第37話 また誰か来た!

「よしっ! 今度こそ……。」


 出発しよう。そう言おうと思ったとき、ベルが鳴った。


ピーンッポーン! ピンポン! ピンピンッピピピピンッポーンッ! 


 はじめはゆっくりだったけど、だんだんと速くなった。そしてまたゆっくりになった。鬱陶しい連打だ。


「はぁい! どうぞー!」


 あいくる椎名はめげずに、自宅に届いたピザを取りに行くような感覚で応じた。部屋へ入ってきたのは、江口賢だった。


 入ってくるなり、俺をガン無視して、あいくる椎名とカホウとルチアの3人の前に順に立っては、そのおっぱいを鷲掴みした。呆気にとられたのか、3人とも声1つ出さずになされるがままに揉まれていた。


「おぉーっふぅ、おおぉーっ!」


 か弱い老人の息遣いとも喘ぎ声とも取れる不気味な声が、静かな部屋にこだました。うっ、羨ましい。けど、こんなことをしては、ただじゃ済まないだろうな。俺は戦々恐々としながら、その場で立ち尽くした。揉まれた順に言った。


「もぉーっ、いやらしいんだからぁ!」

「けど、何故かロマンを感じたわ!」

「はい。永年の男のロマンでしょうね」


 あれ、3人とも全く怒っていない。それどころか、好感を持ってエロい老人を迎えた。どういうこと?


「あっ、あの。江口賢さん、ですよね……。」

「おぉーっ。どなただったかな?」


 江口賢さん、俺のことなんかすっかり忘れているみたい。まぁ、思い出されたら都合の悪いこともあるから放っておこう。


「あっ、分かったーっ! おじいさんも勇者くんの奴隷になるの?」


 あいくる椎名が唐突に言った。結構失礼な内容だけに、俺はハラハラドキドキしながら言った。


「椎名さん、ダメじゃないですか! 何の脈絡もなく、失礼ですよ!」

「えーっ! 脈絡ならあるよ。ほら、そこの本棚を見て!」


 あいくる椎名は本棚を指差して言った。そこにはちゃんとあった。『賢者教本』が。その横には3本の巻物があったんだけど、見ているそばから消えてなくなった。多田野が持って行ったみたい。


「はっはっはー。何故、儂が老人から金を巻き上げる輩の奴隷なんぞに?」


 えっ、江口さん、覚えてらっしゃる。そんな風に言われて、俺は額に汗した。その表情は、ばっちりカホウとルチアに見られた。2人とも俺のことを白い目で見ている。誤解だ。誤解を解かないとっ!


「いっ、いや、あれは差し出されたものだから……。」

「まぁ、向こうでも勇者気取りだったのね、サイテー!」

「たしかに、人様のタンスの中のものは勇者様のものですけど……。」

「はぁあー。現金を奪われた儂は、徒歩でここまでたどり着いたのじゃ……。」


 被害者振る江口さん。あいくる椎名も含めて3人とも江口さんのことを信じている。俺にはもう、対抗する術がない。


 そんなとき、天の声が聞こえた。多田野じゃない。俺と江口さんがブラックステンでした会話だ。多田野がスマホか何かに録音していたんだろう。多田野はそれを、俺たちには黙って着信音にしていたみたい。それがたまたま流れたんだ。


 でも、多田野のやつ、一体誰から着信したんだろう。色々と分からないことだらけだが、兎に角、俺の濡れ衣は剥がされた。


「なるほど。勇者くんの言うことが正しいみたいね!」

「でも、江口さんはどうしてそんな嘘をついたんですか?」

「あぁーっ? 聞こえんよーっ!」

「だから、何で嘘ついたってんだよ、このエロじじい!」


 江口さんは、今度こそこっ酷く叱られた。

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