初めての友達

 両親の都合で私は5年ぶりに生まれ故郷に戻ってきた。と言っても、5年前の事はほとんど覚えてない。その頃5歳だったし。仲のいい子とかいなかったし、多分。


 Uターンしてきた私達一家は、強い勧めもあっておじいちゃんの家にお世話になる事になった。お母さんは助かるって言って笑ってたっけ。おじいちゃんの家は昔の農家の家で大きくて部屋もたくさんあって、引っ越す前の家とは大違い。いつもおばあちゃんがいるから家の鍵も持つ必要もない。ただいまって言っておかえりって返ってくるのは少し嬉しかった。

 古い家の雰囲気も好きだし、この環境の変化は悪くないと思ってる。


 問題は学校だった。初めて通う小学校はどこか他人のような感じがして、クラスメイトにも馴染めない。そうだよね、だってみんな知らないし。すぐに友達が出来るはずもない。

 だから、学校ではずっと1人だった。1人でもあんまり淋しくはなかった。元々一人っ子で淋しいのは慣れてるし。いじめられたりとかしなければ――。


 その日も私は1人で帰って、すぐに家の探検をする。この家には部屋が多くて、私の冒険心がうずくのだ。取り敢えず全ての部屋は廻りきったので2回目、3回目と家の中を探検する。今日は何か面白いものに出会えそうな、そんな予感も感じていた。


 好奇心に任せて使われていない奥の奥の部屋に入った時、私はそこで不思議な女の子と出会う。髪はおかっぱで綺麗な和服を着ていて、小さな、5歳くらいの見た目のそんな古風な女の子。

 その子は私と目が合うとニコっと笑って消えてしまう。その瞬間に私は腰を抜かしてしまい、しばらく動けなかった。


「ねぇ、この家、おばけがいる!」

「何言ってんの千里、そんな事ある訳ないでしょ」

「確かにこの家は古いからな、いても不思議じゃないな」

「おじいちゃんも乗っからないでよ! 私そう言うの苦手なんだから!」


 おじいちゃんもお母さんもおばあちゃんも、そんなおばけは見た事がないって笑う。もしかして私にしか見えないの? 

 それが気になった私は、放課後に図書室でおばけ関係の本を片っ端から借りてみる。童話っぽいものから男の子が好きそうな妖怪退治の本、辞典みたいな本まで。数々の本を読んだ私は、あの時に見たおばけの正体をつきとめた。


「きっとあれ、座敷わらしだ」


 座敷わらしとはその家を幸せにする妖怪で、小さな子供の姿をしているらしい。うん、私が見たのと同じだ。座敷わらしはその家を幸せにするけど、いなくなると突然運に見放されてしまうらしい。だから座敷わらしがいるような家は出ていかれないようにおもてなしとかをしているのだとか。


「えっ、やばいじゃん」


 うちは誰も座敷わらしを信じていない。だからおもてなしもしていない。このままじゃ座敷わらしがどっか行っちゃう。そうしたらまた何か悪い事が起こってしまうかも――。そう思った私は、すぐに本を返して家に帰った。


「私だけでもちゃんとおもてなしをしなくっちゃ!」


 家に帰った私は、すぐに居間にあったお菓子を持てるだっけ持って例の部屋に行く。その時はまだ何も見えなかったけど、きっとまだいると確信して部屋の真ん中にお菓子を並べた。


「座敷わらしさん、どうか嫌いにならないで」

「ふふ。大丈夫よ、千里ちゃん」

「えっ……」


 聞き慣れない声がしたので振り向くと、そこにはあのおばけが。私は慌てて何も言えなくなってしまったけれど、おばけ――多分座敷わらし――はニコニコ笑って見つめている。どうやら私を気に入ってくれているらしい。


「お、おかし、どうぞ」

「千里ちゃんが食べて。私はそれを見てるから」

「いいの? じゃあ……」


 それから、私達は少しずつ仲良くなる。女の子の名前はさきちゃんと言って、私達はすぐに名前で呼び合った。さきちゃんは自分の話はあんまりしなくて、いつも私の話を聞いてくれる。どんな話も聞いてくれる彼女のおかげで、私の心は随分と軽くなっていった。


「千里、笑うようになったね」

「そ、そう?」

「うん。きっと友達が出来たんだね。良かった」

「友達……。うん、そうなんだ」


 お母さんは私が言い淀んだ事を全然気にしなかった。きっとまだ新しい生活に馴染むのが大変なんだ。私もまだ学校に馴染みきれていないし。そんなお母さんを心配させないようにと、私も辛い話は一切しなかった。

 私にはさきちゃんがいるから、もう全然淋しくないしね。



 引っ越してきてから2ヶ月が経ち、季節も穏やかな春から灼熱の夏に変わろうとしている。衣替えをして身軽になり、クラスメイトは休み時間の度に活発にはしゃいでいた。相変わらず私はこの環の中に入るタイミングを逃していて、話し相手は見つからないまま。

 でもいいんだ、私にはさきちゃんがいるもの。


「学校がつまんない……」

「大丈夫、千里ちゃんならその気になればすぐにみんなと仲良くなれるよ」


 さきちゃんはまるでずっと昔から私を知っていたみたいな言葉を口にする。慰めてくれているのだろうけど、それが何か納得がいかなくて、私は声を張り上げた。


「どうしてそんな事が言えるの? さきちゃんはちょっと前からの私しか知らないでしょ!」

「ううん、ずうっと千里ちゃんを見ていたよ。産まれた時からずっと。だから分かってる」

「えっ?」


 さきちゃんの言葉に私は自分の耳を疑った。ずっと私の近くにいたって? それじゃあさきちゃんはこの家にずっと住んでいる座敷わらしじゃないって事? ずっと勘違いしてた?

 自分の中で答えが見つからなかった私は、ストレートに質問する。


「さきちゃん、あなたは座敷わらしじゃないの?」

「私はそんな事言ってないよ」

「で、でも……それじゃあ……」


 やっぱり私の勘違いだったらしい。今まで座敷わらしだと思ってたのに……。私はさきちゃんの正体が分からなくなって頭を抱える。

 私が混乱しているのを見て、さきちゃんは優しく微笑んだ。

 

「千里ちゃん、私はあなたの守護霊なの。今までずっと見守ってきて、これからもずっと見守ってるわ。今までちゃんと言えなくてごめんね」

「嘘? じゃあなんで急に見えるようになったの?」

「ワシが見えるようにしたんじゃよ」


 私達の会話に乱入してきたのは、言葉を喋る美しい白い猫だった。確か、猫又って言うんだっけ。この家にずっといたのはさきちゃんじゃなくて、この猫って事になるのかな。


「猫さん、どう言う事?」

「さきはずっとお前さんを心配しておっての。見えた方がええと思って、ちょっと手伝ってやったんじゃ」


 猫又の名前はシロ。シンプルで覚えやすい名前だ。シロは昔この家で飼われていた猫で、生きていた頃はとても愛されていたらしい。それで家の守り神になって、ずっと私の一族を見守っているのだとか。


「じゃあ、この部屋でしかさきちゃんが見えないのって……」

「ワシの力が及ぶのは、もうこの部屋くらいだからのう……」


 どうやら猫又の能力の都合で、さきちゃんはこの部屋でしか見えないらしい。ただ、見えないだけで、いつも彼女は私を見守ってくれている。だからどんな話もニコニコと笑って受け入れてくれていたんだ。

 それが分かった私は、改めてさきちゃんの顔を見た。


「……じゃあ、ここ以外でもずっと一緒だったの?」

「うん」

「安心したじゃろ」


 私達のやり取りを聞いていたシロがニコっと笑う。私は嬉しくなって彼を抱き上げようとするものの、猫扱いされるのは苦手なようで全然触らせてくれなかった。シロを捕まえようと部屋の中で追いかけっこをしていると、それを見たさきちゃんはクスクスと笑う。

 私は走るのをやめて、そんな可愛い守護霊さんに向き合った。


「これからもずっと一緒にいてくれるんだよね?」

「勿論」

「じゃあ、友達になって」


 こうして、私とさきちゃんは友達になった。引っ越してきて初めての友達が自分の守護霊だなんて、きっと誰も信じてくれないよね。だからこれは私だけの秘密。


 この出来事の後、いつの間にか話しかけてくれる子が現れるようになって、教室も淋しい場所じゃなくなってきた。趣味の合う子とよく遊びに行くようになって、他のクラスメイトとも気楽に話せるようになっていく。つまらない日々はもうどこにもなくなっていた。


 学校が楽しくなってくるに従ってあの部屋に行く事も減り、いつの間にかさきちゃんもシロも見る事はなくなってしまった。

 でもね、そんなに淋しくはないんだ。だって夢の中で会えるから。私が覚えている限り、会いたいなって思ったら必ず夢に出てくれる。

 私の初めての友達、さきちゃん。これからもずっとずっとよろしくね。

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