第44話:ドラゴン②

 これ以上リリアーナを戦わせるわけにはいかない。こういう場合、魔力が尽きたら命の危険があるってのが定番のシナリオだからな。

 だからといって俺が魔法を使えるわけでもないから、万事休すなんだけど。


「まあ、叩き落としてはいるから接近戦には持ち込めるか」


 俺の頼りはスキルとこのナイフ。

 ……あれ? そういえな、重力制御スキルを使ったけど、俺自身は何も疲れていないような。


「……もしかして、スキルは魔力を使わないのか?」


 よくよく考えてみると、ゼルジュラーダまでの道中でも重力制御スキルは使っていたが魔力が尽きるなんてことは一度もなかった。

 野営時に休んでいたとはいえ、それまでは日中常に使っていたも同然なのにだ。


「……検証してみるか」


 砂煙が晴れる。

 俺は身構えながら警戒していると、晴れていく砂煙の奥から真っ赤に染まる相貌と目が合った。


『グルオオオオアアアアアアアアァァッ!』

「あちゃー、やっぱり興奮してるよなぁ。だけど……リリアーナの魔法はちゃんと効いているみたいだな」


 漆黒の鱗は所々が剥げて地面に転がっており、どす黒い血が地面を染め上げている。

 この状態であれをお見舞いしたらどうなるか──


「重力制御!」

『グルオオ──ゴアアッ!?』


 再び重力を二倍にしてみせる。

 先ほどは空中にいたのでただ落ちるだけだったが、今は地面に押し付けられる格好になる。さらに傷口が開いていきさらに血が止めどなく溢れてくる。


『ゴ、ゴガガ、ガアアアアアアァァッ!』

「俺のステータスは……あれ? 魔力、少しだけ減ってるな」


 確認した俺の魔力は1だけだが減少している。

 これだけ強力なスキルを使うのに魔力1しか使わないとかあり得ないと思っても、目の前の数字が事実だと俺に告げてくる。


「……これ、魔法が使えなくても今後十分やれる気がしてきたわ」


 戦闘系のスキルを習得すれば冒険者として、生産系のスキルを習得すれば職人として大成できる気がする。

 とまあ、そんなことはとりあえずこの場を切り抜けてから考えればいい話だ。


「ドラゴンに恨みはないが、この場で倒させてもらうぞ!」

『ガガガ、グゴガッ! ──ゴガ?』

「瞬歩!」


 そりゃ困惑するわな。いきなり重力二倍から解放されたんだから。

 でも、重力制御がそのままだと範囲に飛び込んだ俺までその影響下に入っちゃうから、接近するには一度解除するしかないんだよな。

 そして、解除と同時に瞬歩スキルでドラゴンの懐へ潜り込み、渾身の力でナイフを振り抜いた。


 ──ザクッ!


 硬いだろう漆黒の鱗をものともせずに、ナイフはドラゴンを斬り裂いた。


『ゴガアアアアアアァァッ!』

「もう一丁!」


 一撃で決まるとは思っていない。

 これ以上は危険だが、ここで決めなければ次はないだろうと攻撃を継続する。


「ちいっ! 決め切れないか!」

『グググ、グルオオアアアアッ!』


 傷ついた体を振り回して俺を押し潰そうとしてくるドラゴン。

 このまま密着していたらその通りになってしまうだろうと仕方なく距離を取るのと同時に再び重力制御スキルを発動する──だが、同じ手には掛かってくれなかった。


『ガルアアアッ!』

「どわあっ! そ、そんな巨体で飛び込んでくるなよな!」


 範囲指定した場所から離れるためなのか、単純に攻撃を仕掛けてきたのかは分からないが、ドラゴンは翼は使わずに足で飛び上がるとこちらに突進してきたのだ。

 慌てて回避したものの、このままでは重力制御スキルで動きを止めるのも難しいかもしれない。


「持久戦か? おそらくその方が勝率は上がるだろうけど……」


 ドラゴンの体からは今なお血が溢れ出している。

 リリアーナの魔法で相当な傷を負っており、加えて俺が何度も斬り裂いたのだから血溜まりもあちらこちらにできているし、そのうち勝手に倒れるのは目に見えている。

 しかし、それまでに俺が生き残れるかどうかは別問題だ。

 ドラゴンの生命力がどれくらいかも分からないしな。もしかしたらこのまま数時間も耐えられるとかってなったら、確実に俺の方がガス欠になるだろう。


「生身で近づけるか?」

『グルルルルゥゥ』

「……いや、それは無理だわ」


 手負いとはいえ、ドラゴンめっちゃ怖いし! ……って、あれ?


「これ……って、考え事してる場合じゃなかったわ!」

『コオオオオォォ……』


 ドラゴンの口から──煙が上がってるんですけど!


「ブ、ブレス!?」

『ゴオオオオオオオオオオオオォォッ!』


 俺は見てしまった。今まで見たことのない漆黒の炎がドラゴンの口から吐き出され、逃げ場もなく広がり俺に迫ってきた光景を。

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