ステージ#17:第6日

#17:[JAX] 先手を打つ女

  ジャクソンヴィル-2066年1月7日(木)


 時計を見る。7時半。まさか? 寝過ごした!

 飛び起きる。なぜ目が覚めなかったんだ。油断しすぎだろう。女たちが来なくったって、以前なら7時には勝手に目が開いたはずだ。

 昨夜、夜更かししたということもない。せいぜいノーラのむちむちチャビーな二の腕を思い出して、あれがしばらく見られなくなるのは残念だ、と惜しみながら15分ほど悶々としていたに過ぎない。

 って、何てこったい、余計なことを考えないようチアたちを遠ざけたはずなのに、本末転倒だよ。

 着替えて、アパートメントを出る。昨日の怪しい男は、いなかった。待ち伏せの場所を変えたのか、それとも目的を達成したのか。誰を狙っていたのか、誰が知ってるんだろう。

 スタジアムのレストランへ行くと、やけに盛況だった。スタッフが多い。プレイヤーはいつも並みか。

 おお、ポーク・バーベキューがほとんどなくなってるじゃないか。大好評なのか。まさか人が増えたのもそのせいか。

「ハイ、アーティー! バーベキューはもう少し待ってください。予想以上に早くなくなったものだから、継ぎ足しが間に合わなくて」

 コックが顔を見せて嬉しそうに言う。俺は別に食べなくても構わないんだ。むしろ鶏ささ身の方が好みだよ。

「今朝になって急に人気が出たのかい」

「そうなんですよ。どうやらHCヘッド・コーチブルックスがスタッフに勧めてくれたらしくて」

 やはりそうなのか。しかしこのレストランの料理は主にプレイヤーの身体作りのための栄養バランスを考えているはずで、それをスタッフが食い尽くしてどうするんだ。

「そういうことなら他の奴に譲って、俺は別のを食べるよ。今日は野菜を多めにしておこう」

「じゃあ、来週は野菜をたくさん使う新メニューを考えますよ!」

「週末のゲームで負けたらプレイオフに出られないから、来週は食べに来る奴が減るかもしれんぜ?」

「何言ってんです、勝ってスーパー・ボウルまで行くに決まってるじゃないですか! それまで毎週新メニューを作りますよ!」

 どれくらい本気で言ってるのか判らないが、勝つと信じて仕事をしてくれるのはいいことだ。チームの全スタッフがそうあってほしいものなんだが、裏切り者はどれくらいいるのかなあ。

おはようモーニン、アーティー」

 食べ始めたらベスが来た。他の3人に、マギーも。次々に挨拶してくる。君ら、こんな時間だっけ?

おはようモーニンお嬢さん方レディーズ。今日は一人も欠けてないな。久しぶりだ」

 ヴィヴィだけは挨拶も早々に、大急ぎで料理を取りに行ったけど。おそらくバーベキュー狙いだな。

「ええ、これも考えのうちなのよ」

 ベスの笑顔が朗らか。今まで見たことがない感じだ。それは自然なのか、それとも新しく練習した笑顔なのか。

 彼女だけでなく、リリーもノーラも楽しそう。何だろう。密かに遂行していた作戦が成功しましたってところ? 俺はいつから騙されていたんだ。

「ところで俺は君に振られたことになっているのに、挨拶はしてくれるんだな」

「あら、特に親しくしていたのが、普通の友人の関係に戻っただけなのよ。これからも挨拶はするし、一緒に食事をすることだってあるかも」

お達しノティスが出ている間は遠慮するだけで?」

「そうね、だから今朝も別のところに座ることにするわ。じゃあねシー・ユー

 リリーもノーラも同じようにじゃあねシー・ユーと笑顔で言って去る。やはりあれは何か隠し事をしている時の笑顔だな。マギーだけが、何かを訴えたそうな表情だった。もちろんそれは後で聞けるだろう。

 ジョーの姿はない。さすがに30分も遅れて俺が来たからで、食べるだけ食べてさっさと出て行ったのだろう。

 9時、いつもどおりマギーのオフィスへ。「おはようございますグッド・モーニング、ミスター・ナイト」と挨拶するマギーの表情が、「待ちかねていました」と見えるのは気のせいだろうか。ただし恋人を待つのではなく、精神科の患者が医者を待つかのような。

「今朝、あの4人と一緒にレストランへ来たということは、まだアパートメントにいたんだな」

「はい。昨日は荷物の整理をしていました。今日の退勤後に、家へ帰ります」

「何か困りごとがあったら、いつでも相談に乗るよ」

「ありがとうございます。それで、あの……いえ、何でもありません」

 言いながらマギーが、メモを差し出した。それを「渡すことを言ってはいけない」のをうっかりしたというところか。まだ盗聴されてるはずだからな。

 受け取ると「Waiting for you in front of THE ROOM at noon.(昼に部屋ザ・ルームの前で待つ)」。文面は昨日とほぼ同じだが、筆蹟は明らかにベス。マギー同様、見本にしたくなるほどの美しい書体で、結婚式の招待状のようなエレガントさがある。俺はとても真似できない。

「ところでレストランのポーク・バーベキューはどうだった」

「とても美味しかったので、レシピを教えていただきました」

 周到だけど、いったい誰のために作るんだよ、それ。

「次の休みの日にはベスたちのところへ遊びに行って、一緒に料理を作ってパーティーするといいよ」

「検討します」

 それはいいわねサウンズ・グレイト!ではないのがやはりマギーだなあ。


 昼食後、女子更衣室前へ。ここに来るのはこれで最後にしたい。次に密会する時は場所を変えよう、とベスに提案した方がいいな。

 ドアの前まで来ても、ベスはいなかった。"at noon"だから12時ちょうどに来るべきだったのだが、遅れたので帰ったかな。

 携帯端末ガジェットでメッセージを出した方がいいか、と思っているうちに、ドアからノックの音が。え、内側からノックしてる?

 こういう時は何と答えたらいいんだろうか。

どちらさんフー・イズ・イット?」

 返事はなく、ドアがさっと開いて、ベスが笑顔を覗かせた。中で待っていたのか。それはいいんだけど、どうしてチアの衣装なんだ。ティール・グリーンのビキニ・トップに黒のレギンス。寒そうだぞ。

入ってカム・イン、アーティー。人が来るといけないわ」

 いや、昨日も同じ時間にここでしばらく話したけど、人なんか来なかったって。しかしベスがドアを開けたまま笑顔で誘うので、渋々中に入る。

 こういう接触はよくないんじゃないかな。

「早めに来て一人で練習か、その準備を?」

「準備が近いわね。衣装ウェアのトップの縫い目がほつれてたから、縫い直して着てみたところ」

 縫い目が? 君、それを着てまだ1ヶ月半しか踊ってないのに、そんなことあるわけないだろ。さては俺の視線を胸に誘導するつもりだな。しっかり見てしまってるけど。

衣装ウェアが破損したのなら用具係エクィップメントに言うべきだよ。自分で直すものじゃない」

「やっぱり私よりノーラを見る方が、嬉しそうな顔をするのね」

 話が噛み合ってないぞ。やっぱり俺の視線を観察してたんだな。ノーラを見るって、今朝のことか。あの時の視線とどうやって比べたんだ。君、どこからか覗き見してたのか。

 確かに俺は、スタジアムでチアを見る時はノーラに目が行くことが一番多いと思うが、それが何だってんだ。二の腕を愛でるのがそんなに悪いことか?

「そんな話をしに来たんじゃないだよ」

「いいえ、部分的に関係してるのよ」

「昨日と今朝、ノーラが俺の部屋に来た理由?」

「そうよ。でも順番に話さなきゃ。まず、噂の件。この前と変わった理由は解るでしょう?」

「誰か他の男と付き合うためにそうしたんだろう」

「表立って付き合うわけじゃないけど、エネミーポケットに入る必要があったから」

「まさかジョルジオ・トレッタ?」

「そうよ。前から言い寄られてたんだけど、あなたをスパイするのに不都合だから断ってたの。でも年明けに帰ってきてから、知りたい情報はほとんど集まったっていうことにして、彼の誘いを受け容れたの」

「その情報を集めているのは探偵のサイモン・マックイーン……」

「先走らないでよ、アーティー。それにサイモンは味方よ。もう一人のエネミーはジョニー・バーキン」

「そうだった」

「昨日、アパートメントの前で見張ってたでしょう?」

 何だ、そういうことか。ようやく主役が登場したってわけだ。

「しかし俺を見張っている感じじゃなかったが」

「そうよ。それについてもカリフォルニアで手を打ってきたの。彼がスパイの件でサン・ノゼに来たんだけど、その時リリーを紹介したら、強く興味を持ってくれたの。それで年明けにジャクソンビルへことになって。ああ、もちろんリリーはスパイの件は知らないことになってるのよ。だから彼はの。本来の名目は、あなたやマギーの調査と、私との情報交換」

「リリーまで巻き込んで申し訳ないな」

「心配してくれなくても大丈夫。あなたとジャガーズを守るために、リリーも協力したいって言ってくれてるのよ。それにサン・ノゼに帰った時、彼女の恋人にも了解をもらって来たわ。一時的に、別の男性と付き合うふりをするけど、気にしないでって」

「君ももしかしたらサン・ノゼに恋人がいるのでは?」

「いるけど、詳しくは教えないでおくわ。とにかく私がミスター・トレッタの気を引いて、リリーがジョニーの気を引くわけ。そうするとあなたの気を引く役目も必要でしょ。もちろん私の代わりに、あなたを油断させて情報を引き出すっていう名目の」

「それがノーラ」

「あなたが彼女をする目を見て、適任だと思ったのよ」

 いつから気付いてたんだろう。それが心配だ。まさかマギーを見る時より嬉しそうな目をしているのだろうか。ノーラの露出度は常にマギーより高いから、二人いたらついノーラの方に目が行くのは避けられないんだ。

「彼女も了解してくれてるのか」

「もちろんよ。でも本気になることはないから安心して」

「彼女もサン・ノゼに恋人がいるから?」

 ベスは笑顔を見せたが、肯定はしなかった。しかし当然だよな。相手の男も、ノーラが遠く離れたところにいて、チア・リーダーとしてたくさんの視線を浴びてるのは気に入らなかったかもしれないが、正月に会って機嫌を直したのだろう。ジャガーズがプレイオフに出場すると2ヶ月半会えなくなるので、負けろと思ってるかもしれないけど。

「最終的にノーラはあなたに振られることになってるの。でも他のプレイヤーやスタッフに噂を流すこともないわ。例のお達しノティスが出てるものね」

「あれは君の計算どおりだったのか」

「あなたがHCヘッドコーチに進言したのと同じ日に、私も上に進言したのよ。ベスト・マッチね」

 俺の行動もベスの想定に入ってたかもしれないな。実に優秀なスパイだ。本当に素人アマチュアなんだろうか。

「とにかく、状況は君の想定どおりに進んでいる。後は何を待つ?」

「サイモンの調査結果。それで全体の解決策が明らかになるわ」

「それは誰が考えるんだ。俺と君とサイモン?」

 “クリス”がクリスティン・テイラーのことじゃないかと考えて、フィリスの名を出したのを後悔してるくらいなんだ。聞きたくない結論が暴露されそうでさ。

「結果次第だと思っているわ。とにかく、明日ね」

「最後に一つ。俺は一昨日サイモンにここで会ったんだ。部屋の中じゃなくて外だが」

「ええ、知ってるわ」

「その時、君、ここにいたのでは?」

当てずっぽうロング・ショットはよくないわよ、アーティー。常に周りの人目と耳には気を付けてね」

 ベスの計算しつくされた笑顔を見ていると、全てにおいて先手を打たれているなという気がする。

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