#16:第4日 (10) [Game] インカの首都
車はe-Utopiaの地下駐車場に入ったが、エントランス前では止まらず、駐車場の奥の、おそらくは支社長秘書専用と思われるスポットに停まった。
「助手席に移って下さいませんか」
「どうして」
「あなたと少しお話がしたいのですわ。ハファエラを連れてきたので、その時間がありませんでした」
今、5時半。集合時間まで、あと15分ほどある。ホット・ドッグはどうした、と思ったらカリナがコンソール・ボックスの中から出してきた。あらかじめ買ってあったらしい。もちろんオレンジ・ジュースも。
「食べながら話しても?」
「もちろん」
さりげなく、カリナの服を見る。上着とスカートは一昨日のものだが、インナーは違っている。新しく見えるから、買ったのだろう。今日も胸の大きさを強調している。
「今日のお仕事はいかがでしたか?」
君、
「連邦大学は興味深かったが、ISTは場違いな感じだったな」
「何か不愉快なことでも?」
「いや、見せてくれたものは面白かったよ。ただ、俺の研究は必要なかったみたいでね」「ISTの成果と財団の成果を比べるなんて、意味があるとは思いませんわ。連邦大学は? ハファエラとは何の議論をしたんです?」
「哲学問答だよ。君、哲学に興味はあるかい」
「いいえ、全く」
「君は大学へ行った?」
「いいえ、職業学校に行きました」
「ビジネスの?」
「ええ。それだと哲学の話はできませんか?」
「そうでもない。簡単に言うと、人工知能が人間を超えられるなら、どうやってそれを確かめようかって話。人間よりも高度な知性を、人間は理解できるのか?」
「知性を正確に定義できなければ、理解も比較もできませんわ」
「よく解ってるな、そのとおりだよ。だからあの場では彼女をうまく
「彼女はその話なんてどうでもいいんです。あなたが答えられない方が近付きやすいから、無理難題を押し付けるつもりでしょう」
「次に会うときに確かめてみるよ」
「
「忠告ありがとう。そうする」
あるいは、二人セットで会うのがいいだろうか。別に不埒なことを考えているわけではないのだが、誤解されそうなことは避けておくべきかも。
「他にあなたに興味を示した女性は?」
どうして君がそんなことを気にするのさ。
「いなかったね。送り迎えしてくれた学生二人は俺と仲良くしたそうだったが、後で会って欲しいとは言わなかったよ」
「明日はどんな女性と巡り会うのでしょうね。そろそろ時間ですわ。続きは夕食の後で」
夕食の後は君がスサナにカポエイラのトレイニングを教えるんだろ。その後のことは何も予定してない。今日くらい、ちゃんと家に帰った方がいいと思うけど。
車を降りて、地下のエントランスへ向かう。既に4人は来ていた。こういうときだけ、ブラジルらしくない。
ウィルとフィルは気合いの入った顔。しかし着替えた様子がない。オリヴィアとローナはちゃんと着替えている。ただし、あまり綺麗な服とは言えない。オリヴィアは気楽そうな顔で、ローナはまた不機嫌。この表情、何とかして変えられないものか。
エントランスを入り、エレヴェイターで降りて、プレイ・ルームへ。カリナが飲み物を勧めたが、誰も飲まなかった。もちろん俺もさっき飲んだばかり。
それからトレッドミルのある部屋へ。既に青い光で満ちている。この部屋も、何と呼べばいいのかよく解らない。ゲーミング・ルームでいいだろうか。
ウィル、フィル、オリヴィアがトレッドミルに乗ろうとしているが、一応訊いておく。
「ローナもプレイさせてやりたいんだが、いつがいいだろう?」
「要らないわ。興味ない」
3人が答えるより先に、ローナが断った。まるで俺が訊くのを判っていたかのような素早さだな。しかし、ウィルが得意気な顔で言った。
「もし彼女にプレイさせるとしたら、
「
ローナはいっそう不機嫌な顔をしてゲーミング・ルームを出て行ってしまった。怒らせるつもりはなかったんだがな。明日までには何か考えよう。
トレッドミルに乗ると、カリナがベルトを付けてくれる。手がまた余計なところを触る。しかし、とても近くにいるので小声で話しやすい。
「控え室でゲームを見ながら、ローナと少し話をしてくれないか。またポンでも食べてさ」
「食べるのはそのつもりでした。この後の夕食のため、控えめにしますけど」
「彼女をゲームに誘ううまい言葉はないかね」
「それを見つけたら、代わりにどんなことをして下さいます?」
また交換条件か。好きだな、みんな。
「ゲームの中で、また君のアヴァターを探し当てるよ」
「前のステージでは、私よりも彼女と親しくしてらっしゃいましたわ。私にもあれくらい親切にして下されば」
ゲームの中のアヴァターに嫉妬しないでくれよ。君には、隣のベッドに寝て好きなことをしていいっていう、破格の特権を与えてるんだぜ。俺が指一本触れないってだけだ。
「金曜日か土曜日に、君と親しい時間を持つことを約束する」
「期待してますわ」
ヴァイザーを装着すると、カリナの姿が女神に変わった。こんな意地悪な女神はいやだ。しかし、ギリシャ・ローマ神話の女神って、意地悪なのが多かったかも。気が強かったり、嫉妬深かったり。美を争った上に、戦争の原因になったりしてさ。
「"
ヴァイザーの視界の中で見るカリナの微笑みの美しさよ。しかしその表情の裏に、どんな策略を隠しているのか、解ったものじゃない。
その姿が消えてから、一つ深呼吸をして、"Ready for play"の扉を押す。視界が眩しくなる。この光の演出は、本当に必要なのだろうか。SFの、異世界への扉を開くイメージなのかねえ。
今度は最初から広場にいた。広さはフットボールのフィールドより少し広いくらいか。目の前に噴水がある。台の上に男の像。右手に槍を持ち、左手を宙に挙げている。周りには人がたくさん。いや、仮想世界ほどはいないかな。
広場の周囲には聖堂と思われる建物が二つ。他は、白い壁に赤い屋根の建物が多い。中には
もっと遠くに視点を移すと、四方が山。山頂が白い。つまりここは高所の盆地である。オウロ・プレットほどの起伏はないようだ。
「広そうだな」
後ろでウィルが呟く。振り返ると、玉葱野郎にマッチョにバニー・ガール。どんな仮装団体なんだ。
「早く進めと言わないんだな」
「最初から広場にいるからね。まず目印になる場所を探すのが基本だから。でも、これはかなり大きな都市だよ。全部調べきれるのかな」
俺はもっと大きな都市に放り込まれることが多いよ。狭かったのは最初のカンザスの街くらいじゃないか。しかし、見るからに3時間で調べられそうにないよな。
「まず、ここがどこの都市かを確認しよう。別れて調べるのはそれからだ。広すぎて、闇雲に歩くのは効率が悪い」
「あんたがそんなリーダーシップを発揮してくれるとは思わなかったよ、ハンニバル」
文句じゃなくて、感心してくれてるんだろうな。俺も、1回やって要領が解ったんだよ。まず、広場を出る。聖堂のあるのと反対側へ。こういうとき、聖堂を見ても何が何だか解らない。商店を見るべき。必ずや、土産物屋か旅行代理店があり、地図を仕入れることができる。
「こりゃ大変だ。ハンニバル、ここブラジルじゃありませんよ」
今度はフィルが呟く。何が大変なんだよ。俺にとっちゃあブラジルだろうが他の南米の国だろうが、大して違いはねえよ。
「なぜそれが解る」
「言葉です。ポルトガル語じゃない。たぶんスペイン語」
別に不思議なことじゃないだろう。南米の公用語はブラジルだけがポルトガル語で、他はたいていスペイン語だ。3ヶ国くらい、英語、フランス語、オランダ語のところがあったと思うが、そんなところがゲームの舞台になるかよ。
「それだと何か問題があるのか」
「話が通じないかも」
「この前だって俺は英語で会話したぜ。話しかけてみろ。きっとポルトガル語に翻訳されてる」
ちょうど軒先に"TOURIST INFORMATION"と看板を掲げた店があったので、入る。こういうときだけ、ちゃんと英語で書いてあるものだ。パーティー・モードを解いて、オリヴィアに話をさせる。
「本当、ちゃんとポルトガル語が通じたわ」
当たり前だ。他の国からもプレイヤーが参加するのに、この前のオウロ・プレットでポルトガル語しか通じなかったら困るだろう。
無事、地図を入手。店を出て、広場に戻って地図を共有する。都市名は"
「どこだよそれ、全く知らないよ」
ウィルが文句を垂れる。ファヴェーラの連中ってのは学校で南米の地理も習わないのか。詳しいことを説明している暇はないので、ブラジルの西にある国で、クスコはアンデス山中にある高原都市で、インカ帝国の首都だったと言っておく。
「インカ帝国って?」
「あれだよ、ほら、オンライン版にもあった、古代都市の……」
「ああ、黄金伝説の。思い出した、思い出した」
ウィルとフィルが二人で勝手に解り合っているが、それはたぶんエル・ドラードのことだと思うぜ。どうでもいいや。詳しいことは、今日のゲームが終わってから調べな。
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