7
いつのまにか失神していたらしい。
再び目を覚ますと、また場所が移動していた。ただ、今度ばかりは勝手が違っている。
「なに、これ……」
寝かされていた寝台の敷布などこそ新しい物に変えられてこそいるが、見覚えのある調度品達。それならば、と、床を見ると。
――あった。
探しているものが。月日が経った故に色こそ
「……ここって、まさか」
――パタリ
両開きの扉が開かれる音が、続き部屋の方から聞こえてくる。慌てて寝台の上で横になり、寝たフリを決め込んだ。
「紅華。あ、いや、今は凛莉だったね。起きてるんでしょ?
僕はそのままでいてくれても一向に構わないけど、と不穏なことを寝台の端に腰かけて呟かれれば観念せざるを得ない。
ゆっくりと。けれど、少しずつ彼がいる方から離れつつ、身体をそっと起こした。
「おはよう」
今まで着ていた質素な衣服とは違い、上質な衣服を身に
ここまでくると、月新というのも偽名に違いない。こちらは名前どころか住む場所すらも知られているというのに、随分な扱いだ。
けれど、凛莉も諦めてはいなかった。
「……誘拐犯と口をきくつもりはないです。家に帰して」
「帰してって……帰ってきたじゃないか」
強めの口調で睨みつけると、月新は肩を
確かに、彼の言い分に黙って耳を貸すとそうなるのかもしれない。この部屋は昔、凛莉が、否、紅華が使っていた部屋だ。毒を盛られ、血を吐いた跡もご丁寧に残されている。
ただ、その言葉に納得して流されるわけにもいかなかった。
「帰りたいの。家族が待ってる家に」
「……相変わらずだね。君ってば、家族のことばっかり。寝ても覚めても、帰りたい、帰して、帰せ。それしか言えないのかなって心配になるくらいだったよ」
「……何のこと? 貴方、私を紅華って人と間違ってるんじゃない? 人違いなの。だから」
「だから帰して?」
「そうよ」
「それは無理」
「どうして!」
「たとえ紅華じゃないとしても、僕、
「なんでそうなるのよ……」
「あ、でも、安心してよ。僕も前回のことがあってから反省したんだ。だから、君の父親はちゃんと家に帰すよ」
「お父さん、無事なの!?」
「まぁ、ね。言ったでしょ? 反省したんだって。きっと今頃家に着いてる頃じゃないかな?」
「よ、良かったぁー」
父親から連れていかれた料理人は生きて戻ってはこられないらしいという話を聞いていたし、ましてや相手は十中八九、前世で自分の家族を殺めた皇太子。もしかしてという疑惑が頭をちらついていただけに、凛莉は心底ほっとして胸を
「……で、さ。紅華。あぁ、凛莉だっけ。君ばっかり満足できる結果になるのは不公平だとは思わない?」
「全然! むしろ、こうなったのは貴方が原因でもあるじゃない!」
「そんな昔のことは忘れたよ。で、僕のお願いなんだけど、君を僕の専属料理人として
「専属料理人?」
「そう。君にとっても悪い話じゃないと思うんだよね。なんてったって、珍しくてなかなか手に入らない食材なんかもすぐに手に入るんだよ? 君が作りたいけど、材料がなくて諦めたものも、もしかすると作れるかもしれない」
「……」
(駄目だ、駄目だ)
忘れてはならない。目の前にいる人物は前世の両親を殺した。
「あぁ、言っておくけど、紅華の両親を殺したのは僕じゃないよ。君は最期まで誤解してたみたいだし、僕も好かれないくらいなら憎まれたままでいようと思って今まで黙ってたけど」
「……え?」
(嘘だ。だって、あの時、あの人が持っていた剣には……)
凛莉が考えていることなんてお見通しだというのか、月新は言葉を続けた。
「あの時の剣についていた血は君の家を襲撃した
「それじゃあ、殿下は……」
「あ、やっぱり君、紅華だったんだ」
確信まではなかったのか、決定打が本人の口から欲しかったのか。恐らくは後者だろうけれど、頭の良い彼のことだ。確信を持たれたからにはもはや言い逃れはできない。
凛莉は寝台から降りてそのまま床に足をつき、
「……両親の
寝台を間に置いたため、月新が回り込んで目の前に立ったのが分かる。頭を下げている凛莉の目に、月新の履いている靴の爪先が見えた。
人差し指でついっと
月新はますます笑みを深め、口を開く。
決して獲物を逃さない肉食獣が、獲物を見つけ、捕えた瞬間だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます