二人の動揺

「ここにいるのは、誰かの発表を見に来たってことだよね」


「そう……みかんと、妹のを見に来た」


「あ、そっか。みかんとは幼馴染だもんね。まだ仲いいんだすごいね」


 牧本はみかんの名前が出ると、さらに不自然な笑みになった。


「……牧本」


「な、なに? そういえばお客さんなのに、なんでこっち来たの?」


「……」


 僕は、とっさに、「みかんに謝れよ」と言いたくなった。だけどそれはだめだ。


「みかんに私が言ったこと聞いてたんでしょ。だから文句言いに来たんだよね」


「……文句は言いに来てない」


「あ、そうなんだ。まあみかんが嘘ついたのはほんとだしね」


 牧本が小さくそう言った。ほんとはそんなこと言いたいわけじゃないだろうに。


「……牧本さ……ほんとは許してるんだよな……もうとっくの昔の小二の時に」


「……」


 牧本は確かに小さくうなずいた。だけど、うつむいた状態になった。そう、牧本はみかんに悪感情など持っていない。だけど、とっさにそう言ってしまった。


「みかんを動揺させるために……言ったんだよな」


「……言ったって別にいいよね。事実を言っただけだから。それで、みかんが動揺して失敗したらすごいいいじゃん。ライバル減るし」


「……そうか。そういうのって……」


 よくないな。……それは、牧本がわかっていることだ。


「性格悪いよ。だけどさ、しょうがないじゃん。予選を通過できるのは二校だけ。勝負の世界だよ。私みたいにちょっといじわるしなきゃいけないわけ」


「……」


 僕は、そういう世界に最近飛び込んでいない。いままで、ずっとお子様ランチを作って満足してきた。だから、すっかり忘れていた。


 そう、久々に料理コンテストという場で競うってことになった時に、僕は忘れていたんだよな。大切なことを。


 でも、牧本は一瞬見失ったけど、とっくに思い出している。


 だから、なおさら、このままじゃだめだ。


 だって、動揺しているのはみかんだけじゃない。牧本だって自分がした行動に動揺しているのだ。


「私、なんでこんなにクズなんだろう……みかんが羨ましい……」


 牧本はそう小さく吐いて、座り込んだ。床に涙が落ちる。しみこみながら、蛍光灯の光を弱く反射した。


 そろそろ一グループ目が始まるころだ。確か、牧本たちの学校は二番目、みかんたちは三番目だ。それまでには……二人が、ダンスが本当に好きな少女に戻っている必要がある。

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