#17:第5日 (2) 競争者の共演

 空港に着いて、集合場所のカウンター前へ行く。ソクラテスの横に、プラトンでない男がいる。いかにも精力がありそうな顔つき。アリストテレスだっけ。確か、ポーランド美女にご執心だったよな。彼女はツアーに参加しないはずだけど。

 ああ、そうか。ソクラテスは昨日、プラトンの同行を考え直すと言っていたな。代わりにアリストテレスを引っ張ってきたわけか。ソクラテスは「今日も急用が入ったので」と言って去った。そうすると、我が妻メグはどうなる?

「ツアーの案内役として、優秀な考古学者に依頼をしたのですが、少々遅れているようですな」

 挨拶の後でアリストテレスが言う。待つ間に、搭乗手続き。全員が終わる前に、「おお、お越しになったようです」とアリストテレス。そちらを見ると、これも見たことがある顔。えーと、ヴァンダービルトだっけ? まるで制服ユニフォームのように、カーキ色のシャツとパンツ、そして中折れ帽ブリム・ハット

 まずいな、我が妻メグの目が輝いている。オーストラリア人だから親近感があるのか。

「プロフェッサー・スペンサー・ヴァンダービルトを紹介します。彼はオーストラリア国立大学にお勤めで、世界的な考古学者、探検家として有名で……」

 アリストテレスが中折れ帽ブリム・ハット野郎・ガイを得意気に紹介する。ツアー参加者の何人かは、クノッソスで彼を見ているはずだが――全員が3日間とも参加したわけではない。入れ替わりがある――話をした奴は少ないだろう。

 所属はオーストラリア国立大学か。連盟ザ・リーグ評議会ザ・カンファレンスじゃないんだな。その大学は考古学で有名なのか、我が妻メグに訊いてみる。

「ええ、もちろん。他に人類学や社会科学も有名」

「どこにある?」

「キャンベラよ。もしかしたら、プロフェッサーは国家首都当局ナショナル・キャピタル・オーソリティーの紹介でいらしたのかもしれないわ。後でお話を伺いましょう」

 我が妻メグ野郎ガイに興味を持ってしまったが、これは仕方ない。クノッソスでも少しだが話をしてるし、俺としては我が妻メグを情報収集のために使わないと……

 待てよ、野郎ガイはキー・パーソンじゃなくて、競争者コンテスタントなんじゃないのか。あの目! そうだ、この前はチラリとしか見てないから気付かなかったが、注意して見たら、“例の目”だ。だったら我が妻メグに手伝わせるわけにはいかないな。

「ナイト夫妻にもお願いがありまして」

 アリストテレスが寄ってきた。こないだはポーランド美女と一緒にいるときに俺を無視し、今日も「ナイト夫妻」と言いつつ俺は見ずに我が妻メグばかり見ている。

何をワッツ・アップ?」

「プラトンの予定では観光は二班に分けた方がいいということで、一班はプロフェッサーにお願いして専門的な解説、もう一班は私とミセス・ナイトで気軽カジュアルな説明にしてはどうかと……」

 遺跡の案内に気軽カジュアルな説明なんてあるかよ。言葉の使い方を間違ってるぞ。しかし、それでアリストテレスから我が妻メグが情報を引き出してくれれば、俺としては問題ないんだが。

「どういう説明ができるのか、まず資料をもらってから、我が妻マイ・ワイフに考えてもらうことにしたいが」

 それでいいかと我が妻メグに尋ねると、「ええ、そうしますわ!」とやる気に溢れた返事。アリストテレスから資料を受け取る。

 搭乗してから我が妻メグにアリストテレスの感想を訊く。

「とても精力的な方ね」

 それは見かけのままだろう。精力的、と言うか、女性にすぐに手を出しそうなタイプに見えるんだけどなあ。我が妻メグに挨拶するときも、上から下までじっくり眺め回していたし。でも、我が妻メグはそういう視線を気にしないんだよな。ある程度慣れてるから。



 フェードラと共に、ホテルからタクシーに乗ってコンヴェンション・センターへ。フェードラはまだ少し興奮気味だった。今夜のこと、そして明日の朝のことで、あれこれと想像を巡らしているらしい。まだ気が早いと思うけれど、“恋する乙女メイデン・イン・ラヴ”に私の声は届きにくいだろう。それでも、会場に着いたら理性を取り戻してもらわなければならない。

「ミズ・エレンスカはドクター・ナイトのことをどう思われますか?」

 どういう意図の質問だろう。私が恋敵ライヴァルになりえると考えているのだろうか。彼女からすれば、私の方が容姿が優れていると感じるのだろう。もちろんそれも今までなかった感情に違いない。

「財団はポーランドでもとても有名ですし、彼の論文は私の研究の参考になるので、もっと深くお話を伺いたいですわ」

「ええ、それは解っています。あの『2.5次元』の論文。それ以外に彼を、その、男性としてどう思うか、伺ってはいけませんか?」

「とても素敵な方で、憧れますわ。もしポーランドに私の恋人がいなかったら、あなたのように彼に夢中になったかもしれません」

「ああ、恋人が。そうでしたか。では、一般の女性からしたら……」

「それは一概には言えません。彼の容姿は特別に優れているというわけではありませんから。少なくとも、ギリシャ彫刻のようではないでしょう? でも、彼の目は特別だと思います。知性インテリジェンスが煌めいていますね。それに気付く女性は、彼に魅了されるでしょう」

「ああ、そうです、あの目! 彼と視線を初めて合わせたとき、僕は平静を保つのが大変でした。ついさりげなく、目を背けたりして……ああ、彼と見つめ合いながら話したできたら、それはどんなに……」

「それが成就するように、私も最大限お手伝いしますわ」

 会議場に着いたので、“テオプラストス”に戻るようフェードラに促し、タクシーを降りる。エントランスの近くに、見憶えのある顔が。記者ジャーナリスト、キャロライン・リー。クノッソス以来だ。昨日はどこで何をしていたのか。プラトンに何かをしたということ以外、判っていない。私たちを見て、挨拶をしてきた。

 以後、彼女を記号化してCLとしよう。

「ミスター・テオプラストス・クロニスにお話を伺いたいと思いまして」

「ええ、もちろん構いませんとも。論文のことですか? まだセッションで発表はしていませんが……」

 私が心配せずとも、テオプラストスは“男性”の意識を取り戻したようだ。人格が入れ替わったかのよう。二人で話をしながら会場に入っていくが、セキュリティー・ゲートを過ぎてから、CLが振り返って私を見た。

「ミズ・ハンナ・エレンスカにも後でお話を伺いたいのです。構いませんか?」

「ええ、もちろん。午前中はホールでブースを見学しています。必要であれば、会う時間と場所を約束しますが……」

「いいえ、時間が読めないので、私の方から探しますから」

 二人と別れて、ホールを回る。どこも一度は見たのだが、昨日あるいは今日から展示内容を一部入れ替えたところもある。5日間もずっと同じものを展示していては、飽きられてしまう。ただし、今日から参加する人もいるはずだが……

 15分もしないうちに、CLと再び遭遇した。彼女は私を、昼食エリアへ連れて行った。そこは昼食時間外は、休憩場所として使える。何人かが、飲み物のカップを手にして座っている。

「論文に興味があったので、あなたのことを調べました」

 向かい合って座ると、彼女が言った。笑顔だが、裏に刃物を隠し持っているのが判る。そして目に特徴がある……

「そうですか」

「ポーランド電力匿名組合SAへ問い合わせたんです。そうしたら、ハンナ・エレンスカという研究員はいないと」

 やはり、私のことを調べていた。

「いいえ、そんなはずはありません。私は確かに匿名組合SAに所属しています」

「でも、いないものはいないんです。会議へのエントリーも、直前でしたね? 誰かと差し替えで。誰かは忘れましたけれど。あなたは本当にポーランドの研究者なんですか?」

「本当です。匿名組合SAへどのような問い合わせをしたか、教えていただけますか? 私は一般研究員ですから、所属情報は人事秘に該当します。たとえあなたが海外の有名なプレスの記者ジャーナリストでも……確かイングランドのユニオン・プレスでしたか? 匿名組合SAは、研究員の名前や所属に対する外部からの質問に、回答することはありません。もしあなたが匿名組合SAに電話かメイルで問い合わせをしたとしても、『答えられない』という回答が返ってくるはずです」

 CLの質問はもちろんブラフ。記者ジャーナリストの常套手段。それに彼女は競争者コンクルサントなので、外部との通信は制限されている。ポーランドへ問い合わせなど、できないのだ。

 しかし彼女は不敵な笑みを浮かべたままだった。私が否定することは予想済みだったのだろう。だが、記者ジャーナリストは他にも武器を持っている。噂を広めること。いかがわしい情報を流して、人の印象を操作する。真偽の程が定かでなくても構わない。

 もしかしたらこの会場で、私がポーランド電力匿名組合SAの研究員でないという“噂”を、既に流したかもしれない。あるいは先ほど、テオプラストスの耳にも入れただろうか?

「問い合わせたのは私じゃありませんよ。世界会議の事務局です。私は事務局の責任者から聞いたんです」

「それは誰ですか?」

「教えられません。情報ソースの秘匿は記者ジャーナリストの義務ですから」

 そしてこれも武器の一つ。秘匿することは信用度が低いと白状しているようなものなのに。

「論文に関する質問はありますか?」

「ありませんわ。だって偽の研究員が書いた、偽の論文ですもの」

「では、これ以上私があなたにお答えすることもありません。失礼します」

「あなた、本当は歌姫ディーヴァマルーシャでしょう?」

「いいえ、違います」

 その指摘は予想していた。もちろん、答えるのに一瞬も躊躇することはない。私は席を立った。CLは私を見上げながら、まだ笑みを浮かべている。

「確か、ウクライナのオペラ歌手でしたか? 人違いされたのは2度目ですわ。でも世界的な有名人と似ているなんて、光栄なことかもしれませんわね」

 失礼します、と言って私はCLの前を辞した。彼女を対面であしらうくらいは何でもないが、問題は彼女が“噂”を広めるのに成功したときだろう。だが今日を入れて残り2日で、その企みは成功するだろうか。それに私は、最終日に会場へ入れなくてもいいように、計画を立てている。

 食事エリアを出ると、テオプラストスがいた。心配そうな目をしている。CLに“噂”を吹き込まれたようだ。

「彼女があなたについて信じられないことを言うんです!」

 だが本当は、信用すべきか迷っているのだろう。不安が目に現れている。

「クロニス・グループはこの会議の後援者スポンサーですから、匿名組合SAに問い合わせができますわ。どうぞなさって下さい」

「そんなことしません。僕はあなたを信じていますから!」

「ありがとうございます。彼女はあなたの兄のミスター・プラトンの噂も何か掴んだようですわ。それはどうしますか?」

「プラトンの? そういえば今日は予定を変更して、午前中、船で休むと言っていましたが、いったい何が……」

 キー・パーソンや競争者コンクルサントの弱みを掴むことがCLのやり方なのだろう。記者ジャーナリストのしそうなことだ。好きにすればいいと思う。ただし、私の妨害をするなら、排除しなければならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る