第101話 接近(3)

「ほんと。 素直なんだ、」


志藤はふっと笑った。


「え・・」



一気に飲んでいた焼酎が回ってくるようだった。



「だって。 見てればわかるし。 きみがジュニアに同僚とか社長の息子とかそれ以上のものを抱いてることは。」



ゆうこは志藤から目を逸らした。




もう


自分の気持ちが


この男にダダモレ状態だったことが


恥ずかしくて


恥ずかしくてどうしようもない。




「真太郎さんには・・奥さんがいらっしゃいます。 いえ、奥さんになる前からあたしは南さんの存在はわかっていましたから、」



自分にも言い聞かせるように言った。



「え~? 関係ないじゃない。 結婚してようが、いまいが。」


志藤は軽く言った。



「関係なくないですっ!」


ゆうこはまた勢いよく言った。



「あたしは真太郎さんと一緒に仕事ができるだけで嬉しいんです。 ずっと一緒にやってきたんです。 あたし・・仕事できなくて社長に迷惑を掛けて、怒られて泣いたりしても彼が励ましてくれて。 ここまでやってこれたのは真太郎さんのおかげなんです。 ・・それに・・彼は雲の上の人なんです、あたしにとっては。」



そして、しんみりと言った。




「彼は・・優しいからねえ。」




志藤は焼酎のロックを少しだけ飲んだ。



「真面目だし・・いい男で。 東大出るほどの秀才だし。 絶対に浮気しそうもないしね・・」



「浮気なんか!」


ゆうこは彼を見た。




「でも。 そうでもしてもらわないと。 きみ、報われないでしょ?」



シレっとして言われて、



「あたしは・・別に真太郎さんとそういう関係になりたいとか思ってないし! それに奥さんの南さんは・・ほんっといい人で・・明るくて、楽しくて。 あたしにないものを全部持っている人です、」



「ムダだよ。 ムダ。 だったら諦めるしかないじゃん。 きみはどこかでまだジュニアとの繋がりをいいように解釈しようとしてる。 仕事で二人でやっていければいいとか、そんな虚しいこと考えてるじゃない。」




もう


グサグサと


心に突き刺さった。




「あなたにあたしと真太郎さんのこと・・何がわかるって言うんですかっ・・」



気がついたら


もう涙が止まらなかった。




目の前で


いきなり泣かれて


志藤はやや焦った。



「な、泣くなって・・」



思わず周囲を気にした。



「あたしの気持ちなんか・・あなたにわかってたまるもんですか!」



興奮したゆうこはどんどん涙をこぼした。



「どうしてそうやってデリカシーのないこと、平気で言うんですか?? あたしのこといじめて楽しいですか??」





あれ・・





志藤は彼女の泣き顔を見て


胸が


痛んだ。




思わず胸を押さえる。




ずっとずっと


他人のことで胸を痛めるなんてこと


なかったのに。




「失礼します! ごちそうさまでした!」


ゆうこはカウンターから逃げるようにして席を立つ。


「ちょ、ちょっと!!」


志藤は慌てて会計をした。





地下の店から上がっていくと、ゆうこが壁にもたれて泣いていた。



「もう遅いから。 タクシーで帰りなさい。」


志藤は後ろから声をかけた。



「もー・・ほっといてくださいっ!」


振り向きざまにゆうこはバッグで志藤のことを思いっきり叩いた。



「いっ・・、なにすんだっ!」



「イジワルばっかり言う人は嫌いですっ!」




さすがに


ちょっと酔っぱらっているようだった。


足元がふらついている。



志藤は強引に彼女の腕を取って、タクシーを拾った。



「ちょ、ちょっと!!」


有無を言わせずにタクシーに押し込んだ。



「どっ・・どこ連れてくつもりですか・・」




思わず涙が引っ込んだ。



「だから、バカか。 きみは。」


とまた言われた。



「バカって!」



「家は、どこなの?」



志藤はため息混じりに言った。



「は・・?」

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