ステージ#17:第5日
#17:[JAX] 朝食配達人
ジャクソンヴィル-2066年1月6日(水)
7時起床。今日も女たちは部屋に来ない。しかし顔を洗っていたらチャイムが鳴った。何だ、誰だ、いったい。Tシャツにトランクスという姿では応対もできないが。
インターフォンに向かって「
「
「朝食を届けに来たの! ドアを開けてちょうだい、
寒いのは解ってるよ。ジャクソンヴィルでも冬は冬なんだから。急いでトレーニングウェアの上下を着て、ドアを開けると、ノーラが凍えた笑顔で立っていた。しかしその姿は、タンク・トップにレギンス! なぜ上着を着ていないんだ。
「少しだけ入れてよ、とても寒いわ!」
しかたなくドアの内側に入れてやる。ただしそこから先に招き入れる気はない。ノーラもその気はなさそうだ。
「
笑顔で、両手に持っていた皿を差し出す。サンドウィッチとサラダに、
「ありがとう。しかしどういった訳で?」
持ってきた理由もそうだが、その寒そうな姿の理由も聞きたいよ。皿を受け取ると、ノーラは腕を組んで肘の辺りをさすっている。二の腕の肉と胸が震える。
「みんなで考えて、作って届けることにしたのよ」
「訪問して作るのはまずいから」
「そう。これくらいならいいでしょう?」
そうかもしれないが、判断するのは俺じゃないので、何とも。しかしノーラのこの姿こそ問題があるんじゃないかなあ。タンク・トップもレギンスも身体のラインにピチピチで、微妙な食い込み具合が肌の弾力を如実に表していて、思わず手が出そうになるんだけど。
「朝のジョギングに出るついでだった?」
「そうじゃないわ。アパートメント内ならこれでも平気と思ったんだけど、予想以上に寒すぎたのよ」
外に出た時点で判るだろうに。たぶんわざとだな。露出を多くして、俺を喜ばせようとしている。もちろん
「皿はいつ返したらいい?」
「出る時に、ドアの前に置いておいて。回収するわ」
なるほど。改めて礼を言って、ノーラを送り出す。「
さて、これをどうしよう。もちろん食べるしか選択肢がないのだが、レストランは……まあ今日はいいか。次の新メニューは金曜日だし。
皿をダイニングのテーブルに並べ、冷蔵庫からオレンジ・ジュースを取り出す。サンドウィッチはまた3種類。誰がどれを作ったのか当ててみろということかもしれない。サラダはまたドレッシングの味が違うけど、たぶんノーラだな。
食べ終わって、皿を洗って外に出してから、スタジアムへ。しかし、アパートメントを出たところに見慣れない男が立っていた。白いコートの襟を立て、黒いサングラスをかけている。たぶん20代後半。少なくとも住人ではない。
こんな時間にこんなところにいるのは誰かを見張っているに違いないのだが、俺には目もくれない、ように見える。探偵なら、少なくとも見て見ぬふりはうまいだろう。
尾行されるかと思って歩きながら注意していたが、付いて来ないようだ。他の誰か……まさかマギーか、それともチアの4人の誰か? 尾行されそうなのはベスだと思うが、彼女以外を狙う
スタジアムのレストランに到着。コックの「今朝も食べないのか」と言いたげな恨めしそうな視線を無視しながら、ジョーの前に座る。
「ヘイ、ジョー……」
皿を見て絶句してしまった。ポーク・バーベキュー。山盛りとは言わないが、それなりの量。どうやら気に入ったらしい。炭水化物以外も朝に食う気になったのか。
「ちょうどよかった。アーティー、ダニーがやる気になる方法を一緒に考えてくれ」
「なんで俺が」
最終戦も控えに回ったから、ダニーが拗ねてるって? ガキかよ。
「メンターじゃないんだぞ。それにダニーが俺に気を使ってくれたこともない」
「しかし控えがいないと困るだろう」
「いざとなったらJ・Cがやればいいよ。パスの練習もしてるし、長いのも投げられる」
「
「怪我は治ったのか? それこそダニーを落としてマットを上げてくれば」
「週末のゲームだけじゃないんだ。プレイオフもある」
「週末のゲームで俺が潰されてから考えてもよくないか?」
「潰されない自信があるのか? 最近、狙われてるだろう。前のゲームのパントでも反則同然のひどいヒットを喰らっていた。あの後、足が痛そうにしていたじゃないか」
「あれは
「反則を取ってもらうための?」
「いや、次のドライヴで相手
蹴った後、ヒットを喰らって、左足が痛そうな感じでサイド・ラインに引き上げた。左足はパスを投げる時に踏み込んで、ボールが手から離れる瞬間に体重が乗るから、痛ければロング・パスの精度が落ちる。と、相手が思うように演技しただけなんだが。
「じゃあ、ケヴィンのダブル・ムーヴ・ゴーのパスが通ったのも……」
「ケヴィンのムーヴもうまかったが、
ジョーはまだ疑わしげな目をしている。俺が無理してると思ってたか。
「解った。しかし、やはりダニーは残しておきたい」
「じゃあ、
「お前、走れるのか」
「受ける方で頼む。
ダウン・フィールド・ブロックは無理でも、ブリッツ・ピック・アップくらいなら余裕だぜ?
9時になったらマギーのオフィスへ。朝食の礼を言ってから、「
「それは……皆でいろいろと相談して……」
マギーの表情はいつもと変わらないが、妙に歯切れが悪い。相談の内容に何か不満があったのか。
「コイン・トスじゃなくて?」
「いえ、相談の結果です」
「どうしてあんな寒そうな服で来たんだろう」
「それも相談の結果です」
じゃあやっぱり俺を視覚的に喜ばせることが目的だったんだ。そういうことを考えるのはきっとベスだよなあ。彼女は俺の視線が女のどの部分へ行くかをよく見ている。ノーラも乗り気になって実行するところがすごいけど。
皿を回収したか訊くと、「はい」という答え。きっとマギーがやったんだろうな、という気がする。
「ところで、アパートメントを出る時に、住人でない男が待ち伏せていたのに気付いたかい」
「はい」
一応、メッセージを送ったので、注意はしていただろう。
「君の知っている人か」
「いいえ。全く知りません」
マギーの夫ではなかったか。もしかしたら、と思ったんだが、さすがに外れてたな。「不審者が」と言わず「住人でない男が」と言ったのは、万が一マギーの夫だったら、失礼に当たるので、気を使ったつもり。
「跡を尾けられた?」
「いいえ、念のため注意していましたが、そういうことはなかったと思います」
「ベスたちは……」
「彼女たちはまだ部屋を出ていないと思いますので、お気付きでないのでは」
メッセージはベスにも送ったので、何か気付けば連絡してくれるか。しかし彼女の性格上、不審者がいるという連絡をもらったら、出掛ける前にこっそり偵察に行くような気もするんだけど
「まさか、4人のうちの誰かの恋人ということはないよな?」
「ないと思います」
「訊いた?」
「はい、ですがどなたも心当たりがないと」
「それはジャクソンビルで恋人を作っていないという意味か、それともサン・ノゼから来るはずがないという意味か」
「サン・ノゼからは……いえ、何でもありません」
いや、何でもなくはない。何か知ってる。マギーは隠すのが下手だな。少なくとも4人のうち誰かは、サン・ノゼに恋人がいるということだ。年末・年始に帰った時にデートしたかどうかは知らないが、いそうなのは……いや、そんなことはどうでもいい。
「もし帰りにもあの男がいたら、教えてくれ」
「了解しました。……あの、一つ相談、いえ、連絡したいことが」
マギーの方からなんて、珍しい。もちろんベスに相談したので、俺にはその連絡ということだよな。
「何?」
「今、ミス・チェンバーズの部屋に泊めていただいていますが、そろそろ自宅へ帰ろうと思うのです」
「帰る……って、君の夫はまだ帰ってないから、一人だよな」
「はい」
「そろそろ帰ったらどうかとベスに言われた?」
「いえ、そういう訳ではありません」
やっぱり言わないか。言うなら、ベスが俺に相談するよな。それにベスたちはサン・ノゼから戻ってきてまだ3日だ。リフレッシュしてきたはずで、あと1週間くらいは大丈夫だろう。
「ということは、君の自発的な考えで」
「いえ、私一人の考えではなく……」
また歯切れが悪くなった。一人の考えじゃないなら、相談したということだが、何か狙いがある行動なんだな?
少なくともベスの考えがそこに入っているなら、そうなるはずだ。しかしその理由を俺に言えない、あるいは言わない方がいいということだろう。隠す理由もちゃんとあるはず。それを訊くならベスだな。
「ところで、ベスがサン・ノゼから帰って来てからまだ顔を合わせていないんだが、何か理由があるのかな」
「それは……」
マギーがまた困った表情を見せた。彼女の困り顔のはなぜか心を震わせるものがあるのだが、あまり困らせてはいけないとも思うので、難しいところだ。とにかくマギーは、メモ用紙に何か書き始めた。
そっと差し出されたメモには「Please leave as rumored. Wait for tomorrow.(噂どおりということにして下さい。明日まで待って)」とある。
「そうか、やはり俺に興味がなくなったから」
「いえ、そういうことではないと思いますが」
「無理して俺に合わせてくれてるという気はしてたんだ」
「いえ、そういう……」
「たぶん、他に好きな男ができたんだろう。素晴らしい
「…………」
「マギー、君も彼女が素晴らしい
「それはもちろん……」
「いけない、すっかり長居してしまった。仕事の邪魔だったろう。申し訳ない。もう去るよ」
「いえ、私は気にしていませんから……」
ごちゃごちゃと余計なことを言う間に、メモの末尾に「Understood.(解った)」と書き加えてマギーに見せ、彼女が頷くのを見届けてからオフィスを出た。
さて、スパイであるベスはどんな作戦を考えていて、どうして俺に隠しているのだろう。明日、それを聞くのを楽しみにしておくことにする。
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