10話目 アーランの二人に対する印象の変化

「だって一目惚れって本当にあるなんて、それまで全然知らなかったのよ。最初に会った時にどーしていいのか本当に困ったもの。であたし、自分がどう思っているのか判るんだけど、そう認めるのがすごくしゃくにさわって」

「本当に好きなのねえ」


 さすがにアーランもそれしか言い様がなかった。


「本当に好きだもの」


 ぬけぬけと、とアーランは呆れる。

 だがそののろける様子があまりにも楽しそうなので、文句をつける気にもならない。逆に幸せそうでいいな、となんて、アーランにしては不覚にもそう思ってしまったのである。

 アーランはカラシュに対しては当初、偽善者だ、と感じていた。それは彼女の周囲に居た「貴族のお嬢様」達一般に対する感情と同じだった。

 それがだんだん、「得体が知れない」に変化していた。何か変なのだ。アーランは調子が完全に狂っていた。

 それまで彼女が関わってきた「貴族のお嬢様」は、ことごとく彼女達施設の子供には二種類の感情を向けてきた。軽蔑か憐れみ。

 軽蔑の方がましだった。憐れむその裏には、「自分がそうでなくて良かった」という思いが感じられたものだ。安堵感が欲しくてそういった「奉仕」をするのではないか、と。

 時々、払い下げの衣料だの、バザーの売上だのを持ってくる少女達は、アーラン達がそんな事考えているなんて知らなかっただろう。

 アーラン達施設の子供達は、表向きお礼を言う。世慣れた大人ならともかく、「育ちが良くて純真な」お嬢様方はその「お礼」が本物と信じ込む。

 お礼は半分は本当である。

 思惑はともかく、モノに罪はない。アーラン達はモノに礼をいい、お嬢様方には礼などしない。そして腹の中で舌を出す。気付いていない少女達に。

 「頂いた美しい服」は着られることはない。全て古着屋に売られて金に換えられる。

 彼女達はアーラン達の服が全部同じであるのに、そのことには気付かない。寄付金が古ぼけた建物の修理に使われていると信じている。

 だが実際には、相変わらず雨漏りがし、すきま風が吹き込んでいる。

 そんな現実が自分達の行為と結びつかない。

 何が本当に必要なのか、彼女達は知らない。知る気もないのだ、とアーランは彼女達を軽蔑する。


 ところが、この二人ときたら。

 そこでアーランは混乱するのだ。


 カエンには最初から軽蔑も憐れみもなかった。彼女はただアーランの事実を指摘しただけだった。

 カラシュはカラシュで、結局は忠告だけで、それ以上の感情は無いのだ。カエンと同じようにお茶を入れ、技術革新の話をし、恋人のことをのろける。

 二人とも、アーランに対して、施設の子だどうの、という意識は全くないのだ、とアーランは確信した。

 カラシュの話す、技術革新だの外交史の話は面白かった。

 今までそんなことを話す女の子をアーランは見たことがなかった。たとえそれが恋人からの受けうりだったとしてもだ。


「そのひとはずいぶん頭のいい奴みたいだな」

「いいわよ、本当に。あたしも、だから、いろんなことであの人を説得するのは本当に凄く大変なんだから」

「説得して、聞いてくれるんだから、その男は実に寛容だ」


 カエンは頬杖をつきながら、半ば呆れ、半ば面白がる。カラシュはうなづく。


「でしょうね。確かに世間一般とは違うひとだから」

「カラシュだってそういう意味では充分変わってるわよ」


 アーランは肩をすくめる。カラシュはその様子を見るとひらひらと手を振る。


「昔はよく言われたわ」

「昔って言ったって、君、別にワタシ達と大して変わらないだろうに」


 カラシュはそれには笑って答えなかった。


「でも本当、カラシュは何か違うわよ。カエンも違うと思うけど」

「あらどうして?」

「んーと…… 何って言えばいいのかな?」


 アーランは迷った。

 何から切り出せばいいのか判らなかった。何せそういう突っ込んだ話を誰かとしたことはないのだ。

 突っ込んだ話をすれば、自分の本心が相手に見えかねない。それは彼女には避けるべきことだったのだ。だがどうやらここでは言いたいような気になり始めていた。


「あたしは施設に居たって言ったでしょ?」


 二人はうなづく。


「そこには、男の子も女の子も居るの。一緒に暮らしているわ」


 再びうなづく。


「だから本当に子供の頃はいいの。男の子も女の子も、ころころじゃれようが、けんかしようが、それこそ取っ組み合いのけんかしても、どっちも罰をもらったの。だけど十を越えると違うの」

「どう違うの?」


 カラシュはやや真面目な顔になる。


「こう言われるの。『何はともかく、男の子にあやまりなさい』」

「ふーん……」


 カエンはほんの少し、眉を寄せているようにアーランには見えた。彼女はあまり表情の変化が大きくはない。だが全く変化が無い訳ではない。


「何はともかく、か」


 ちっ、と彼女は舌打ちする。


「カエン?」

「気に食わない言葉だな。何はともかく、か。結局それが全てか」

「でもたいていは、気に食うも食わないもないわ。そう言われればそうしなくちゃならないのよ。そこで口答えすればまた罰が加わるだけだわ。そういうもの、で終わらないと、自分が損するのよ」

「アーランもそうなのか?」

「……」


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