#16:第2日 (11) 好ましからざる助っ人

 ドアにノックがあって、ルーム・サーヴィスが来た。と同時に、アイリスも入ってきた。俺が帰ってきたのに気付いたのだろうが、呼ばないのに来るのか。

「本日のお仕事はいかがでしたか。あら、こちらは?」

 当然、カリナに気付いたが、スリーピング・ディクショナリーじゃないからな。帰りに送ってくれた、e-Utopia社の支社長秘書だ、と弁明する。

「あら、e-Utopia。アカデミーから連絡があって、午後からそちらを訪問するというのは存じていました。ご一緒にディナージャンタルなんて、羨ましいですわ」

「ディナーじゃない、軽食だ。この後、出掛ける。明日の予定で、何か変更は?」

「ございません」

「では、明日も今朝と同じ、9時に予定の確認に来てくれ」

「スィン・セニョール。では、ごゆっくりボン・アペチーチ

 アイリスは出ていった。今日の仕事はとても楽だっただろう。「この後、お出掛けですか?」とカリナが訊いてくる。

「ゲームに参加しようと思って」

あらオーラ! とても嬉しいですわ。支社長にもすぐ報告します」

 カリナは携帯端末ガジェットを取り出して触っていたが、数秒で終わった。それから、食事。

「少なくて申し訳ないが、君は俺がゲームをしている間に、何か摘まんでくれ」

「そうします。近くに、ポン・ヂ・ケイジョのとてもおいしいお店ができたんですわ。そこから配達してもらいます」

 それはヘーベも買いに行った、カサとかいう店だろうか。どこでもいいが、ブラジルの女はポン・ヂ・ケイジョが好きなんだなあ。いや、二人しか例を知らないけど。

「どうかなさいました?」

 カリナが食べるのを黙って見ていたら、気付かれてしまった。「何でもない」と言って話を逸らしたが、気になったのはカリナのリングイッサの食べ方だ。昨日、マルーシャと食べたのは、長さが3インチくらいの、ずんぐりしたものだった。今夜のは、その倍くらいの長さで、しかも太い。

 ナイフで切れば口に入れるのは同じくらいの大きさになるんだけれども、カリナの口の開け方がどうもなあ。

 何か、別のものを口に咥えているところを想像してしまう。要するに、食べ方。口のすぼめ方だろうか。どうしてこんな妄想をしてしまうのか、自分でもよく解らない。

 大急ぎの軽食が終わるとを待つ。もちろん、カリナにも言ってある。7時半ぴったりに、フロントレセプションから電話がかかってきた。もちろん、オリヴィアとその仲間だろう。あいつ、時間だけはちゃんと守るな。

 カリナと共に、ロビーに降りる。もちろん、来客は外で待っている。オリヴィアが、夕方より少しましな服を着ている。昨日の駄賃で買ったのか。

 その他は男が二人に女が一人。男のうち一人は見覚えがあるぞ。引ったくりだな。身なりは誰も彼も粗末。彼らを見たカリナが、少し呆れた顔をする。

「今日は誰を捜すの?」

 オリヴィアが中途半端な笑みを浮かべながら訊いてくる。そんなに毎日人を捜すわけないだろ。

「人じゃない、宝を探す」

何それペルドン?」

「君ら、e-Utopiaの『eXorkエグゾーク』というゲームを知ってるか」

「知らない」

「知ってるどころじゃないよ!」

 後ろの男の一人が、勢い込んで叫んだ。見たことない方。眼鏡をかけた長髪男。いや、待てよ。もしかしたら、引ったくりを捕まえたときに、俺の後ろから飛びかかってきた奴じゃないか。で、何を知ってるって?

「僕はオンライン版で常に好成績を上げてるのに、本戦の抽選にはいつも外れるんだ。あんた、e-Utopiaのゲーム・ディレクター? それとも、広報マネージャー? 抽選に成績が正当に反映されるようにしろよ!」

「どのように反映されるのが正当か知らんが、お前は人に物を頼むときに『お願いプリーズ』も言えないのか?」

「何だって? あんた、自分が偉いと思ってそんなこと言ってんのか?」

「お前は相手が自分より偉ければ『お願いプリーズ』を言い、そうでないときは言わないのか? 卑怯だな」

「メルダ!」

「ウィル! まず話を聞きなさいよ!」

 横の女が、眼鏡男を一喝した。この女、最初からずっと不機嫌そうにしている。ブラウンのロング・ヘアにバンダナをヘア・バンドのように巻いてまとめている。混血の顔だが、どことの混血だかよく判らない。ギリシャ系といわれれば信じるかも。ただし、彫刻のように美しくはない。

 で、ウィルってのは眼鏡男の名前? 顔つきは日系なんだけどな。メルダはたぶん、罵倒語だな。知らない言葉を言われたって、罵倒とも何とも思わない。というか、どうして同時通訳されなかったんだ。まあそれはいいとして。

「とにかく、お前は知ってるんだな。他に知ってるのは?」

 隣の、背の高い男を見る。頷いた。さっき声を上げた女は俺を無視。話を聞けと言ったくせに。で、オリヴィアはもちろん知らないと。

「俺は参加権を持っている。今夜から始まるゲームだ」

本当かよイナクレヂターベウ!?」と眼鏡男が驚く。まさに驚愕の表情。背高男は同じ驚きでも「へえ」と感心が混じる感じ。オリヴィアは呆気に取られていて、バンダナ女は無関心。

「本当に持っている。そうだな、カリナ」

「スィン・セニョール」

 カリナは冷静な声だが、俺がこれから言うことに気付いたらしく、少々戸惑い顔。しかし秘書というのは困らせると意外に喜ぶものだ。

「ゲームには4人か5人で参加するんだが、俺には仲間がいない。そこで」

「僕たちを参加させてくれるの!?」

 眼鏡男の目が早くも血走っている。背高男はちょっと興味がありそうな顔になった。オリヴィアは呆け顔で、バンダナ女は……やれやれだ。

「まあ、お前らの態度次第かな」

お願いしますポル・ファヴォール!」

 眼鏡男の態度が豹変した。さっきまで前のめりになって俺に飛びかからんばかりだったのに、今は背筋を伸ばして立ち、顎を引いている。まるで上官の言うことを素直に聞く新兵ルーキーのようだ。まあ、そうなると思った。

「僕はウィリアン・デ・ソウザ。ウィルと呼んでください。eXorkオンライン版のプレイ歴は1年2ヶ月、獲得経験値は200万超、南米地区最高順位は32位。こいつはフィルで、彼女はローナ。前にいるのがオリヴィア。ところで、今夜の参加権って、第4組? 8時からだよ、早く行かないと、始まっちゃう!」

「間に合わないかな、カリナ」

「15分くらい遅れても、どうということはありませんわ」

「ここからは30分だっけ」

「最速なら15分です」

 最速ってどういうことよ。ここからあの建物まで車でぶっ飛ばしたことがあるっての? まあ、それはいいとして。

「ウィルと呼んでいいんだったな」

「スィン・セニョール!」

 従順だな。何とも現金な。

「お前は参加したがっているが、他の3人の希望がよく判らない。お前だけだと人数が足りないので、もし参加したければ、他の3人を説得してくれ。今から5分で」

「スィン・セニョール! 任せてください!」

 エントランスの近くでやるとホテルの迷惑なので、少し離れた、歩道に立つ椰子の木の陰へ行かせる。ウィルの熱心な声が聞こえるが、もう一人の男、フィルもどうやら乗り気のようだ。女二人を説得にかかっているらしい。でも、賞金の額を教えたらすぐじゃないのかね。

「あの4人が気に入らないかな、カリナ」

「あなたの決定には従いますわ」

 そんな、諦めの表情を交えた色っぽい顔をしないでくれるか。

「正直なところを聞かせてもらいたいんだがね。何が気に入らない?」

「彼らはおそらくファヴェーラの住人です」

 ああ、そうだろうとは俺も思ってたけどね。

「でも、eXorkのことを知ってたし、やったこともあるみたいだよ。ファヴェーラの貧乏な住人でもできるものなんじゃないのか」

「そうですわね。貧しくても、全てを趣味につぎ込む者がいますわ。コンピューターを持っている者だっていることでしょう。電気なんて、どこからか盗んでいるに決まっています」

「貧しいのはよくないことかね」

「貧しさから抜け出そうと努力するなら同情します」

 何となく、実感がこもっている。彼女の知り合いに、ファヴェーラ出身者がいるのかもしれない。

「それに、eXorkの内容をよく知っているのは、ウィルという少年だけのようですわ。他の3人は役に立つでしょうか?」

「NPCより少しはましじゃないのかね。ところで、俺が勝つことを期待してくれてるのか?」

「ゲームの中で私の同じ姿のNPCを探してくださいとお願いしましたわよ?」

 なるほど、三つのステージにいるんだったな。全部探し当てたら、何かしてくれるんだっけ。そんな約束まではしなかったか。

 ウィルたちが戻ってきた。でなくなったのは、彼が先頭に立っているからだ。気合いが入りすぎの顔をしている。

「4人で参加します。ゲームに参加させてくださいヴァモス・エントラル・ノ・ジョゴ・ポル・ファヴォール

「じゃあ、俺を加えた5人でエントリーをしてくれ、カリナ」

「スィン・セニョール!」

「あんたも参加すんの?」

 ウィルの態度がまた変わった。

「参加権は俺が持ってるって言ったろ。君らに譲るわけじゃない。譲れるのか、カリナ」

「いいえ、参加権の譲渡も売買もできません。そのようなことがあった場合、没収です」

「そういうことで、5人だ」

「じゃ、私、やめておくわ」

 後ろのバンダナ女、ローナが、不機嫌そうな顔で言った。さっき戻ってきたときも、一人だけやる気がなさそうだったもんな。

「なぜやめる? メンバーはリザーヴを入れて5人までと聞いている。名前を貸すだけでも賞金の5分の1が入ってくるんだぞ」

「やっぱりあんたも賞金分けるんだ」

「余計なこと言うんじゃないわよ、ウィル」

 ウィルは俺が参加するのが気に入らないらしく、それをオリヴィアがたしなめようとしている。分けるったって、優勝なら500万ドルだぜ。100万ドルでも、ブラジルなら一生遊んで暮らせるんじゃないの。それともこの時代では無理なのかな。

 ローナの答えを促したいのだが、視線を逸らせて、ずっと黙ったままだ。

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