第6章 松下村塾

第51話 長州藩の交易事業

 安政三(一八五六)年一二月。

 元小浜藩士の梅田源二郎こと雲浜は、知り合いの紹介で長州藩の萩城下に招かれていた。

 長州藩は防長四白と呼ばれる特産物(塩、米、蝋、紙)を生産する権利を、産物取立掛に任命された豪農商達のみに限定した上で資金を貸し付け、そして生産されたこれらの特産物を大阪や大和など、経済的に発展している上方に売ることを画策していた。

 雲浜が今回長州に呼ばれたのは、彼の持つ上方の豪農商の人脈を利用して、長州と上方の交易を行うためであった。

 長州に来て以降、雲浜は藩相談役の坪井九右衛門の屋敷に呼ばれては、交易の事で話し合いをしていたのであった。

「弊藩でとれた和紙と蝋のできは如何でございますかな? 梅田殿」

坪井は恐る恐るそう言うと、長州領内で生産された和紙と蝋を梅田に手渡した。

「なかなかのできでございますな。これだけ質の高いものは上方でもそうお目にはかかれますまい」

梅田は感心した様子だ。

「先日坪井殿にご馳走された長州の米と塩も美味でありました。やはり防長四伯と呼ばれるだけのことはありまするな」

「それは嬉しい限りじゃ。防長四白は輝元公の時代から我が藩の財政を支えてきた命綱、黒船騒ぎ以降のこの御時世を生き残れるか否かが、防長四白にかかっているっちゅうても過言ではないと儂は思っちょる」

梅田のお眼鏡に敵うかどうか心配だった坪井は、賛辞の言葉をもらってほっとしているようであった。

「しかし坪井殿、私にはどうしても腑に落ちない点が御座います。貴藩は確か天保の時分に産物会所を設けて、百姓達が作った産物を厳しく取り立てた事により、藩中に一揆や打ちこわしが起こったと聞き及んで御座いまする。なのに何故また産物取立掛などを設けて、一部の豪農商達だけが得をするような仕組みをお作りなさったのでしょうか?」

 梅田は長州に来てからずっと疑問に思っていたことを坪井に尋ねた。

「天保の時分に一揆や打ちこわしが多発したんは、時の為政者が侍の損得だけを考えて、百姓達が作った産物を安く買い叩いて上方に高く売ったり、または百姓達に逆に高く売りつけたりしたからじゃ。今回私は侍の損得ではなく、この長州藩全体の損得を考えて産物取立を実行してゆくつもりであります」

 坪井は毅然とした態度で自身の交易事業の方針を語り始めた。

「例え産物取立掛となった豪農商達に一〇〇貫銀を貸し付けて防長四白を作らせ、然る後にそれらを上方に売って八〇貫銀にしかならんかったとしても、侍の損得からではなく長州藩全体から考えさえすれば、上方に売った分の金も含めた一八〇貫銀が藩中を潤沢させていると見ることができるのであります。私がこれから行う交易はあくまでも藩全体の事を考えて行うものであるけぇ、天保の頃の二の舞にだけは決してならないものと自負しちょるけぇのう」

 坪井は絶対に天保の頃と同じ結果にはなる訳ないと強く確信しているようであった。

「なるほど、それは最もな考えでございますな。それともう一つ、もし大雨などの天災のせいで、産物取立掛の豪農商から防長四白を取り立てられなくなったら如何なさるおつもりか? 坪井殿はその辺りの事も考えられておられるのか?」

 梅田はたたみかけるようにして質問した。

「心配には及びませぬ。産物取立掛の豪農商達の土地や家屋を抵当にとった上で金子を貸し付けておりますので、万が一の時には抵当でとったそれらを売れば元はとれまする」

 坪井はニッコリ笑いながら言った。

「分かりました。今日のところはここまでに致しましょう。明日は馬関や三田尻などの港についてお伺いしとう存じまする」

 梅田がそう言うと坪井は屋敷の家人を呼び寄せて、梅田を玄関まで見送らせた。

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