#16:第5日 (10) [Game] マチュ・ピチュの坂

「合い言葉……そんなものがあるなんて、聞いたことがない」

「本当にないんだな?」

 うろたえるククミに、ウィルが凄む。待てよ、これはもしかして。

「ない……確かに、ないんだ。そもそも、僕を疑うのか? ソーラだって、僕のことを憶えてたじゃないか!?」

「でも、最初は判らなかったよ。憶えてたのは名前だけだ。誰かが、ククミになりすましてるのかもしれないだろう? 出身地や、過去のことを話してみなよ」

「僕はソーラやリーコと同じ、ヴィルカスワマンの出身だ」

 ヴィルカスワマンはクスコの西方200キロメートルほどのところにある、小さな町。だが、かつてはインカ道の要衝で、西部地方の行政の中心地だった。太陽神殿も建っている。住民にはインカの末裔も多い。

 ククミは父の仕事の都合で15歳の時に首都リマへ移った。しかし先日、故郷の祭に参加するためヴィルカスワマンを訪れた。歴史ある町であり、インカの重要な日である冬至に、太陽を祝う祭があるのだ。

 ……と、ここまで聞いて、ゲームの中の日付を確認していないのを思い出した。コマンド・モードにしてウィルに聞く。2045年6月20日。明日が冬至? そうか、南半球だから、6月に冬至が。

 さらにウィルが「コマンド・モードのまま聞いて」というメッセージを送ってきた。トーキング・モードになり、相手が要点のみ話すようになって、リアル・タイムが節約できるらしい。

 ククミは故郷に戻ると昔の知り合いを訪ねた。すると、ソーラとリーコが数日前から出掛けて、不在にしているのが判った。

 ……えーと、いろいろ言ってるけど、本当はソーラに会うのが目的だったんじゃないのか。こいつ、ずっとソーラしか見てないし。惚れてるな。でも、ソーラからは忘れかけられてやんの。

 ククミは2人がどこへ行ったか、いろいろ訊き回った。クスコだということが判った。そこで思い出したのが、リーコの家にあった、銀の像。ずっと昔、インカ帝国が健在だった頃、リーコの祖先が皇帝から授かった、ママ・キリャの像だ。祖先は皇帝家の傍系に当たるらしい。

 それは月の女神の像であり、何十年かに一度、太陽の神の像・ヴィラコチャと合わせて祀らなければならない、と聞いている。そして今年がそれに当たるのだ!

 だが、ヴィラコチャの像は町になく、クスコのどこかにあるとのこと。リーコは子供の頃から信心深く、二つを合わせて祀るのは末裔たる自分の役目だと妄信していた。

 しかし一人ではいかんともしがたく、のソーラを拝み倒して、一緒にクスコへ行ったのだろう、と噂が立っていた。ククミはソーラとリーコ、それぞれの両親から頼まれ、二人を捜しに来たのだ。

 ……本来なら二人の父親が探しに来るべきと思うけど、どうなんだろう?

「僕が言ったことが真実かどうかは、ソーラに聞いてもらえば判るよ。これでも合い言葉が必要なのか!?」

「いや、要らない」

 ウィルが平然として言う。ああ、やっぱりね。

「何だって?」

「そんなもの、最初からないよ。でも、疑ってかからないと、あんた、本当のことを言わずにいろいろ隠すかもしれないだろ。とりあえず、遺跡に行こうよ。急がないと、どんどん時間がなくなる。これ以上の話は、移動中に聞くから」

 思ったとおり、ブラフだったか。こういうのも、ゲームの中のパターンなんだろうなあ。

「いや、もう一つ訊いておくことがある」

 今度は俺が口を挟む。

「何だ?」

「どうしてクスコでは黒服を着ていたんだ?」

 憮然としていたククミが、驚きの表情に変わる。顔をずっと見ていて、ようやく思い出したよ。こいつ、ソーラをつけ回していた黒服だ。サングラスをしていたが、顔の長さで判った。

「あ、あれは……クスコで、ソーラたちが行きそうなところを立ち回ってたとき、たびたび黒服の連中を見かけたんだ。そいつらもどうやらソーラたちを捜してることが判った。そうすると逆に、僕も捜していることを、奴らに気付かれるかもしれない。それなら、僕も同じ格好をすれば気付かれないだろう、と思って。それに、彼らが訊いた情報を、僕も手に入れやすくなるからね」

「よく黒服なんて持ってたな」

「市場で買ったのさ。何でもあるからね、あそこは」

 一応、話の筋は通ってるな。まあいいか。

「ところで、本物の黒服は何者か知ってるか」

「はっきりしたことは知らないが、どこで聞いても合衆国の何かの組織だと。財団、と誰かが言っていたような……」

 おい、こら。このゲームでは“財団”は悪の組織だということになってるのか? そりゃ、俺が所属している“財団”とは違うんだろうけどさ。でも、合衆国なら悪の組織くらいあるだろうっていう世界的な偏見に基づいてるよなあ。CIAがそれだって思ってる連中すらいることだろう。ここで何か発言して、全世界でこのゲームを見ている連中に、言い訳しておくべきだろうか?

「早く行こうよ、ハンニバル。時間がなくなる」

 ウィルが焦れて、せっついてきた。気持ちは解る。でも、聞くべきことはちゃんと聞いておかないとな。

「じゃあ、行くか。でもお前、トラックカミオンに乗ってる間、また気絶させるぜ?」

「ウアゥ! やめてくれ! 我慢する、どうにかして我慢するから!」

 最初からそうしろよ。パーティー・モードに3人を加え、トラックカミオンがあるところまで高速移動。トラックカミオンといっても、小型の蓄電池式機関車に、資材用トロッコを引っ張らせるものだった。元GBBグッドバイ・ボーイに運転してもらうことにし、俺は助手席へ。他はトロッコへ乗せる。定員ぎりぎりだな。

「前から列車が来たりしないかね?」

「さあ。でも、ここから先の区間は列車の速度も遅いから、ブレーキで間に合うだろう」

 元GBBが機関車のモーターを始動させた瞬間、コマンド・モードにしてフォワード遺跡橋プエンテ・ルイナス駅に着いた。早い。ククミの話を聞く間もなかった。歩いてたら何回フォワードして、何分かかったことか。

 駅といっても、行き違いができるようになっていて、線路脇が簡易舗装してあるだけ。とにかくトラックカミオン降りてゲット・オフ、階段を探して降りるゴー・ダウン。下には廃屋と化した駅舎があり、村から続いてきた道が少し広くなって、橋が架かっているのが判った。ただし、灯りは全くない。西の空に沈みかけた半月の光で、かろうじて見える程度だ。もちろん、上に遺跡の影すら見えない。ただ目の前に、山と思われる黒い物体がそびえるのみ。

 人道橋を渡る。下はコンクリートで、鉄の手すりが付いた、立派なものだ。対岸には、バスが1台置いてあった。車道橋の柵が閉まっているのに、どういうことか。

「夜に遺跡で何かあったときのために、置いてあるんだ。でも普段は2台なのに、おかしいな」

 元GBBが訝るが、もちろん黒服たちが上へ運転していったのだろう。どうやって鍵を入手したのか知らないが、運転手を探して金を積んだのかも。

 ともかく、俺たちは近道を歩いて登る。元GBBを先頭に、ウィル、フィル、オリヴィア、ソーラ、ククミ、そして殿しんがりが俺。この順にしたのは、パーティー・モードの都合。俺が先頭の方へ行くと、後ろで遅れが発生することがあるらしいから。さすが山登り。

 そして連続フォワードモードにして――こんな便利なものがあるなら先に教えてくれ――、近道を登る。階段、階段、道路に出て、また階段、階段、道路に出て、の繰り返し。7回目の道に出たところが、遺跡の前の入り口のはず。

 上にいる誰かに気付かれるかもしれないので、ライトは足元を照らすのみにしておく。元GBBは慣れているので灯りもなしに登っていく。

「止まって、ハンニバル!」

 6回目の道路に出たとき、フィルが抑え気味の声で叫んだ。何だ、また何か発見したのか、この暗闇で。

「人が……」

 人? どこに。道路の脇? だから、どうしてそんなものが見えるんだって。お前だけ暗視装置ナイト・ヴィジョンを装備してるわけじゃないだろうに。

 フィルが駆け寄り、ライトで照らすと、ようやくそれが人であることが見て取れた。どうやら少年だ。フィルが元GBBを手招きする。おっと、まさか現役GBBか? 俺も見に行こう。

「ペルシ!」

 どうやらそうだったようだ。気絶してる? ウィルがアイテムから水を与えるが、受け付けないようだ。そういうときは酒だぜ、ピスコ! ブランデー代わりの、気付け薬になるはず。

「グアゥ!」

 効果てきめん。ペルシは飛び起きた。兄貴に似て頭がよさそう。身体はまだ小さいが、筋肉は適度に付いている模様。しかし服は泥だらけだな。

「ペルシ、大丈夫か!」

アグアアグア!」

 さすがに、ガキに蒸留酒はきつすぎたか。後に水なんて、まるでチェイサーだな。ミネラル・ウォーターを飲んで、ようやく落ち着いたようだ。

「ペルシ、どうしてこんなところに」

「黒い服の人たちに、道と遺跡を案内してたんだけど……」

 どうやら途中で気絶されられたらしいな。そういうのは思い出すのに時間がかかるから、またトーキング・モードだ。そうだ、オリヴィアも来い。お前が横にいて、適当な相槌を打つ、ガキも思い出しやすいだろう。

「夕方、駅の近くにいたら、観光案内所の人に声をかけられたんだ。グッドバイ・ボーイに話を聞きたがっている人たちがいるって」

 そいつらのところへ行くと、みんな揃いの黒服で、しかしサングラスはかけておらず、合衆国からの調査団体――ただし少々怪しくもある――と名乗ったそうだ。夕方だが、これから遺跡を見たい。特別な許可も取ってある、と言った。ちょっと口を挟んでみる。

「人数は?」

「6人だったかな。でも、先に行ってる人がいるって。確か、プロフェソールって呼んでた」

 ふむ、そうすると、その教授プロフェッサーの付き添いもいるだろう。二人かそれ以上。全部で9人以上の団体か。

 ガキの話を続けさせる。男たちのうち二人は、大きな籠を担いでいた。重そうに見えたが、中身は不明。観光案内所からバスを出してもらい、橋まで行くと、柵が閉まっていた。しかし、渡ったところに置いてある車に乗った。鍵を持っていたので、やはり許可が出ているのだろうと思った。

 遺跡は既に無人だったが、入り口は開いていた。日が落ちていたが、月が明るかったので、中を案内することができた。GBBは遺跡の正式なガイドでもあるのだ。ただし、遺跡の中ほどにある正門プエルタ・プリンシパルから先――そちらに太陽の神殿など重要な遺跡がある――へは入らなかった。引き返して、太陽の門インティプンクを案内してくれ、と言われたはずなのだが、そこから先の記憶がない……

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