第39話:一つの部屋で
……あぁ、俺は部屋にやってきた──否、俺たちと言うべきだな。
だが、この状況は明らかに意図的な者を感じる。そしてそれはアガサさんにしかできないことである。
「……あ、あのおばちゃんめええええええぇぇっ!」
リリアーナの部屋にはベッドが一つしかない。それは俺の想定内だ、床で寝ればいいと思っていたからな。というか、普通はそう考えるだろう、男女が同じ部屋に寝ることになるんだから。
それなのに、あのおばちゃんは──なんで一つのベッドに枕を二つ並べるかねぇ!
「……あの、ア、アマカワ、さん!? これは、えっと、どういうことでええええぇぇっ!?」
そしてリリアーナの反応がヤバすぎる。声が裏返り、明らかに動揺している!
「落ち着け、リリアーナ。これはアガサさんの罠だ。俺は確実、絶対、神に誓って床で寝るから安心しろ!」
「……ゆ……の?」
「えっ? なんて言ったんだ?」
これは、いつもの謎のリリアーナが出てきているのではないか? それなら次はちょっと怒ったように大きな声で──
「……床で、寝ちゃうの?」
…………う、上目遣いでそれはダメだろおおおおおおぉぉっ!
ちょっと待て、床で寝ちゃうの? とはどういうことだ? これは俺、誘われてるのか?
いやいや待て待て、さすがにそれはないだろう。多少見た目が良いからって、リリアーナは超絶美人のエルフさんだ。俺みたいな顔立ちの奴なんてごまんと見てきているに違いないしな!
「あ、当たり前だろう! その、一つの部屋で、さらに一つのベッドで男女が一緒になるというのは、その……あ、あれだ! 倫理違反というわけだ!」
「……そう、かな?」
…………と、止まってくれないのね、リリアーナさーん!
こ、これはあれか、もうオーケーということで理解して構わないのかな、おい、おい!
「……えっと、それじゃあ……一緒に……寝るか?」
「……ぅん」
……き、きたああああああぁぁっ!
これはあれか、駄女神が魅力に極振りしてくれたおかげか? そうか、そうだよね!
ここまできたら駄女神と言ったことを謝らないといけないのか? ごめんなさいね、駄女神様!
「……その! さ、先にお風呂に入ってきても、いいかな?」
「お、おう! そ、そそそ、そうだな。その後に俺も体を、流そう、かな」
「そ、そうだね! そうしてくれると……う、嬉しい、かも」
「……ぉぅ」
赤面しているリリアーナが小走りで部屋に備え付けのお風呂に入っていった。
……ヤ、ヤバイよ、これ。鼓動が早くなりすぎてちょっと息苦しんですけど。
ドアの向こうから衣擦れの音が聞こえてきて……あぁ、水で体を流している音がするよおおおおぉぉっ!
ちょっと、妄想が、止まらない。これ、アウトだろ、アウトだよね!
……。
…………。
………………。
よし、無の境地に辿り着いたぞ。俺はもう何にも心を乱され──
「あ、上がった、わよ?」
……うん、水も滴る甘美な誘惑。
「って、心乱されまくりじゃないですかああああぁぁっ!」
「ア、アマカワ? どうしたの?」
あぁ、ちょっと、その状態で近づかないで!
それ、宿屋から提供されている寝巻きなのかもしれないけど、その、胸元がヤバいから、空き過ぎてて見えちゃいけないものが見えちゃいそうだから!
「えぇっと、そのー、お、俺も、お風呂に行って、来ようかなー!」
「……そ、そうだね。うん、待ってるね……ベッドで」
……ベッドで……ベッドで……ベッドで……ベッド……で……。
「……は、はひぃ」
俺は放心状態のままお風呂に入った。
もう、どうやって体を流したのかさえ覚えていない。頭から洗ったのか、体からだったのか、下からだったのかさえも。
こうなっては覚悟を決めるしかない。未経験な俺でも、やれることはきっとあるはずだ。
その、知識としては、ネットで多少見ていたわけだし……。
「……お、俺は、男になるんだ──この世界で!」
体を拭いて水気を取り、俺は目を見開きながらお風呂場から出た。
テーブルには誰もおらず、宣言していた通りにベッドには誰かが横になっているだろう膨らみが見える。
ドキドキしながら、俺はゆっくりとした足取りでベッドの横に移動し、そしてゆっくりと横になる。
──ギシリ。
ベッドが二人の重さで軋み、俺の心臓は激しく鼓動する。
反対側を向いているリリアーナはこちらを振り返らず、自分の腕を抱いているのか覗く指先がなんとも美しい。
「……リリ、アーナ?」
呼び掛けてみるが返事はない。
緊張しているのだろうか……いや、それは俺も同じこと。
お互いに緊張しているなら、ここは男の俺がリードしなければ! そう思い体を起こして上から顔を覗き込んだ。すると──
「……すぅー……すぅー……」
「……ね、寝てる?」
俺は覗き込んだ体勢のまま固まってしまった。
ベッドで待っているということは、先にベッドで寝ているということなのだろうか。……うん、グランザリウスではきっとそうなのだろう。
であれば、あの恥じらっていた態度はなんなのだろうか。やはり男女が同じベッドで寝ることに恥じらいを感じていたに違いない。
「……はぁ。俺って、何を考えているんだか」
俺はリリアーナを起こさないようにゆっくりとベッドから出ると、空間収納からでか兎の毛皮を取り出して体に掛けて、そのまま床に横になる。
「……めっちゃ、恥ずかしい」
頭まで毛皮を被った俺は、そのまま眠りについたのだった。
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