第123話 運命(1)

・・これは・・・




志藤は


一人の部屋でそのDVDをパソコンに入れて


ジッと見ていた。




ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。




もちろん何度も何度も


色んな演奏家が弾いたものを聴いた。




しかし


それらの何にも似ていない


ラフマニノフがそこにあった。




同じ曲なのに。


どうしてこうも


違うのか。




真尋のピアノをどう分析しても


わからない『何か』だった。




特別に巧いというわけではない。



だけど


この人の心をダイレクトに叩いてくるような音はなんなんだ。




こんな


表現力を持ったピアニストは


初めてだ



志藤は手にしたバーボンのロックを飲むのを忘れるほど、真尋のピアノに目も心も釘付けだった。





翌朝。


志藤は黙って真太郎にそのディスクを差し出す。



「あ、どうでした?」


真太郎が軽く聞くと、




「あの。」



志藤は言いずらそうに一瞬黙った後、



「・・すみませんでした。」



いきなり謝った。




「は??」




だいたい


この人が謝るとこ自体初めて見たし。




真太郎は目を丸くした。



「オケを作りたいと言ったのは、 弟のためなんじゃないか、とか言ってしまって。」



「い、いえ、それは・・」



「ようやくわかりました。 あなたがクラシックをやっていきたいって気持ちになった理由が。」


怖いくらいの真剣な目だった。



「志藤さん・・」



「これは。 大事にしないといけません。 プロデュース次第では、大変な演奏家になる。」


志藤は断言した。



「え、」




「北都真尋は。 100年に一人出るかでないかの、『天才』です。」




一瞬


鳥肌が立った。




「ただ。 彼の技量が表現力に全く追いついてなくて。 まだ学生であることを考えると、もっともっとレッスンをしていけば。 それに、これほどの演奏家が日本で無名だったというのもわからないんですが。」


志藤はさらに力を込めて言った。



「弟は小学生の頃から有名な先生についてレッスンを受けていたんです。 でも、コンクール向きじゃなくて。 型にはまったピアノが弾けなくて、1度だけ子供のころ全日本で優勝したことがありますけど。 それからは、それが嫌で高校時代はピアノをやめてましたから・・」



「は?」



今度は志藤が驚いた。



「高校の3年間は、野球をやっていました。 ピアノからは全く離れてました。」



「ウソでしょ?」


思わず疑ってしまった。



「本当です。 で、野球を引退してからまた、レッスンに通い始めて。 ウイーンに留学することになったんです。」



むちゃくちゃだ・・。




志藤は耳を疑った。



「とにかく。 自分が納得できないことは絶対にしない性格で。 人から指図されたりするのも大っきらいなんです。 ぼくが言うのもなんですが、ほんっと変人だし・・」



真太郎はため息をついた。



「弟と契約はしましたが、正直これからどうやって売り出していいかって悩んだりします。 何とかあいつのピアノを生で聴けるような場が作れればって思うんですけど。」




志藤はそのとき


閃きが頭の中を走った。




「・・そうか、」



小さくつぶやく。



「え?」



「そうだ。」




志藤は顔を上げて、笑みさえ浮かべてそう言った。


その目は


怖いほどに光っていた。

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