第165話 母性(3)
そのうち
長兄の和馬も帰ってきて、いつものように賑やかな食卓になってきた。
父も酒が入って、上機嫌になってきた。
「だから! もう、飲めって!」
まだ志藤に酒を勧める。
「ホント、まずいですから・・」
断るのが大変だった。
おれの酒が飲めないのか的な空気になって、非常に気まずい。
拓馬がいたずらをして、彼のお茶が入ったグラスに焼酎をどぼどぼと注ぐ。
「んじゃあさあ、泊まっちゃえばいーじゃん。」
と、言って笑った。
「無理を言わないで下さい、」
と、そのお茶を一気に飲んで驚いた。
「えっ!!」
思わず口を押さえる。
「どうしたんですか?」
ゆうこが覗き込むと、
「さ、酒入ってるし・・」
「もー、飲んだから帰れない~~!」
拓馬は笑った。
「な? だから飲めって。」
父は嬉しそうに焼酎をコップにまたドボドボと注いだ。
「も~~~、」
ゆうこは困ったようにため息をついた。
「ねえ、拓馬の部屋に布団敷いといたから。 志藤さん、よかったら先にお風呂どうぞ。」
もう、ゆうこの母は志藤の風呂の仕度までしていた。
「はあ?」
もう展開の速さについていけない。
父は飲むだけ飲んで、さっさと寝てしまった。
ゆうこはまたため息をついて、
「もう、泊まっちゃったらどうですか? この際。 志藤さんもけっこう飲んでるようですから。 車のほうは会社の駐車場のほうに電話をしておけば大丈夫だと思いますから。」
と言った。
「はあ・・」
ゆうこの母にタオルを手渡された。
ゆうこはようやく仔犬を手にして、自分の部屋に連れて行くことができた。
「おなか空いたよね~。 ごめんね。」
とミルクをやると、一生懸命に飲み始めた。
「いっしょに寝ちゃおうかな~。」
嬉しそうに頭を撫でた。
そっか
名前・・どーしよ。
ゆうこはうーんと考えた。
「どうも・・すんません・・」
志藤は拓馬の部屋に入った。
「ああ、構わないって。 ホントうち、客多いから。 んで、宴会してすぐ泊めちゃうし。」
拓馬は笑って、タバコを取り出す。
「あ、吸う?」
と、志藤にも勧めた。
「・・いただきます。」
と1本、ごちそうになった。
「志藤さんてさあ・・いくつ?」
「え・・29で、来年の2月に30だけど、」
「んじゃあ和馬と一緒だ。 おれは28だから。」
と、ニッコリ笑う。
「で。 ほんっとにゆうこのカレシじゃないの?」
拓馬は疑いながら聞いてきた。
「ち、違いますよ・・」
ちょっと気まずそうに否定した。
「もしそうでも言えねえよな~。 オヤジ、超怖いし。」
アハハと笑った。
「もう、すんごい目で見られましたよ。」
「オヤジはゆうこ命だし。 とにかく子供のころからゆうこだけ、特別だったし。 おれらにはもう・・鉄拳制裁なんだけど、ゆうこには甘いしね。 もう、かわいくってかわいくってどーしようもないんだろーけど。 余計にうるさくなって。 門限だなんだって、」
拓馬は苦笑いをした。
「そう、でしょうねえ・・・」
志藤はつくづくそれは思った。
「ま・・おれと兄貴も。 ゆうこのことは、ずうっと守ってきたし。 あいつ、おとなしいからすぐいじめられたりするんだけど、そーすっとおれらが出てって、いじめたヤツらに仕返ししてやって。 家族全員であいつのことはかわいがってきたから・・」
胸が
ちくんと
音を立てた。
「就職する時も、芸能社なんか絶対にダメだってオヤジは最後まで反対してたもん。 派手そうだしね。 社長秘書になった時だって、断るようにってすんげえしつこいくらい言って、しまいにゃ会社に直談判するとか言い出すし。」
「どんなって思ってたんですかね、」
志藤はふっと笑った。
「社長秘書って、社長の愛人って思ってたみたいだよ。」
拓馬は笑った。
「はあ?」
「そうじゃないってゆうこがもう半泣きで説得してさあ、ようやくOK出たんだから。」
「それは、すごいな。」
「そんなだから、あいつ絶対に行き遅れるなってオフクロと話してる。 あのオヤジの目にかなう男なんか、まあ、いないだろうから。」
拓馬はおかしそうにそう言って笑った。
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