第36話 スタートライン(1)

そして。


現在の志藤家です・・



「え~? ジュニアんとこ行ってきたの?」



志藤はネクタイを緩めながらゆうこに言った。



「ひなたのお祝いを頂いてしまったし。 社長や奥さまにもご無沙汰してしまったので、ごあいさつに。」



ゆうこは彼のスーツの上着に丁寧にブラシを掛けながら言った。



「凛太郎だけ連れて行ったんですけど。 なんか久しぶりに真太郎さんともゆっくりお話できて。」


顔をほころばせる彼女に



「あ~~~、また。 ときめいちゃって。」


志藤は非常におもしろくない反応をした。



「ときめいちゃってって。 そんなんじゃないし。」


ゆうこは口を尖らせる。




「ほんまに。 ゆうこはジュニアの話になると、目がハートマークやもん。 萌えちゃってんの丸わかりやし~。」



「また。 ヤキモチ妬いちゃって。」


ゆうこはチラっと彼を見た。



「ゆうこにとって、ジュニアは特別やし。 それはずうっと変わらないし。」



ちょっといじけたように言う彼が


少しだけかわいく思えて。



「・・もう。 思い出ですから。」



彼の前に回りこんで、するっとネクタイを外してやった。



「めっちゃ。 かわいいやん、」


志藤はニヤっと笑う。



「はあ?」



「ゆうこはぜんっぜん変わらない。 あのときから、ずっと。」



彼女の頭をくしゃっと撫でた。



「ごっ・・5人も子ども産んじゃったし。 変わったに決まってるじゃないですか、」


恥ずかしくなって少し赤面した。



「いや。 変わってへんて。 だって。 今もずううっと。 おれはゆうこのことかわいいって思えるし。」



それは


本当の気持ちだった。




ずっと


ゆうことジュニアの間に


何かあったんじゃないかって


思っていた。



それは彼女も言わないし、おれも聞きたくないし。



おれや南も知らない


二人だけの


見えない何かがあって。




でもきっと


これからもそれを知ることはないんだろうな、と思ったりもする。



*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆




事業部創立とオーケストラ立ち上げの企画が通ってから


通常の仕事の他にもそのことで真太郎とゆうこは忙しくなった。





「え? 社員を?」



「とりあえず。 現場に明るい社員を採用しよう。 沢藤教授に相談させていただいたらどうだ?」


北都は真太郎に言った。



「心当たりある人間を何人かリストアップしてもらって。 採用は人事に任せるから。 めぼしだけつけてもらって、」



「複数人、必要ですよね、」



「とりあえず、1~2人でいい。 おれも当たってみたいところあるし、」




この前も


それは言っていたけど。


クラシック音楽関係の人に知り合いでもいるんだろうか、




真太郎は北都の言葉を読み取った。




「すみません、ごめんどうなことばかりお願いして。」


真太郎は真理子の音大を再び訪れた。



「いえ。 この前電話で言われて、何人かあたってみたけど。 なかなかこの人ならって人がいないんだけど、」


真理子はクリアファイルをすっと真太郎に差し出す。



「ひとり。 私の教え子なんだけど。 今、東京シンフォニックで事務局の契約社員をしているの。」



資料に目を通す。



『玉田康介 23歳  聖朋音楽大学 指揮科卒』




「契約は1年だから。 来年の2月で切れるわ。 その後、ということになるけれど。 とにかく、気が利いて、成績も良かった子だし。 でも、就職活動もしないで海外のコンサートへ行きまくったりしてたんで、普通に就職できなかったの。 ほんっとにクラシックが好きで、何でもよく知ってる。 性格も素直でおとなしいけど、明るいし。」




写真の彼は


真理子の説明どおりのような気がした。


温和そうで


真面目そうな雰囲気が伝わってくる。




「この方に・・会えますか?」



「話をしておきます。」


真理子はニッコリと微笑んだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る