骸骨兵士
大勢の興奮した声援の中。僅かばかりではありますが、手前に向けてかけられた声もあるようで。
「おう、骸骨だっ」
「ホントに骸骨兵士だっ! あははっ」
「起きてっか? 寝ぼけてないか」
『おはようございます。皆様』
この村に来て一ヶ月。手前、骸骨兵士もようやく人間から声をかけられるようになりました。これもアンナ様のおかげでございます。
始めて村に来たとき、アンナ様とパピィ殿は人間のフリをしたのです。人面鳥は擬人化魔法、猟犬は小型化、アンナ様は人間にしか見えませんから問題ありません。
手前どもの素性を知っている者はおりません。魔物だとバレれば人間は我々を追い出すでしょうが、所詮は田舎の村です。疑り深い者などそう多くは居ないはず。由なきことに御座いますれば。
とくに村長の娘マリッサと息子のマイロはよくしてくれます。無償で開店準備を手伝ってくれたのです。順調すぎて怖くなるほどでした。万事、問題はございません。全くもって、問題など御座いません。ある一点を除いて。
はい、問題は手前です。そうに決まっております。この見た目で人間だと言って通用するわけが有りません。
一か八か、痩せた人間だと言ってみましたが無駄でした。村に着いてすぐ翌朝でございました。騎士兵舎から来た男達が手前を囲みました。無抵抗だった手前は、あっさり地下牢行きにてございます。
機転をきかせたパピィは、薬の実験で怪しい呪術を試していたら、骸骨が動いただけだと説明しました。アンナ様は悪い魔物ではないと叫んでくれました。
猟犬は吠え、場は騒然としました。お前は一体何者だ!? と村中大騒ぎになってしまいました。手前は正直に魔物だと認め、人間に謝りました。アンナ様が魔物って言ってしまっていたので、とぼけようも御座いませんでした。
悪いことをしていないのに謝るのは苦痛でした。手前は自ら人間に捕獲され、『名前はガイ、害はナイ、ナイスガイ~♪』と言ったのです。誰も笑ってくれませんでした。一晩中考えたギャグでしたのに。
――どうやら薬屋は手前抜きで開店するようでございます。それで丸く収まるなら、致し方のないことと存じます。
※
地下牢には排泄物のような濁った水が流れていました。足元がヌメヌメしており、
その蝋燭もすぐに消えてなくなりました。一筋の光もささぬ本物の暗闇に何日もおりましたが、逃げたり暴れたりはしませんでした。
鍵の位置は知っていました。反対側の壁に吊るしてありますれば。骨を肩から外して繋げば届く位置にございます。関節を全て外せば、鍵が無くとも出られたやもしれません。骨を折れば鉄格子の幅を抜けられるのです。
これは……きっと罠にて御座います。手前を試しているのです。悪い魔物ではないとアンナ様は言いました。それは……かけがえのないお言葉では御座いませぬか。
魂の無い者にとって、自分はこういう魔物だと言ってもらえるのは、大事なことなのです。
わん公やパピィにも迷惑はかけられませぬ。手前は地下牢で朽ち果てても構わないと思っておりました。死なない体では何年掛かるや知れませんが。
フードを被ってお面をつければ大丈夫と思った自分が憐れに思えました。パピィは、店で使う標本だと名乗れば平気だと言ってました。甘い考えでした。どこに自己紹介する標本がおりましょう。
少しだけ寂しい気持ちになりました。薬屋の開店に立ち会えないのも悲しいですが、アンナ様をそばで守れないのが一番辛いのです。
手前は骸骨兵士ですから何時間でも、何ヵ月でも、何年でも同じ態勢で待つことが出来るのです。手前には感情はありますが『
魂が無ければそれはモノや道具とかわりありません。精神が無ければ、本当の意味で世界を視ることは出来ますまい。手前に魂はありませぬ。
※
――そして今。
歓声が響くなか、やっと手前は地下牢から連れ出されたのです。ずだ袋を被らされていたので、ここが何処かも分かりません。馬車に揺られ、半日。
眩しい太陽は真上にありました。ここは一面に砂が敷かれた広場のようです。円形で、高い壁に塞がれております。塀の上では手前を歓迎する大勢の声があがり、拳を握りしめ振ってくれていました。
手前の顔に生卵が投げられました。カルシウムたっぷりのプレゼントは至福だと感じました。混じって飛んでくる泥団子や小石はプレゼントには向いておりませんが。
あちら此方から飛んで来る小石や卵のライスシャワーで御座います。ともかく歓迎され、アンナ様の元へ帰れると確信しました。
ガツン…と石が頭に当たります。
『せっかくのプレゼントは、優しく投げて下さいませっ』
「あっははははっ。骸骨兵士が喋ったぜ」
「こいつは、本物か?」
「本物の魔物だぞっ!」
『……歓迎のテンションが高過ぎますな。アンナ様は、どこですか?』
「ほらよっ」
投げ入れられたのは使い古しの
だからといって着ないとは言いません。やはり骨でも素っ裸は恥ずかしさを覚えます。骨盤と恥骨は見ないで下さいませ。更に反対側から何かが飛んできました。
『今度のプレゼントは
『!!』
とっさに昔の癖が出てしまいました。手前は、木剣を掴み前転しながら斧の懐へと飛び込んでおりました。
同時に砂を巻き上げて目眩ましにしましたが、何分……骨だけですので砂を掴むのは難しいようで。
「よ、避けやがったっ!」
その男は、まだ若い兵士のようでした。真新しい革鎧を着た二十歳くらいの金髪で御座います。分かりきった事を言うようなベテラン兵士はおりませぬ。
花が咲いてるとか、蝶々が飛んでるという分かりきったことを言っていいのはアンナ様のような可愛い子だけでございます。
『……お止めくだされ。戦うつもりなどありませぬ。いい魔物で御座いますから』
と言いかけた手前の言葉は、男の攻撃に途切れました。その若者は両手で斧を振り上げ突進して来ました。
「このおおおっ!!」
ブウゥオォン――……。
横一文字に振られた斧を寸前でしゃがんで
これは、相手の動きをコントロール出来なければ不可能な技で御座います。魔法でも手品でもありません。イリュージョンです。
『周りで見ている人間には分からなかったでしょうが、貴殿には分かりましょう?』
「あ、ああ……俺は、勝てない」
手前が顔を近付けて言った言葉に、若者は膝をつきました。わざと隙を作り、そこに斧を振らせたのです。そして完璧に軌道を読み、空気抵抗を失くした木剣は斧のスピードを抜きました。
クルリと木剣をまわして柄の部分を男に向けました。若者はその仕草だけで、手前が剣の扱いに長けているのが分かったようで。
「あんたこそ、分かってるのか? ここは闘技場だ。どちらかが死ぬまで観客は俺たちを……戦わせるんだぞ」
『な、なんと、無益な』
二人を囲む円形の闘技場には、一斉にブーイングの嵐が起きました。その声は渦巻くように一つの言葉へと変わっていきます。
うすうす感じていた言葉で御座いました。にわかに信じたくは無かった言葉で御座います。
殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!
『さあ、この木剣を受け取って手前を殺してください。もとより手前に命はございませぬ。モノと同じで御座います。一応聞きますが、他に方法は御座いますか?』
「バカな。プライドがズタズタだよ……あんたが……俺を、殺すんだ」
手前は木剣を捨てて、鋭く光った斧を担ぎ上げました。若者は、尻をついて手前を見上げたまま動けずにいました。
悪い魔物ではない……その言葉が懐かしく思えました。本当は、手前は信じたかったのでございます。悪い人間などいないと。
殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!
「ひっ……っひいいっ!」
『怖いでのすか? 恐ろしいのですか……貴殿より怖がっておりますぞ』
「怖かねえ! だ、誰が怖がるってんだっ!」
『この斧に言ったので御座います。手前はモノだと言ったでは御座いませんか。手前は貴殿より、この斧に同情致します』
殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ! 殺せ!
手前は無慈悲に真上から大きな斧を振り降ろしました。もうアンナ様とは会えないかもしれない。そんな考えが過ったのです。
「うわああああああっ」
『……』
ガシャン!!
恐怖で気絶した男。首の皮一枚の場所に斧は打ち込まれていました。観客は静まりかえって手前を見ました。
『死は許されぬっ! どうして死を許しましょう? どうして解放を与えましょう? 手前はこの者に呪いを掛けました。彼はもう武器を取れないっ!!』
「……」
怒りと悲しみを持って
大勢の興奮した声援が沸き起こりました。僅かばかりではありますが、手前に向けてかけられた声もあるようで。
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