第30話 険しい下田への道中
翌日の暁七つ、寅次郎達は横浜村を出ると元来た道を戻り、朝六つごろには保土ヶ谷宿に辿りついた。そして保土ヶ谷宿から東海道をひたすら歩き、二日後には小田原を経て根府川の関所を通り、熱海も通過して三島宿に到着した。
そして三島宿から下田街道へと道をかえた後、韮山村や大仁村を経て最大の難所である天城峠にたどり着いたのであった。
「天城の峠にたどり着くまでも一苦労じゃが、天城の峠を越えるとなるとそれ以上に骨が折れそうじゃのう」
横浜村からの長旅で疲れ切った様子の寅次郎が切株に腰掛けながらぼやいた。峠の辺り一帯に樹木が生い茂り、蚊などの子虫が盛んにぶんぶんいって飛んでいた。
「全くです。まさか下田までの道筋がここまで厳しいものであったとは……」
金子も疲れ切った様子で切株に腰掛けていたが、寅次郎よりも幾分かは余裕があるようであった。
「じゃがなぜペルリは下田の開港を要求したのでしょうか? 確か函館と違ってこれといった資源は何もなかったはずなのに」
金子は突然何かを思い出したかのような体で唐突に尋ねた。
「それは下田が険要の地だからじゃ。かつて象山先生は下田をアフリカっちゅう大陸にある喜望峰と同じじゃとゆうちょった。喜望峰が太平洋と大西洋の中継地点にあるように、下田も江戸と上方の中継地点にある重要な場所じゃから、何が何でも異国から死守せねばならぬと。じゃから今回下田を開港することに先生は反対だったみたいなのじゃ」
寅次郎は五月塾時代に象山が言っていたことをしみじみと思い出しながら語った。
「なるほど、そねーな訳があったんですね。一〇年も前から日本が開国をすることを予期し、さらに下田の重要性をいち早く見抜くなんて……やはり噂に違わぬ傑物ぶりですなあ、象山先生は」
寅次郎の説明を聞いた金子はすっかり象山に魅了されているようだった。
「西洋学に関して象山先生の右に出る者はこの日本のどこにもおらんと僕は信じちょる。そしてその先生から志を託された以上、何としてでも密航せねばならぬ。そのためにはまずこの峠を乗り越えんといけんな」
寅次郎がそう言って疲れ切った体に鞭を打ち再び歩き始めると、金子も立ち上がってそのあとを追い始めた。
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