#14:第3日 (3) ノカンウイ島

 バスはカヌメラの集落に着いた。島の西側で、綺麗な弓形のビーチがあるところだ。ノカンウイ行きツアーの船はここから出る。すぐ隣の、クトの集落から出る船もあるらしい。

 船は何艘かあるのだが、1艘あたりにそれほど人は乗せられず、全部動員してもせいぜい30人ほど。そして天気が悪く波が高いと催行されないのだそうだ。

 カヌメラから出る船は、今日は1艘だけとのこと。ル・メリディアンから来た俺たち4人の他に、日本人の女が4人。みんな未成年に見えるくらい若いが、あれできっと20代後半だろう。

 ただし、俺のメグだって若く見えるから自慢できる。31歳だが、25歳以下に見える自信がある。別に俺が自信を持って言うことでもないのだが。

 しかし、今回は美の女神ヴィーナスマルーシャと美少年アドニスウィルが一緒なので、メグの美貌が目立つことはないだろう。俺にとっては意外にも都合がよかった。

 もっとも、美人だから、美少年だからといって、日本人が馴れ馴れしく話しかけてくることはあり得ないので、メグと二人でツアーを満喫できるに違いない。

 予想どおり、日本人たちは、マルーシャの方を見て何かひそひそと言い合っている。あるいは美少年を見ているのかもしれない。メグは俺の横に控えているだけで、ちっとも目立っていないのが嬉しい。

 ホテルからここまでバスで30分かかったが、なぜかもう30分待たされて、10時に船に乗った。漁船を改造して後部にベンチを取り付けたようなもので、フェリーとも言いがたい。しかし、乗っているのはたかだか30分ほどらしいから、何も問題ないだろう。幸い、今日は波も穏やかだ。

 船は出発すると、一直線に南へ向かう。正面に島が見えている。これはブロッシュ島で、緑の木々が豊富に生えている。英語ではブラッシュ島と言うらしい。ブラシブラッシュに形が似ているからだそうだ。ただし、見ている限りは似ていない。見る方向が変われば似ているのだろう。

 その島に寄って、男を一人残していく。後でここへ戻って来て昼食を摂るので、その準備をするそうだ。

 島を離れ、今度は南東へ向かう。島の近くの海はエメラルド・グリーン。それが深い青に変わって、しばらくするとまたエメラルド・グリーンになる。ノカンウイ珊瑚礁だ。

 ほとんどの部分が沈んでいて、陸になっているのは東のニュアナ島、南のニュアミ島、そして真ん中にあるクトメレ島だ。そして、ノカンウイ島と呼んでいるのは実はクトメレ島のことだった。

 クトメレ島は東西に延びる長さ4分の1マイルほどの“砂の帯”で、一番細いところは10ヤードほどしかない。

 島の西端に上陸。日本人の女たちがはしゃいでいる。何か言っているが、日本語は同時通訳されない。しかし日本語というのは響きが柔らかくて、うるさく感じないのがいいと思う。

 船を下りる時、メグに「危ないので俺の腕を持って降りるといいよ」と言って、腕を掴ませる。

「ありがとうございます!」

 こういう時のメグは本当に嬉しそうな顔をする。そして降りても腕を放さない。もっとも、放したとしても、細くなったところを歩く時には「水に濡れるといけないから……」と言って腕を掴ませるつもりだった。

 マルーシャたちの様子もそっと見てみる。あちらは俺たちのようにいちゃいちゃフラーティングしていない。美少年が景色をじっと観察していて、マルーシャがそれを見守っているようだ。“思い出の地”を探しているのは、実は彼なのではないかという気がする。

 それはそうと、この島では1時間ばかり滞在する。日本人たちはシャツを脱いで水着になり、海で泳いだり潜ったりしている。

 俺は水着を着ていない。当然だ。泳ぐつもりもなかった。メグはどうだろうか。ポロ・シャツから下着のラインが少し透けているから、水着ではないようだ。まさかビキニの水着ではあるまい。マルーシャたちも当然……いや、もう彼女たちのことは気にしないことにする。

 島を東へ歩く。ほとんどは砂地で、東の端に少しだけ緑がある。一番細くなったところは、満潮の時には水没するらしい。今はつながっている。

「綺麗なところだが、月夜に二人きりで来られたら、もっと素晴らしいだろうな」

「ええ、本当に! アダムとイヴのように過ごしたいですわ」

 それは脱ぎたいと言ってるんだな。そうやってさりげなく俺を刺激しておいて、逆に俺が刺激したら軽やかにかわすつもりなんだろう。この二日間でメグのやり方がようやく解ってきた。

 そういえばこの、俺はメグに会いたいと思うだけで過ごしてきたが、彼女の方は、俺を手懐ける方法を考え続けていたに違いない。俺は研究が足りなかった。

 しかし、このステージが終わるまでに、彼女を攻略してやる! そうしないと、次に会えるのはまた6週間後なんだ。何とか彼女をこのステージの外へ連れ出すことはできないものか。

 東の端まで到達した。雑木林や茂みや枯れ木が混在していて、お世辞にも綺麗とは言えない。自然のままに、手入れをしないようにしているのだろう。それでも、もう少し見栄えを考えてもいいかなと思う。

 ただ、そのせいで人目がないのはありがたい。強引にメグを抱きしめてみる。メグは俺の背中に軽く手を回してくる。夜はこんなものではない。だが、昼間の仕事モードではせいぜいこの程度だろう。これもきっと俺を手懐ける手法の一つに違いない。

「仕事中でも、少しの時間ならいいんだろう?」

「ええ、ほんの少しなら」

 しばらく抱き合った後で離れて、西の方を見る。こちらからだと見えるのは少しうねりながら伸びる白い砂の帯、そしてその周りの海だけ。

 海はビーチ近くのライト・グリーン、その向こうのエメラルド・グリーン、そして遠いところのマリン・ブルーの3色に分かれている。もちろん深さによって違っているのだ。

 北の水平線の近くにはパン島イル・デ・パンの島影。いや、正確にはパン島イル・デ・パンの南にあるコトモ島の島影だ。そして西と南には青い海原が広がるのみ。

 少し白く波立っているところがあるのは、水面下に珊瑚礁があるのだろう。他に何もないが、ここが楽園であってもいいという気がする。メグさえいれば。彼女がどう思っているかは、後で訊いてみることにしよう。

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