#16:第7日 (13) [Game] フェアリー
「ハンニバル、あいつを追わなきゃ!」
ウィルがいち早く立ち上がって、ぴょんぴょんと跳ねている。そんなことしてたらトレッドミルが壊れるぞ。
「落ち着けよ、セボラ。確かこのステージは、フェアリー・パターンなんだろう?」
俺も
「おそらくそうだけど」
「エスペランサとガスパールがフェアリーだとしたら、もう一人くらいいるよな」
「たぶんね」
「俺はさっきの蝶がそうじゃないかと思ってたんだ」
「だったらやっぱり奪い返しに行かないと!」
「でも、フェロモンに惹かれて教授に連れ去られるのはおかしいだろ。だから、あれはこの洞窟への導き役で、本物のフェアリーは洞窟の中か、この近くにいる」
「だったら、それを探さないと」
「そこで、あの石板だ」
遺跡で発見した、四つの破片を合わせたタブレットを取り出す。立ち上がって、エスペランサとガスパールに言う。
「森へ入る前に呪文を詠唱していたようだが、この石板にも唱えてみてくれないか」
「ですが、あれは私たちの石板に対しての祈りで……」
「石板の力を引き出す効果がないとしても、石板の持ち主を呼び出すことはできるかもしれないだろう?」
「はあ……」
二人は半信半疑の顔ながらも、俺が持った石板の上に手を載せ、祈りの言葉を呟き始めた。その言葉が終わると……
「何か起こってる?」
オリヴィアが辺りを見回す。何も見つけられないようだ。
「あれは?」
フィルが森を指差す。ここは山の麓で、眼下に先ほどまで通ってきた広い森が続いているが、そこから他の蝶の群れを掻き分けるようにして、一回り大きな蝶が飛んでくるのが見えた。女王蝶に似ている。模様違いというところ。
その蝶は、俺の頭に留まる……のかと思ったが、上をかすめるようにして洞窟の方へ飛んで行く。振り返って洞窟の方へ駆け寄ると、中から金色の光が射してきた。なんと不自然な演出。しかし、いかにもゲームらしいと言えるか。
そして光が消えると、そこに女が立っていた。いやいやいや、女じゃない。アヴァター。身体が半透明だし。しかも、服を着てないように見えるし!
そして顔は、予想していたとおりカリナにそっくり。午前中にダンスの最中に見たときより、さらに刺激的な姿。
『私の石板を探してきてくださったのですね?』
フェアリーがしゃべっているはずなのだが、どこから聞こえているのかよく判らない感じ。しかし、ヴァイザーのスピーカーの調子が悪いわけではないだろう。いわゆる“頭の中に直接話しかけてくる”という類いの演出と思われる。
でもまさか、聞こえてるのは俺だけじゃないよな? 密談モードでウィルに確認すると「心配しないで、聞こえてるよ」との返事。
「これは君の石板だったのか」
『そうです。長い間、失われていたのです』
俺が石板を差し出すと、女は受け取った。実体ではないと思っていたのに、器用なものだ。まあ、ゲームの中なので、何でもありだし
『エスペランサ、ガスパール、あなたたちとも、長い間離ればなれでした。今こそ、元の姿に戻る時です』
おお、これがフェアリー・パターンの“重要人物の復活”か。二人が、夢遊病者のようにふらふらとした足取りで、女の近くへ寄って来た。何やら儀式が始まりそうなので、俺は少しさがっておく。
女が差し出す石板に、エスペランサが手を載せる。ガスパールが差し出す石板に、女が手を載せる。そしてエスペランサが差し出す石板にガスパールが手を押せ、三角形が形作られた。真ん中から、光の柱が立ち上っているように見える。
女が呪文を呟く。途端に、ヴァイザーの画面が真っ白になる。慌てて目を閉じる。光が満ちあふれた、って演出だろうけど、目が悪くなりそうなので、やめてくれないか。
目を閉じていても、目蓋の裏が赤くなるほどだったが、それが消えたので、目を開ける。エスペランサとガスパールがいなくなっていた。
アヴァターの女は、透明度がちょっと落ちて実体に近付いたかなという感じ。しかし、そのせいでセクシーさが倍増している。ただ、肝心なところは光っていてよく見えないんだけど。いや、見たいわけじゃないから、それでいいんだ。最後までこのままで頼む。
『旅人よ、私の復活を助けてくださって、ありがとうございます。私の名はジュリアーナ。この森の蝶の女王です』
はあ、蝶の女王ね。そういうのって、背中にでっかい蝶の羽根が付いてると思ってたんだけど、普通の女じゃないか。できれば服を着て欲しいくらいだよ。
あれ? これってもしかして、鍵を手に入れた? "YOU GOT THE KEY!"の表示は? ああ、もしかして、さっき俺が目をつぶっていたから、見えなかったのか。音楽や音声も使って案内してくれないかなあ。
と、思っていたら目の前に青い光が。いやいやいや、2回連続で光に包まれる演出って、やめてくれないか。
「
導師姿のエンリケ氏が現れた。なるほど、
「
リアル・タイムで1時間半も経っている。すっかり待たせてしまった。
「ローナ、後は任せたわ!」
「“
兎が消え、天から女騎士が降ってくる。今日は剣の代わりに旗竿を振りかざす決めポーズ。バックに流れている音楽は、彼女専用なのだろうか、それとも交代要員に共通か。どうでもいいや。
「
「ローナ、よく来た。
「ありがたき幸せ!」
アヴァターの表情が、ひときわ凜々しい。マヌエラの機嫌がいいからだろうが、どうしてプレイヤーの気持ちを汲み取ることができるんだろう。ひょっとして、ヴァイザーに脳波計でも付いてるのか。
「ところでローナ、君はあの蝶の女王……ジュリアーナのアヴァターを見て、どう思う?」
いくらゲームの世界だからって、ほぼ全裸の女を出すのは過剰演出じゃないかと思う。女性の差別や権利にうるさい団体から文句が来るんじゃないか。
「
何だと? じゃあもしかして、“カリナに似た全裸の女”に見えているのは俺だけなのか。そりゃ、ヴァイザーの中の映像は各プレイヤーに対して調整可能だろうが、個人の嗜好が反映されるなんてことがあるのか?
「VR映像の仕様って、誰かに質問できる?」
『何かご質問がありますか?』
現実っぽい女の声。これはジュリアーナじゃなくて、カリナだよな。控え室と会話できてるのか。
「俺が見る映像と、他のプレイヤーが見る映像は違うのか」
『あなたの映像は、合衆国の男性の嗜好を反映して調整されている可能性があります。私も興味があるのですが、あなたには蝶の女王が、どんな姿で見えているのです?』
合衆国の男向けの調整! そうか、だからやたら胸が大きいとか、尻が大きいとか、そういう造形になってるわけだ。まさか、他のNPCもそうだったのか。
しかし、胸が小さい女が好みの男もいるはずで、そういった個人嗜好は反映される可能性があるのだろうか。いや、余計なことを考えている場合じゃない。それに、全裸の
「君に似た美人なので、感想を聞きたかったんだ」
『本当にそれだけですか? あら、もうタイムアウトが切れますわ。後で詳しくお聞かせ下さい』
視界でもカウント・ダウンが始まっている。4、3、2、1、"Restart"。ああしかし、ジュリアーナの全裸が気になりすぎる。特に、肝心なところが光で隠されてるのが余計に興味をそそる。なるべく見ないようにしなければ。そうだ、目だけ見ていよう。
「初めまして、ジュリアーナ。ハンニバルだ。後ろにいるのは俺の仲間で、遺跡の調査隊。ここはどうやら君を祀る神殿の遺跡らしいが、俺たちは単に調査に来ただけで、何かを奪っていくつもりはないから、安心してくれ」
「あなた方に略奪の意志がないのは、もちろん理解しています」
おや、ジュリアーナの声が、普通に聞こえるようになった。
「遺跡は洞窟の中にあるのか? できれば案内して欲しい」
「案内しますが、ここは遺跡ではありません。今も使われている神殿なのです。石板が失われてからここ100年ほど、儀式が途絶えているだけです。すぐに儀式を復活させましょう」
でも、管理者の二人は君が消しちゃったじゃないか。まさか、俺を管理者に指名するとかじゃないよな。いや、ゲームが“終わった後”のことなんて気にする必要はないんだけどさ。
「失礼した。では、神殿の中を案内して欲しい。この奥には何が?」
「儀式の間と蝶の墓があるだけです」
「ダンジョンじゃないのか……」
ウィルがぼそっと呟く。でも、地下神殿ってゲーム的にはほぼダンジョンだろ。それとも、モンスターが出てこないと不満か。
それは気にせず、ジュリアーナの後に付いていく。しかし、目の前にある洞窟へは入らず、その横へ歩いて行く。
「こっちの洞窟は?」
「私の休息所です。そこでずっと眠りに就いていたのです」
蝶は冬眠しないはずだが。
「中には何が」
「寝台と、水場があるだけです。水場は地底湖で、とても深く……」
と、どこからか悲鳴のような声が聞こえてきた。いや、さっきの洞窟だろ。まさか、教授が地底湖に落ちたのか。しかし、ジュリアーナは悲鳴を聞かなかったかのように淡々と歩いていく。ちょっとホラーを感じる。
100ヤードほど歩いたと思ったら、特に何でもないような岩場で、ジュリアーナが立ち止まった。目の前の崖を向いて立つ。それから両手を大きく広げると、崖から蝶が数頭飛び立って……と、見る間に何十、何百、いや、何千という数の蝶が飛び立っていく!
明らかなホラー。蝶は人間に害を及ぼさないのは判ってるけど、これだけの数はさすがに不気味だ。
そして蝶が飛び去った後の崖には、洞窟が口を開けているじゃないか。つまり、蝶が洞窟を隠していた……
「入ったら、また蝶が口を塞ぎに来るのかな?」
ジュリアーナの後に付いて洞窟に入りながら、訊いてみる。
「私が中にいる間は、開いたままです。ただ、敵が近付いてきたら、隠してくれるかもしれませんが……」
教授は危機に陥ってるようだし、他に誰も忍んできてないことを祈ろう。
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