#14:第6日 (8) 二人きりの時間

「ところで君の方は、今日は何を? ウィルの姿が見えないが、思い出の地はどこだったんだ?」

「あら、そういえば彼は……」

 メグは美少年の存在をすっかり忘れていたらしい。しかし、必要以上に彼に興味を持っていないことが判って嬉しかった。

 ロレーヌが話に付いてこられてないので、パン島イル・デ・パンでのことなどを少し話す。その後でマルーシャが「彼が見たという写真を元に、ビーチを探していたのです」と言う。

「オーストラリアの学校で、女性のフランス語教師に見せていただいたそうです。彼女の故郷の近くにある有名なビーチということで。名前は忘れてしまったそうですが、その光景は目に焼き付いているとのことでした」

 ヌーメアの周辺や、離島を巡って、有名なビーチをいくつも訪れたが見つからず。今日のこのウヴェア島でようやく見つけた。島の中程にある、ワドリラの港のビーチだった。そこにココナッツ石鹸の工場があるのだが、工場の関係者に話を聞いて回ったら、彼女の亡くなった恋人がそこで働いていたことと、彼女がウェネキの集落に住んでいることが判ったそうだ。

「そしてウェネキへ行って、ついに再会することができたんです! ウィルは彼女のことを学校時代から愛していて、その気持ちを伝え、その場で結婚を申し込みました。すぐには返事をもらえず、彼女の考えの整理が付くまで、ウィルは近くの宿に泊まって待つことにしたのです」

 感動的?な再会と告白に、メグとロレーヌも感じ入っているようだが、その教師って何歳? 美少年と何歳差? 美少年がそもそも何歳か知らないけど、十歳は差があるだろ? いいのかな、それで。まあ、本人が気にしないのならいいんだけど。

「彼も朝にはヌーメアに戻る予定なのですか?」

「いいえ、返事がもらえるまでここに留まると言っています。旅費は十分に持ち合わせているそうなので、その点は心配していませんが……」

 そういやロレーヌの旅費は俺が立て替えてやっているが、モデルで金持ちだろうから、請求した方がいいかもしれんな。

「彼はオペラ歌手見習いとのことだったが、本当は何か別の仕事を持っているのでは?」

「はい、オーストラリアの有名な少年俳優です。お忍びで来たそうなのですが、こちらでは名前が知られていないようでしたし、騒ぎにしたくありませんでしたので、伏せていました。リタはもちろんご存じだったのですが、私の方から伏せておくようお願いしました。もしかしてあなたにも伏せておられたのですか?」

「彼女は忠実だからね。俺が余計な気を回さないように黙っていてくれたんだ」

 言ってからメグを見る。少し、申し訳なさそうな表情をしている。

「申し訳ありません。この場合は知らないふりをするのが最上のサーヴィスだと考えていましたので……」

「だから、それでいいんだよ。ロレーヌはウィルのことを知ってるか?」

「名前も知らないわ」

 さすがフランス人、他国のことに全く興味がない。主菜プラをほんの少し残し、メニューを眺めている。男よりもデザートに興味を持ち始めたらしい。結局、特製パフェを頼んだ。フルーツが多めだからだろう。

 夕食が終わると、プール脇のテーブルへ行って話すことにする。夕方はブラッスリーだが、夜は夕涼みに使える。上空の月明かりと、近くのボード・ウォークの足元灯に照らされているが、それだけでも女たちの何と美しいことか。絵画で陰影法を学習するのに最適の題材に違いない。この中から一人選べと言われたらもちろんメグを選ぶのだが、後で戦争にならないことを祈る。

 ロレーヌの思い出の地の話になった。ムリ教会の前のビーチ。景色を見て、感動して、“何か”をして遊んだ。その何かは思い出せないのだが、今のところは満足しているらしい。

「何かの遊びじゃなく、遊んでること自体が楽しかったんじゃないのかなあ」

 無人島で思い付いたことを言ってみる。

そうかもプテトルきっとそうだわスレマン・コレクト

 ロレーヌが言ったが、なんだか無理矢理納得しようとしている気がする。普通のステージなら、それを思い出させないとターゲットを獲得できない、と考えるのだが、さすがにここではどうでもいい。と思っているのに、マルーシャが尋ねる。

「その時のご両親のお顔は憶えておられますか?」

「憶えてません」

「でも、あなたがとても楽しそうにしておられたのなら、ご両親もきっとお喜びになったことでしょうね」

「ええ、きっとそう」

「お父様とお母様と、どちらとたくさん遊んだか憶えておられますか?」

「憶えてません。でも、ずっと二人と一緒だった気がします。私が何をしていても、一緒にいてくれました」

「手を伸ばせばそこにお母様がいて、振り返ればいつもお父様がいて、というように?」

「ええ、そう」

「その時はご両親も仲良くされたのでしょうね」

「……ええ、そう」

 んん、何だ、今の間は。一瞬何かを思い返した?

「その後、ご家族3人で同じように楽しい思い出をお作りになったことは?」

「あると思いますけど……」

「ですが、ここと他ではきっと何か違いがあるのでしょう。ご両親のどちらか一方に愛情が偏ったことはおありでしたか?」

「ない……と思います」

「では、ご両親はあなたに、常に公平に愛情を注いで下さったのですね。そしてあなたも同じように愛情を返された」

「ええ、そうです」

「ご両親の間の愛情はいかがでしたか?」

「…………」

 ロレーヌが黙った。しかし、俺は解った気がする。ロレーヌは、ここへ来た理由を、最初は何と言っていたか。確か「両親を、二人きりで旅行させてあげたかったから」だったよな。ロレーヌの両親は、ロレーヌを育てるに際し、惜しみない愛情を注いだ。しかも夫婦均等に。それは間違いないだろう。

 しかし、両親の間はどうだったか? 昔の、この島への旅行の後で、両親は互いの間の愛情よりも、ロレーヌへの愛情を優先するようになった。。ロレーヌはそれを無意識のうちに感じた。

 だから、それを取り戻すために両親の元を離れた。3人の関係が最善だった、この“思い出の地”へ来ようとした。ロレーヌ自身の一番素敵な記憶を取り戻すために。その間に、両親は再び近づく。互いの愛情を取り戻すために。そういうことじゃないだろうか?

「きっと今頃、ご両親は日本で素敵な思い出作りをされてらっしゃると思います。そしてあなたも、帰ったらここで取り戻した記憶をご両親にお話し下さい。それもまた一番の思い出になることでしょう」

「……はい、そうします……」

 ロレーヌは笑顔でこそなかったが、興奮してるというか、「ようやく目が覚めた」という顔をしている。積年の疑問が解決したというところか。

 しかし、マルーシャの洞察力はすごいな。2時間やそこら話しただけで、どうして“思い出の地の謎”が解けるんだ? 美少年のことだって、本当は最初からここに何かあると解っていて、それでもシナリオの都合で他の離島を巡ったとか、そういうことじゃないのか。この分では、俺とメグの思い出まで探られてしまいそうだ。

 夜も更けてきたので、そろそろバンガローへ戻る。その前に、とマルーシャが言う。

「リタと二人きりで、少しだけお話がしたいのですが……」

 別に俺は構わないのだが、変なことを吹き込むのだけはやめてくれ。バンガローではなく、夜のビーチを歩きながら話すらしい。メグとマルーシャの影が離れていく。俺とロレーヌが取り残される。二人きりになる時間があるとは思わなかった。

「ここに来られて、本当によかった。アーティー、あなたにもお礼を言うわ。ありがとう」

「礼を言われるほどでもない。いろいろと偶然が重なったからな」

「偶然でもいいの。それに、あなたがいたから、マルーシャにも会えたんだわ。とても幸運な偶然だった」

 じゃあ、ユディトに会えたことも幸運と思えよ。あれがなかったらテニス・コートで会うことも、その後の出来事もなかったんだ。

 それに、俺がいなくてもマルーシャには会えたはずだぜ。彼女は全てのキー・パーソンズを発見していたに違いないんだ。その中で選んだのがウィルだってだけで。

「礼はマルーシャに言う方がいい。俺は君の思い出の場所に連れてくることができたが、君が本当に思い出したいことを探り当てたのは彼女だから」

「それはそうだけど、私がここへ来たことを、パリに帰って両親と話をするうちに、大事なことを思い出すことができたかもしれない。とにかく、始まりはあなたのおかげだから、お礼を言いたかったの」

 だから、ユディトだって。

「早く思い出せたから、早くパリに帰りたいとは思わない?」

「いいえ、予定どおり明日一日ここにいるわ。その方が、両親が楽しむ時間が長くなるもの」

 それはそのとおり。しかし君は、俺とメグが二人きりで楽しむ時間を奪ってるんだぜ。そこのところも理解して欲しいな。しかも、今夜はこのステージで最後の夜なんだ! メグだって俺と愛し合いたくてうずうずしているに違いない。

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