ポストシーズン:第4クォーター

[財団] 観察・後半

「木曜日と金曜日は、前の3日間に比べてそれなりに動きがありました。まず木曜日についてご意見を伺いましょうか」

 今日の進行で困ることはないだろう、とオリヴァーは思った。それだけの動きはあった。ただし駒鳥クックロビンが能動的に動いた場面は少なく、ほとんどは他者からのアクセスだった。

 水曜日。午前中はボード・ウォークを散歩。午後から同伴者はダウンタウンの北にあるスプリング・フィールド・パークを見に行ったが、駒鳥クックロビンはホテルの部屋で休んでいた。そこへ来客。磁器人形ビスク・ドール駒鳥クックロビンは部屋で応対した。

 磁器人形ビスク・ドールは親しげに挨拶をしたが、駒鳥クックロビンの元気がないのを気遣った後で、「この世界に“A”がいるのを知ってる? NPCみたいなんだ」。


「そう、知らなかったわ」

「君も彼の顔を見れば元気になるよ。僕は興奮しすぎて困っちゃった。彼ともう一度寝たくてたまらないんだ! でもこの世界の彼には愛する人がいるみたいでね。僕が彼と寝ると、きっとその人との関係を壊してしまうから、戸惑ってるんだ」

「この世界はあと72時間以内に終わるのよ。気にすることはないわ。私たちが去れば、リセットされるの」

「そうじゃなくて、僕の気持ちの問題なんだよ。彼とのことは、この後も記憶に残り続けるからね。彼の望まないことをすると、寝覚めがよくないよ」

「それもあなたが現実へ戻る時に、失われるのよ」

「この世界にいる間は、気にしていたいんだ。でももし君が言うとおりなら、マ・シェール、君はいったい何を気に病んでいるの? 現実に戻りたくなくて、この世界にとどまり続けるなら、君も何か楽しいことを見つければいいのに」

「楽しいことなんてあるかしら、この偽りの世界に」

「それこそ君の心の持ちようだよ。例えば僕とこうして話すのは楽しくないのかい?」

「とても楽しいわ。ありがとう、会いに来てくれて」


 その後、磁器人形ビスク・ドールは“A”への思いを一方的に打ち明け、去った。駒鳥クックロビンは同伴者が戻るまで、ベッドで休んでいた。同伴者は夕食時に、市内のあちこちで話題になっている“スーパー・ボウル”について話題にする……

「グリーン、いかがですか」

「昨日、ブルーが言っていたとおり、他の競争者コンテスタントから接触があって……これほど直接的なものとは思っていませんでしたが、これで駒鳥クックロビンも少しは変わるでしょう。見かけ上は全く変わっていませんが」

「彼女は表情をコントロールすることにけていますからね」

「同伴者もフットボールに関する情報を見つけてきました。正直、4日目になってようやくというのは遅いと感じますが、もちろん彼女はスポーツに全く関心がないですし、“A”と一緒になったステージではほとんど話題になりませんでしたから。しかしこれでようやく金曜日のイヴェントにつなげることができて……」

「ああ、金曜日のことはまた後で。木曜日に関して、他には?」

「夕食後、駒鳥クックロビンはフットボールに関する情報をあさっていたようで、ウェブが使えないのでホテルのロビーに備え付けの雑誌を読んでいましたが、シミュレイションが早送りなのと彼女自身が速読なのとで、何の情報を得ているか全く解りませんでした。何の情報だったんでしょう?」

「そこにある全ての情報です。その中から彼女が何を取捨選択したかは、我々には解りようがありません」

「ターゲットを同定するのに必要十分な情報が含まれているのですよね?」

「同定には関係なく、“A”と会話をするのに必要な情報です」

「それは金曜日のイヴェントに関係する?」

「そうです」

「解りました。木曜日については以上です」

「ではレッド、お願いします」

「木曜日にしては、集めた情報が少なすぎて……しかもキー・パーソンだってまだ一人も見つけていない。それで金曜日のような手段を使ったんだと思うけれど……」

「しかし金曜日のあのイヴェントは、彼女が同伴者に直接的に示唆したものではないですよ。それはともかく、木曜日の行動で何か批判できるところは?」

磁器人形ビスク・ドールとは以心伝心のようなやりとりで、この世界の中の関係を壊すことを、気にしなくていい、というようなことを言っていたけれど、本当に壊そうとするのは駒鳥クックロビンの方じゃないかしら」

「構わないのではないですか。それについて気にすることはないと、観察者から競争者コンテスタンツに通知しています」

「でもいくら壊しても自分の望む世界が得られないって解ったのに、これからも壊し続けることができるかしら」

「さあ、それができるかもしれないと伝えるのが、今回のステージの趣旨らしいです」

「それについてグレイに訊いてみたいけれど、うまく行っていると思う?」

「うまく行くか、行きそうか、というのは我々観察者には何の責任もないことです。結果を見てオニール博士が判断してくれるでしょう」

「うまく行かなかったら、もう一度やるのかしら」

「いや、二度目はないそうですよ。よろしいですか? では、ブルー」

「本観察の趣旨ではありませんが、磁器人形ビスク・ドールはどうして駒鳥クックロビンの存在に気付いたのでしょう?」

「さあ、それは“A”がいるなら駒鳥クックロビンもいるだろう、という逆算ではないですか。競合していることは知っているはずですし」

「“A”は競争者コンテスタントではないのに?」

「残念ながら競争者コンテスタントもNPCも思考過程は追えないので、何とも言えませんね。我々としては、イヴェントで十分なヒントを与えて、競争者コンテスタントが正しい結論にたどり着いたら、演繹的な推理をしたのだろう、と推察するだけです」

「解りました。先ほどの疑問は取り下げます」

「いや、オニール博士への報告には含めることにしましょう。我々から彼女へのメッセージにもなります」

磁器人形ビスク・ドールの行為によって、駒鳥クックロビン動機モティヴェイションが上がったとは思えません。金曜日の行為は、“A”に近付くためではなく、磁器人形ビスク・ドールの気遣いに対する返礼ではないかと考えます」

「あくまでも、まだターゲットへの関心が高まったわけではないと?」

「そうです」

「解りました。ひとまず、木曜日の評価はこれまでにしましょう。次に金曜日。オニール博士が期待していたであろうイヴェントが発生したわけですが……」

 駒鳥クックロビンの同伴者がスタディアム前へ行き、“A”と邂逅して失神したこと。仮想世界の中で3度目。もちろん最初はシナリオとして想定されていない、完全なハプニングだったのだが、情緒パラメーターが特定の組み合わせである場合に発生する現象であることが解明されている。2度目はシナリオとして用意された。

 スタディアムからホテルへ連絡が行き、駒鳥クックロビンは同伴者を引き取りに行って、帰りに警察署へ寄って礼を言った。ホテルに戻ってからは、同伴者がベッドで寝込み、駒鳥クックロビンは看病をしていた……

「さてグリーン、このイヴェントの後の駒鳥クックロビンの行為について、どう考えますか」

「意図的かどうか解らないのですが……それは競争者コンテスタントとして、身体が勝手に動いたのかもしれないという意味ですが、スタディアムに入る時に、迷ったふりをして、侵入ルートを探っていたように見えます」

「警備員に色々聞いていたことですね。彼もずいぶん余計なことをしゃべっていました」

「最終日にはゲームがありますが、駒鳥クックロビンはチケットを持っていないので、どこからか侵入する意図ではないかと」

「マーガレット・ハドスンに挨拶していたのもその意図と考えますか?」

「もちろんです。彼女は“リタ”の記憶を持ち合わせていませんが、駒鳥クックロビンはその容姿を見て、キー・パーソンであると気付いたに違いありません。“リタ”の情緒パラメーターが好意を示していましたし、すぐに打ち解けましたから」

「有名人であると認識したことによると思いますが、土曜日中に関係を進展させることができそうでしょうか?」

「難しそうですね。せいぜい礼を言いに行くくらいでしょうし……」

「その後、警察署へ寄った意図はどう考えますか」

巡査部長サージャントがキー・パーソンである可能性を考えて、素性を知る端緒にしようとしたのでしょう。朝、窓から川を見ている時に、“A”を先導している巡査部長サージャントの姿に、気付いていたに違いないです」

「結果的に駒鳥クックロビンは警察からVIPとして扱われることになって、巡査部長サージャントにもその存在が伝わった、ということですか」

「そういうことです。彼女はキー・パーソン“リタ”へのリンクですから、当たらずといえども遠からずです」

「それでも土曜日の行動にはさほど期待ができませんか」

「関係が弱すぎるので……大きく動く可能性があるとすれば、同伴者がホテルを抜け出して“A”に会いにスタディアムへ行く、というイヴェントが起こった場合でしょうか」

「シナリオの分岐には含まれていますが、パラメーター的には可能性が低いようですね」

 オリヴァーはホログラム・ディスプレイの数値を見ながら言った。

「ゼロでなければ何でも起こり得ます」

「そのとおりです。ではレッド、お願いします」

「土曜日の行動に期待するなら、同伴者がホテルを抜け出すんじゃなくて、駒鳥クックロビン自身が夜中に抜け出して、スタディアムへ忍び込む予行演習をするか、“A”のいるホテルへ向かうかして欲しいわ。そういうことが起こらないと、ターゲット獲得の意思なしと見做していいと思うの」

「確かに、彼女は通常のステージでは夜でもほとんど寝ませんからね。このステージでの眠り方は、まるでヴァケイションのようです」

「でも彼女は当分、同伴者から目を離さないと思うの。午後にずっと寝ていれば、夜中に目を覚ますかもしれない。その時に彼女の姿がなければ、同伴者が不安になるでしょう? ステージ前半の展開から考えると、彼女が今の状態の同伴者を放っておくはずがないもの」

「イヴェントの発生要因が駒鳥クックロビンの意志であるかは判りませんが、結果的に身動きが取りにくい状態になったということですね」

「ええ、だから失敗していると思うわ」

「解りました。さてブルー、いかがですか」

「グリーンの意見も、レッドの意見も、非常に納得がいくものです。ですから私は、日付が変わってから駒鳥クックロビンが何らかの行動を取ると考えます」

「つまり夜中に部屋を抜け出すと。それは例えばどういう?」

「同伴者の目が覚めることを考慮して、短時間で済むような行動です。ですからスタディアムへ行くとか、“A”のいるホテルへ行くことはできません」

「とすると、もっと近い場所……どこで何を?」

「すぐ西にある、オムニ・ホテルです。磁器人形ビスク・ドールが泊まっている……そこで話し合いを持つと思うのです」

「何について?」

「“A”に対して何をしたか」

「彼と寝たか、ですか」

「はい。つまり磁器人形ビスク・ドール駒鳥クックロビンの意見を容れて、この世界を壊してもいいと思ったかどうか」

「それを聞いて駒鳥クックロビンはどういう決断をすると考えますか」

「もちろん、ターゲットを獲得するかどうか」

「どういう意志の力によって決断できると考えますか」

「それは……まだ解りません」

「グレイ、それについてはあなたの意見も聞かせて欲しいわ」

 レッドが言った。グレイは「もちろん私も考えるところがあります」と静かに言い、他の3人を見回して――ブルーの顔は見えないのだが――口を開いた。

磁器人形ビスク・ドールがこの世界を壊してもいいと考えた、という意見を聞けば、駒鳥クックロビンも同じようにするでしょう。他人に勧めておいて、それを自分が実践できないのでは、示しが付きませんから。しかし磁器人形ビスク・ドールがもし迷いの言葉を発すれば……どうなるか判りません。あるいは同伴者の気持ちを最優先にする決断をするのではないかと考えます」

「僕も同じように考えますね」

 向かい側からブルーが言った。レッドは「ありがとうございます」。グレイは何も言わなかった。

「他にご意見はありませんか。では続きは明日。土曜日と日曜日を見ます」

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