第27節 -夢の終わり-

 目を覚ますと玲那斗はベースの簡易ベッドで寝ていた。どのくらい眠ったのだろう。ふと時計に目をやる。午前六時。目を閉じてから一晩中夢を見ていたようだ。

 イベリス。それが彼女の名前。一人きりでこの島を千年に渡る長い時間守り抜いてきた。ただひとつの願いと祈りを抱いて。彼女との最後の約束を果たすためにもう一度この島の中央広場へ向かう必要がある。

 しかし、それをどうジョシュア隊長達に伝えればよいのだろうか。夢で言われたからと言って信じてもらえるのだろうか。とにかく起きよう。支度を済ませたらみんなのところへ行こう。

 その時、玲那斗の胸元では石が月明かりのような淡い青白い光を帯びて煌めいていた。


 部屋を出るとそこに偶然ルーカスが通りかかった。

「おはよう。同じタイミングだな。ところで昨日はよく眠れたのか?随分うなされてたようだったが。」どうやら夢を見ている間かなりうなされていたようだ。激しく燃え上がる森や城の光景が脳裏に蘇る。玲那斗は平静を装って返事をする。

「あぁ、平気だよ。すまない。眠りの邪魔をしてしまったかな?」

「気にする事は無いさ。そういう時もあるだろう。それに実のところ昨日は俺も変な夢を見たんだ。」

「変な夢だって?」

「あぁ、俺が夢を見ること自体珍しいんだが、それ以上に鮮明に記憶に残る夢だった事がまた珍しくてな。銀色の髪の女の子が出てきてこう言ったんだよ。”明日、彼の言う言葉に耳を傾けてください。そうすれば貴方たちの求める答えは全て見つかります。”と。全く嫌な感じはしない夢だったけど。」

 玲那斗は確信した。間違いない。イベリスだ。彼女は自分はもちろん、隊の全員が広場へ来ることを望んでいるようだ。


 ルーカスと話している内に会議室へ到着した。会議室では既にフロリアンが待機しており朝のコーヒーを楽しんでいる所だった。

「おはようございます。お二人もどうですか?淹れたての刺激的な濃いコーヒーがありますよ。」

 フロリアンは爽やかな笑顔で挨拶をしてきた。

「おはよう。刺激的なコーヒーは飲んだことがないな。もらおうか。」ルーカスが笑いながら答える。

「フロリアン、さては豆を入れ過ぎたな?でも丁度いい。頭に刺激が欲しかったんだ。」玲那斗も笑いながら返事をした。

「昨夜、不思議な夢を見たもので。その事を考えながら用意していたらつい入れ過ぎてしまいました。」

「これは確かに、なかなか衝撃的な味のするコーヒーだな。」一口飲んだルーカスが何とも言えない表情を浮かべて正直な感想を述べる。

「フロリアン、その不思議な夢について教えて欲しい。昨夜何を見たんだ?」玲那斗もコーヒーを片手にフロリアンに質問をする。

「銀色の髪の少女が出てきて “彼の言葉に耳を傾けてほしい” と言ったんです。そうすれば全ての答えが見つかると。」

「さっき玲那斗にも言ったが、俺も同じ夢を見た。」フロリアンの答えにルーカスが反応した。

「姫埜少尉。少尉も何か変わった夢を見たのではありませんか?」フロリアンの言葉に玲那斗は肩をすくめる。さすがに勘が鋭い。こういう時、この青年には全てを見通されているようで恐ろしくもある。フロリアンの前では嘘は通用しないと常々思う。そして玲那斗は気持ちを落ち着かせるようにコーヒーを一口飲み、複雑な表情を浮かべて言う。

「とても変わった夢を見たよ。二人が見た夢とは違うけど、とても深い夢だった。」昨夜のイベリスのことを思い出しながら玲那斗は答えた。

「それからフロリアン、どうやったら ”普通のコーヒー” がこんなに刺激的に濃くなるんだ?」

そのコーヒーは目覚めていない頭を覚醒させるのには十分すぎるほど、確かに今まで味わったことがない未知の味わいだった。


 三人が談笑を続けていると、間もなくしてブライアンが会議室へやってきた。いつも一番に姿を見せる隊長が一番最後にやってくるのは珍しい。

「おはようございます。隊長もいかがですか?フロリアンが淹れた今朝限定の味わい深いコーヒーがありますが。」満面の笑みでルーカスがブライアンへ黒い液体を指さす。

「おはよう。いや、遠慮しておこう。そのコーヒーからは、なんだ。とても強い未知のエネルギーを感じるからな。飲む前に調査が必要そうな程に。」三人の表情から何かを悟ったブライアンは間髪入れずに断った。

「さて、今日の調査計画を話し合う前にひとつ確認したいことがある。まず、玲那斗。お前さんは今日の調査はどこへ行くべきだと思う?」単刀直入に質問され一瞬戸惑ったが、玲那斗は正直に中央の広場へもう一度向かう事を進言した。

「そうか。実は昨日夢を見た。銀色の髪の少女が出てきて玲那斗の言う言葉に耳を傾けろと言う。それで全ての答えが見つかると。」

「自分達も同じ夢を見ました。」ブライアンの言葉にルーカスとフロリアンが答える。

「玲那斗。昨日夢を見たな?出来る範囲で構わない。内容を話してくれないか。」


 ブライアンの言葉に玲那斗は頷き、昨夜見た夢の事を詳しく話し始めた。燃え盛る森、過去の姿の星の城、星の塔、そこで出会ったイベリスという少女の事、自分が見た記憶、そして身に着けている石の事も全て。さらにその少女が島周辺で起きる怪現象の全てに関わっていると話した事や昨日の録画デバイスの異常を意図的に起こしたこと等。普通であれば戯言だと一蹴されてしまいそうな内容だと思えるが、隊長含め三人とも真剣に玲那斗の言葉に耳を傾けた。全てを一通り話し終えた後、ブライアンは玲那斗に確認をする。

「つまり、そこへ行けば今回の調査で必要な謎が全て解き明かされると。そのイベリスという名の少女はそう言ったんだな。」

「はい。彼女は千年前にリナリア公国国王の妃となるはずだった女性です。自分が千年の間この島を守ってきたと言いました。そして話の最後に中央広場にもう一度行き、広場の隅の空き地であるものを私の手で取ってほしいと。そうすればこの島の周辺で起きていた現象は二度と起こらなくなるとも言っていました。」

「そうか。これが玲那斗の同行が絶対条件だとした理由か。ルーカスとフロリアンも意見があれば出してほしい。」ブライアンの言葉に二人は首を横に振る。


「決まりだな。現実問題として断片的なデータは採集できているが、このまま調査を進めても根本的な解決を出来るだけの材料は今のところ何も無い。ここはひとつ、素直にその少女の言葉に従ってみた方が良いと俺も思う。」玲那斗の正直な告白と現実を鑑みて、最終的な決定をブライアンが下す。

「ありがとうございます。信じてくれて。」ブライアン、ルーカス、フロリアンへ玲那斗が礼を言う。

「彼女は、夢の中で俺達に “彼の言葉に耳を傾けて欲しい” とだけ言った。決して “従え” という強制の言葉は使わず。それは玲那斗のいう言葉を聞いた上で信じるかどうかを決めて欲しいというメッセージだったのだろう。」

「仮に “従え” と強要されていたら、少尉の話を聞いた上でも何かあるかもしれないと警戒したでしょうね。」ブライアンの言葉にフロリアンが同意する。

「そのイベリスという少女が、玲那斗の事を心から信頼しているというのは伝わったからな。言い換えると、 ”玲那斗の事を信じて欲しい” という意味にも受け取ることは出来る。だから信じる。」

「俺たちはチームであり、仲間だからな。」ルーカスの言葉にブライアンが同意を重ねる。そしてブライアンは調査指示の最後の号令をかけた。

「では本日の調査はもう一度島中心部の広場に向かう事とする。目標はリナリア島中心広場、及びそこに置かれている物の回収だ。今から朝食を取った後に準備を開始。それが完了次第行動を開始する。くれぐれも準備は念入りに頼む。以上だ。」

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