第41話:専属契約
アレッサさんのお店に到着するや否や、俺たちはすぐに応接室に通されてしまった。
何事だろうとリリアーナと顔を見合わせていると、アレッサさんがお茶を入れて戻ってきた。
「お待たせしてごめんねー!」
「いえ、構いませんが……あの、どうしたんですか?」
「そうよ、アレッサ。お店は大丈夫なの?」
「大丈夫よー! 今は臨時で店を閉めてるから」
「はい!? 閉めてるって、それはさすがにダメなんじゃあ……」
俺たちが決めることではないが、わざわざ契約のためだけに店を閉めるのはやり過ぎではないだろうか。
「そんなことないわよ。専属契約は、言ってみたら私とアマカワ君の企業契約みたいなもの。そんな情報を外に漏らしでもしたら、他の商人がアマカワ君に群がってきちゃうじゃないのよ」
「でも、アレッサさんと専属契約を結んだら、群がってきても意味がないんじゃないですか?」
「実は、そうでもないんだよねー」
うーん、契約は複数のお店とできるってことなのかな。
「商人はね、契約の抜け道を探すのが本当に上手いのよ。嫌になるくらいにね」
「いや、アレッサさんも商人ですよね?」
「そうだけど、私なんてまだまだぺーぺーもいいとこなんだから。ベテランの商人なんて、私が作った契約書のあちらこちらに指摘をするは、専属契約をした相手にも別の契約を取り付けて、私の契約を無効にした奴までいるんだからね!」
け、契約が無効になるって、いったいどんな手を使ったらそんなことができるんだよ。
一応、神様を通しての契約なんだよな、これって。
「そんなことできるんですか?」
「魔法契約で契約する神様は商売を重んじるからね。損得で見た時に、お互いが得になる契約が優先されちゃうのよ」
「でも、そうなったら契約違反になるんじゃあ……」
「新たな契約が成されるなら、古い契約の破棄は違反も何もなくなっちゃうの」
「め、めちゃくちゃですね」
商売の神様、まさか駄女神のお友達じゃないだろうな。
「そんなこんなで、私は今までに何度も専属契約をした相手を奪われていったのよ。だから、今回は絶対に他の商人に奪われたくないのよ!」
「へぇ。……でも、他の商人が目をつける相手をいち早く見つけることができるアレッサさんの人を見る目が確かだってことは証明されたんじゃないですか?」
「……えっ?」
「だって、奪われるってことは、その人が優秀だったってことですよね? そんな人を誰よりも早く見つけられるなんて、凄いじゃないですか」
「……でも、奪われてるのよ?」
「そこは経験を積めば問題ありませんって。人を見る目も養うことはできると思いますけど、アレッサさんの場合は元々備わっていたんじゃないですか? だから若くから見つけることができた。その分、辛い経験もしちゃいましたけど、今のアレッサさんには良い糧になっているはずです」
俺は素直な気持ちを真っ直ぐに伝えることにした。
別に隠すことでもないし、脚色する必要もない。
アレッサさんの人を見る目に間違いはないはずだ。
「まあ、そんなことを言ったら、自分が優秀だと宣伝しているみたいに聞こえるかもしれませんけどね」
最後は照れ隠しでそんなことを言ってしまったが、アレッサさんの心には響いてくれたみたいだ。
「……ふふ、そんなことを言ってくれたのはアマカワ君が初めてよ」
「そうなんですか?」
「えぇ、そうなの」
俺とアレッサさんは笑顔を浮かべて見つめ合っている。すると──
「……んもー! アレッサ、専属契約を結ぶだけなんですよね! 私たちも忙しいので、さっさと終わらせてくれませんか!」
「そうなの? そんな風には見えなかったんだけどなー」
「この後は冒険者ギルドに行くだけだし、別に急いでいるわけでは──」
「忙しいのー! とにかく、忙しいんだからねー!」
……な、何を言っているんだろうな、リリアーナは。
俺が困惑していると、何故だか怒鳴られているはずのアレッサさんが笑っている。
「全く、本当にリリアーナは変わらないのね」
「か、変わらないって、何がよ?」
「うふふー、好きな人がいると途端に──」
「あー! あーあー! 聞こえませーん!」
……何なんだ、このやり取りは。そしてリリアーナ、お前は子供か?
「まあ、リリアーナの言っていることも間違いではないし、さっさと魔法契約を終わらせちゃいましょう。これがこっちで作成した契約内容の書類よ。ちゃんと確認して、問題がなかったら署名をお願いね」
「分かりました」
俺は契約内容を一つずつ確認していく。
俺に対するメリットの部分も書かれているのだが……うん、何ら問題はなさそうだ。
「大丈夫です」
「それじゃあ、魔法契約を行うわね」
「よろしくお願いします」
俺は署名をしてアレッサさんに書類を返す。
その書類を応接室にある祭壇に持っていくと、火が点っているロウソクにかざして燃やしてしまった。
「ちょっと、アレッサさん!?」
「大丈夫よ、見てて」
いや、書類がめっちゃ燃えてるんですけど……って、ん?
「……煙が、光に変わった?」
「……へぇ、綺麗なものね」
「煙が光に変わったことが、契約成立の証なのよ」
「そうなのか? それじゃあ」
「うん! これからよろしくね、アマカワ君!」
この日のアレッサさんの笑顔は、とても眩しく映っていた。
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