielerの手には槍と盾。

いつぞや見た片手装備可能な槍のようだ。

そして笑顔が鋭い表情に変わる。


ジャリッ


ErsterSpielerの半身に構える足が、砂を削る音を合図に

Dance with The Weaponにおける、戦績最下位と最高位の戦いが始まった。

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