第39話

「上様、幕臣に実戦を経験させましょう。

 このままでは、南蛮と戦う時に、逃げ出す臆病者は現れてしまいます。

 幼子に当主にして、若隠居する卑怯者が現れてしまいます。

 少なくとも番方と小普請組と小普請入りしている幕臣は、実戦を経験させて南蛮との戦いに備えましょう。

 さもないと合戦中に友崩れを起こしてしまいます」


「う~む。

 だがそんな事をすれば、それこそ若隠居する者が続出するのではないか?」


「そのような実戦に役立たない者など不要でございます。

 武士といえないような幕臣など、召し放ちすればよいのです」


 今回の徳川慶恕は厳しかった。

 英国が内乱をしかけた太平天国の乱が危機感を煽ったのだろう。

 その真剣な言葉と態度に、将軍・徳川家慶も危機感を持ち始めた。


「召し放ちした幕臣が浪人となっても、治安を悪化させるわけではありません。

 郷士や同心として、新規の抱え席として蝦夷や樺太に送ればいいのです。

 野垂れ死にさせるわけではありません。

 功名をあげられるかもしれない陪臣達は、むしろ喜ぶかもしれません」


 徳川慶恕の熱く真剣な献策に、将軍・徳川家慶もついに許可を出した。

 世子・徳川家祥はすでに徳川慶恕の献策に同意している。

 尾張派の藩主も同意している。

 幕閣も老中は既に同意している。

 あとは評定衆の中にいる反対派、憶病者をあぶりだすだけだった。

 町奉行、寺社奉行、勘定奉行、大目付、目付の実務者に加え、将来の幕閣候補である若年寄の人柄を再確認するのだ。


 徳川慶恕の中には大きな不安があった。

 命惜しさに、実戦参加を拒む評定衆が現れるかもしれないという不安が。

 だが、武士の体面がそれを許さなかった。

 武士である以上、卑怯憶病と謗られるのだけは、体面上許されないのだ。

 現実に命の危険と直面すれば逃げ出してしまうが、評定の場では口が裂けても卑怯憶病の言葉は口にできない。


 もっとも、徳川慶恕にも秘策があった。

 兵役人数さえ守れば、陣代が指揮する事を許したのだ。

 当主が卑怯者憶病者で役に立たないのなら、一族一門や家老用人を陣代として戦場に送る事を許したのだ。

 これが決め手となり、大陸に番方と小普請組と小普請入りしている幕臣を派遣することが決定した。


 番方にはいつでも移動できるように将軍から命令が下った。

 小普請組と小普請入りしている幕臣は、徒士組、お先手鉄砲組、新番、大番に編成され、大陸派兵される番方と交代できるようにされた。

 徳川慶恕は幕臣を清国に派遣するに辺り、大陸にいる密偵達を広州郷党と林則徐に接触させた。

 

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