第4話 孤児院消失事件 『赤い悪魔』


 

 ―――時刻は、ここで少し遡る・・・。





 


 ミギトとガストーンが買い物に出かけた、その後少し経ったころだった。




 

 ヒョウリはミギトとガストーンを見送った後、ミギトのその優しさを本当に嬉しく思っていた。

ヒョウリとミギトはライバル関係でもあり、幼馴染でもあり、大親友でもあった。


 ヒョウリにとってもミギトの演技力に「敬意」を感じていたし、お互いを終生のライバルと見ていたが、それ以上に同じ道を極めんとする戦友でもあった。





 

 たまたま、ヒョウリがイケメンであったため、早く注目されたが、この世界・演技の世界では、それだけでは通用しないのはわかり切ったことだ。

いずれ、ミギトも頭角を表し、必ずや自分に追いついてくるだろう、いや追い抜かされるかもしれない・・・


 そんな関係のミギトが、先に主役に抜擢されたヒョウリに、しかもおそらくは演技力・俳優としての純粋な能力ではなく、見た目だけの差で選ばれたヒョウリに、

屈託のない笑顔で祝福してくれる。そんなところが、ミギトのすごくいいところなのだ。


 ヒョウリはそんなことを考えながら、キャサリン先生とシスター・テレサに最近の近況を話し、久々に帰ってきた我が家・孤児院でくつろいでいた。



 

 そして、そんな時、表で車の止まる音がした。


 キィ―――――ッ。ブルンブルン・・・



 バタン!




 

 そのすぐ後にドアの開く音ーー。


 外にいる子どもたちの駆け足の足音が響いた。



 

 「こわい人がまた来たよ!!」


 そう言って駆け込んできて報告してくれたのは、ピピンヌだった。





 

 どうやら、例の和流石建設のヤツラがまた来たらしい・・・


 ヤツラってホントしつこいな、諦めるということがないのか。


 ヒョウリはそう心のなかで思いつつ、まずは子どもたちの安全を考えた。



 

 「ピピンヌ、寝室に戻ってなさい。他の子供達と一緒にいるんだ。みんないるか点呼するんだ!」


ヒョウリがそう言い、ピピンヌは真剣な表情をし、頷いた。


そのまま、ピピンヌはくるりと踵を返すと2階に上がって行った。子どもたちの寝室は大部屋で、みんなで寝るしきたりだった。



 

 ピピンヌの背中を見送ったヒョウリは玄関へと急いだ。

ヒョウリが玄関に到着したのと、和流石建設のやつらが入ってきたのとほぼ同時だった。


 しかも、チンピラコンビの後ろには和流石建設の社長・和流石八千王(わるいしやちお)の姿があった。



 

 和流石八千王は、この地元を代表する建設会社で、数年前から急成長を遂げてきていた。

和流石八千王の豪腕で強引なやり方に反発する住民もいたが、バックに有力政治家がついていると噂で、反対した住民はことごとく黙ってしまうか引っ越ししていた。


 まあ、実は陰で闇に葬られているという噂も立っていたが・・・。



 

 和流石八千王が、高級そうな葉巻をくゆらせながら、ゆっくりとキャサリン院長先生に向かって口を開いた。


 「おひさしぶりですね、マダム・キャサリン…。ここを離れる決心はつかれましたか?」


 キャサリン先生は口をキリッと結んで、はっきり聞こえる声で答えた。


 「あなたも変わらないですね。何度言われてもここを売る気はないと申し上げたでしょう?」



 

 「ほお・・・これは手厳しい・・・本当にそれでいいんですか?キャシー先生、私の我慢もいつまでも続くわけではないんですよ?」


 「あなたにキャシーと親しげに呼ばれる筋合いはありません。」


 「そんなことおっしゃらないで。私も心苦しいんですよ。でも代わりの土地も用意させていただいてるんだ、なぜこの場所にこだわるんですか?」



 

 キャシー先生から以前聞いたことがあった。

ここの場所はキャシー先生の大切だった人から譲られた土地だということを・・・。


 キャシー先生はそれ以上詳しいことを語らなかったが、どうやら亡くなった方で、たぶん先生の愛していた人だったと察していた。


 それを話してくれたときのキャシー先生の目は遠くを懐かしむような哀愁のある目をしていたからだ。



 

 ヒョウリは和流石建設のヤツラに向かって叫んだ。


 「ふざけるな!僕らがここにいたいんだ!なぜ出て行かなければいけないんだ!

 

 僕らが諦めるのを、そっちが諦めろ!」



 そう叫んだヒョウリは、シスターテレサと一緒にコールカスがやってきたのを横目で見た。


 コールカスは一つ年下で何かとヒョウリに頼ってくるところがあったが、ミギトとは仲が悪かった。


 だが、そんなコールカスも孤児院のこととなると、やはり大切に思っているのだろう。

孤児院の危機であるこの時、真っ先に駆けつけてきたのだった。



 

 コールカスも声高らかに叫んだ。


 「帰れ!帰れ!ここはお前たちが来る場所じゃあねえんだぜっ!」


 シスターテレサはすぐにキャサリン先生の下へ駆け寄って、キャサリン先生の手をとって、こう言った。


 「院長室へ戻りましょう。あとはコールカスに任せて。」



 

 そう言って、キャサリン先生を伴ってシスターテレサと二人、階段を上がって行った。


 和流石建設のチンピラコンビ、ナオ・カイザワとユージン・シーナの二人が声をハモらせて叫ぶ。


 「てめえら、待ちやがれ!いいのか?後悔するぞ!?今日はこっちもその気で来てるんだぜ!」




 

 ヒョウリはその言葉に嫌な予感を覚えた。何か身体に、いや、精神に波動を感じるような・・・。


 それは、ヒョウリも気づいてなかったが、生命力と精神力から来るエナジー、チャクラエネルギーを敏感に感じ取っていたからだった。



 ・・・悪意あるチャクラエネルギーを・・・・・・。



 

 チンピラコンビは、わーわー言ってましたが、特に暴力を振るってくるということもなかった。


 和流石八千王が、一言・・・。



 「おい!お前ら!帰るぞ!」




 

 「へい!」


 二人は揃って答えた。そして三人はくるりと振り返り、乗ってきた車の方へ歩みだした。




 去り際、ユージン・シーナが最後に振り返り、


 「ヒョウリ・・・だったか? お前ともおさらばだな・・・くっくっくっ・・・。」


 と、不気味に捨て台詞を残して、運転席に座り、車を発進させて孤児院から出ていった。



 

 そのあっけなく去っていった姿に、逆に悪い予感しか感じなかったヒョウリ・・・。


 ヤツラの車が去っていったのを見届け、門を閉めて、孤児院の建物を振り返った。




 

 ・・・もう、すっかり暗くなった空の下、孤児院の建物の2階部分、キャシー先生の院長室のあたりから、その時のヒョウリにはなんだかわからなかったが、

怪しい妖気のようなものが立ち昇っていた・・・


 ヒョウリは思わず、駆け出していた・・・。


 「キャシー先生ーーーーーーー!!」



 

 階段をものすごい勢いで駆け上がるヒョウリ―――。


 院長室は階段を上がって左側の端にあった。トイレの先、1つ、2つ部屋を越えた先だ。書斎、客間、・・・そして院長室・・・。

ヒョウリは、その時気づいてなかったが、彼はABC(アルファベット:Ability Beyond Chakra(チャクラの向こう側の能力))に必須な感覚・チャクラエネルギーを感じていたのだった。


 そしてそのことで、ヒョウリの身体能力は強化されていたのだ。尋常じゃない速度で院長室へたどり着き、そのドアを開いた!



 

 ヒョウリの目に飛び込んできた最初の映像は、キャシー先生の前に立っているコールカスが・・・


 その首を宙に残したまま、身体だけが倒れていく・・・その瞬間だった。


 「っぐ・・・」


 声にならない声を上げ、コールカスがその瞳に意思を宿したまま、


 首がその後、音もなく床に落ちていくのが、スローモーションのように見えた。






 

 その光景にヒョウリは衝撃を受けたが、と、同時にコールカスの肉体と首が離れ離れになって倒れたその背後に、シスターテレサの姿が見えた・・・。


 が、シスターの顔はシスターではなかった・・・。


 そう・・・まさに赤い悪魔・・・そう呼ぶにふさわしい恐ろしく赤い目と赤い髪のすらりとした顔つきの男が、不気味な笑顔を湛えていたのだったーーー。




 

 その赤い悪魔のさらに後ろに、驚愕の表情を浮かべたキャシー先生が立っていて・・・


 「コールカァーーーーッスゥ――――ッ!!!」


 今までに聞いたことがなかった大声で、コールカスの名前を叫んだのだった・・・。



 

 ヒョウリは・・・

シスターテレサについて思い起こしていた。


 シスターテレサ、テレサ・ベイリアルはこの孤児院ではないが、かつてあった大災害ののち、その地でたった一人生き延びた孤児だった。

その後、貧しい孤児院で育ち、孤独な子供時代を過ごした。


 だが、その後15の時にシスターキャサリンと出会い、キャシー先生の愛に救われた一人だった。

そして彼女は、この世界の唯一の宗教『アフォファ教』のシスターとなったのだった。


 ちなみに唯一神教と多神教の概念が統一され世界の宗教が一つとなったため、『All For One, One For All Religion(アフォファ教)』、それは唯一多神教と呼ばれた。

意味は一人の神はみんなの神でもあり、みんなの神は一人の神でもあるということらしい・・・略してアフォファーと言われた。



 シスターテレサはそれ以来、あちこちで献身的な活動を行ったのち、キャシー先生が僕らの孤児院『とらっこハウス』を設立した際、

シスターとしてやってきたのだった。シスターテレサは、キャシー先生を非常に尊敬していたからだ。


 そんなシスターだったはずのシスターの制服を着ていたのは、テレサとは似ても似つかない邪悪な顔をした男だったのだ・・・。


ヒョウリは、だが一瞬にして、シスターテレサのことを思い起こし、目の前のこの赤い悪魔がシスターテレサになりすましていたのだということに思い当たった。


 そう・・・シスターテレサの制服を着た赤い悪魔から、チャクラエナジーを感じ取っていたからだった。



 

 キャシー先生の叫び声から、一瞬にして思考を巡らせたヒョウリは、素早い動作でその赤い悪魔の背後のキャシー先生の下へ回り込んだ。

キャシー先生を自身の背後に守りつつ、赤い悪魔が振り返るより早く距離をとった。


 「ほお・・・素早いな・・・ガキめ。おまえはビヨンド使いか?」


 そう言われたヒョウリは意味がわからなかったが、その赤い悪魔からの何らかの波動を感じていたため、なんんとなく意味はわかった。


特殊能力のことを言うんだろうなと考えていた。だが、ヒョウリはまだ自身も完全に目覚めていたわけではなかった。




 ABC・ビヨンド能力は、生命エナジーを感じ取る感覚と精神の強い力によって、生命のチャクラエナジーを精神力と配合した特殊能力であり、

チャクラだけを感じ取れるようになっただけでは、まだその真の能力を発言させることはできないのだった。


 何らかの強いショックや、長年の修行、瞑想や悟り、その他、幼少期の特殊環境下などで発現しやすいと言われていた。

だが、その希少な能力は人類の進化形でもあり、誰もが目覚められるわけではないのだった。




 「ヒョウリ・・・テレサが突然、乱心したの・・・顔もあんな風に変わってしまって・・・


 和流石建設の言うとおりにしましょうと言い出して、ここの土地権利アクセスキーカードを持ち出して来たの・・・。」


 「もう私には何がなんだかわからなかったんですけど、コールカスが興奮してテレサにつかみかかって、、、」


 「そうしたら、そうしたら、、コールカスが・・・コールカスがっ!」


 キャシー先生は混乱しているのだろう、頭をかきむしりながら、そう絞るような声でヒョウリに告げた。

コールカスは彼なりにキャシー先生を守ろうとしたのだろう・・・だが、その行動が裏目に出てしまった。


 相手はとんでもない化け物だったのだから・・・。





 「キャシー先生、落ち着いてください!こいつは、おそらくシスターテレサではありません、あの悪魔が化けていたのです!」



 化ける・・・化ける・・・そのものに成り切る・・・演技・・・本物の演技力・・・化ける・・・












 その言葉を自身で発言したにもかかわらず、ヒョウリの脳裏に妙にその言葉がひっかかり、こだましていたのだった。








~続く~

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