#18:第7日 (2) ミリヤナの思い付き
2周目。走りながら、
もちろん何か情報を持っているだろう。だがそれは今得られるのか?
俺が気にしたのは、今日は金曜日であって、彼らはこの後、学校へ行くだろう、という点。だから、朝のうちに彼らと一緒に行動することはあり得ない。何らかのヒントだけもらい、この後俺がそれを調べ、夕方にまた会う、というシナリオが用意されているのではないか。次に会うのが明日の朝……では遅すぎるに違いない。
もらうヒントは当然犬のことである。そして昨日、ミリヤナから別のヒントをもらっている。だからそれをここでぶつけてみるくらいだろう。
小学校の近くまで来ると
コースを逸れて、広場にさしかかる。
テニス・ボールを使って遊ばせていたようだ。要するに、投げて、取って来させる。
それにしても、あの犬はほとんど吠えない。もしかしたらそう教えているだけなのかもしれないが、人が近くにいるときに「褒めてくれ」という意味合いで小さく吠える程度。犬より
「よく慣れているな。飼い始めて何年になる?」
「
今度はちゃんと英語で答えが返ってきた。"th"の発音は下手だけど。
「この辺りで犬を飼っている家は多い?」
「いいえ、私のところだけ。あの子、ドゥブロヴニクの友人からもらって来たの」
急に流暢な話しぶりになった。同時通訳ではない。さっきは、俺の米語式発音が聞き取りにくかったのかもしれない。
「何匹か一緒に生まれたうちの1匹か」
「そう。6匹の中の1匹」
「他のももらわれていった?」
「ええ、たぶん」
「みんな元気にしてるかね」
「知らないわ」
「最近、犬がよく捕獲されているらしいが、心配にならないか」
「どうしてそれを知ってるの?」
「誰かが101匹集めようとしてるか、ジョークで訊いてみた」
「そのお話は知ってるけど、それとは違うと思うわ」
「犬が可愛いのなら目を離さないことだ」
「もちろん」
「連れ去られるんじゃなくて、突然家出することもある」
「ペネロパは家出なんてしないわ」
怒ったか? いや、そんな風でもない。逆に、それを心配しているけど、そんなことあって欲しくない、と自分に言い聞かせているようでもある。
犬がもう戻ってきた。おや、どうして俺の方へ。ボールを口に咥えたまま、俺を見上げる。試しに頭を撫でてみようか。吠えない。まあボールを咥えてるからだと思うけど。口の前に手を差し出すと、ボールを吐き出した。また投げていいのか。
「もう一度だけにしておきましょう」
隣に立った
「外国人? どこから来たの?」
「明日までだ」
「じゃあ明日も同じ時間に散歩に来るわ」
「俺もそうしよう」
明日までお預けになってしまった。
「仕事は何? スポーツ?」
「研究者だ。数理心理学」
「ヨシップはあなたのこと、きっとフットボール・プレイヤーだって言ってたのに」
それ、サッカーのことだよな。まあ、大差はない。
「スポーツの方がよかったかい」
「いいえ、研究者でよかったわ。私もなりたいの。去年から
犬が戻ってきてしまった。また俺のところ。ようやく認めてくれたのか。
「研究の話が聞きたいならするよ。シェラトンにいる」
「学校から帰ったら行くかもしれないわ」
話が犬から研究の方へ行ってしまった。しかしこれはこれでよかったのかも。別れの挨拶をして、走り出す。
「ペネロパはもうあなたに慣れたんじゃないかしら。ボールを取りに行く時に、とても喜んでいたわ」
自転車で追いかけてきた
「あれくらい遠くまでボールを投げた奴はいなかったか」
「そうね。犬も子供と同じで新しい遊びを喜ぶから」
いやあ、シナリオどおりだっただけじゃないかね。しかしうまく行った気はする。
道路を渡り、廃墟地区へ。日が出た後の廃墟は、やはり遺跡の趣。怪しげなところはない。人影を見ることもなかったが、
海岸へ出る。海は今日も静かで青く綺麗。東へ走って、岬へ至る。ティーラはもう散歩を終えたようだ。
ホテルの前まで戻ってきたら、なぜかミリヤナがいた。昨日と同じ、ピンクのウィンド・ブレイカーに黒いレギンス。そして少し怪しげな微笑み。
「おはようございます、ドクトル・アンド・ミセス。突然ですが、ドクトルにお話を聞いていただきたくて参りました。15分ほどでいいのでお時間を……」
ふむ、君もキー・パーソンのように思うので、もちろん聞こう。シャワーの後……ではダメなんだな。これから出勤だから。じゃあ、
「ありがとうございます。実は昨日のお話の続きなのです」
「地震のこと?」
「いいえ、犬のことです」
おやおや、急に犬の話が集まるようになった。しかしこれも昨日までにいろいろなところでイヴェントをクリアして、フラグを立てたおかげだろう。ありがたく拝聴する。
が、犬からは入らず、まず路側マイクを利用した車の走行検知システムについて聞く。原理は解りやすい。そして車だけでなく、モト、自転車、歩行者にも適用できそう。さらに犬。
「犬の足音を検知する?」
「そうです。爪で地面を引っ掻くあの音は独特ですから、収集した音のデータからモーター音やタイヤの音、足音などを消していくと残ると思うのです。当然、移動した軌跡も判りますし、どこかで車に積み込まれたとかも……」
「つまり、町に現れた犬が捕獲されたかどうかが判るということか。しかし、今からマイクを設置していたのでは……」
「いいえ、設置されたカメラには、マイクを併設したものがたくさんあるのです。ですから音も記録されていますが、システムの解析に利用していないだけですわ。もちろん研究所からはそれらの記録にアクセスできます」
「じゃあ、今日はそれを解析するつもり?」
「ええ、フィルタリングのロジックは既にありますから、乗り物と人の足音を除いたものから、犬の足音を取り出すなんて、すぐにできるはずです。結果をお知りになりたいなら、研究所から電話するか、それとも仕事帰りにここへ寄るか……」
「昼間は観光に行くから、帰りでいいよ。それにしても、よくこんなこと思い付いたな」
「ええ、昨夜、ある人と話をしているうちに、たまたま……」
「研究員の誰か?」
「いいえ、全く知らない方です。あなたと別れた後、家に帰る途中で、行き倒れになりそうな女性を助けて。連れて帰って、少しお話をしたんですわ。その時に」
行き倒れ! 何、その現実味のないシナリオ。さっきの、犬と
んん、待てよ、もしかして?
「その行き倒れってのは、何をしてたって?」
「人捜しだそうです。一昨夜からずっと捜し歩いていて、とても疲れてらしたので、お食事を提供して……」
「まだ君の家にいるのか」
「いいえ、私のところは狭いので、親戚が経営しているヴィラへ送って行きました」
「外国人?」
「はい。ウクライナからお越しとか」
「名前は」
「個人的なことは訊かないようにしましたし、それをあなたに言うのも……」
どうして肝心なことを言わないんだよ。でもそれ、きっとアンナだろ。
仕方ないので、「実は」と言ってこちらの事情を話す。もちろん、ティーラがマルーシャを捜している件。ミリヤナが呆気に取られた顔をする。
「その方かもしれませんわ。名前は違っていますが、本名を言いたくなさそうでしたから。確かめに行った方がよさそうですわね。場所をお教えしますし、先方には電話をしておきますから……」
ヴィラの住所を聞く。ブラシナ。小さなところで、営業しているのは夏場だけらしい。ミリヤナには礼を言って解放し、レストランへ行って
「まさかそんなことが。すぐに行きましょう。
「はい、すぐに……」
「マイ・ディアー、あなたはシャワーの後で朝食を摂ってね。大勢で押しかけると先方にご迷惑だから、二人で行くわ」
それがいいかな。俺が行っても、マルーシャと話すことなんて何もないし。それに彼女にとっては何かの作戦のうちだろうから、俺がいるとむしろ邪魔だろう。
ひとまず、レストランを出て部屋に戻る。シャワーを浴びている間に
着替えてレストランへ行く。図らずも、一人で朝食を摂ることになった。2ステージ前まではそれが当たり前だったから、別に困るようなことでもない。
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