#11:第1日 (2) 白銀の風
いつものように目を閉じて、下を向いて、ステージの開始を待つ。幕が上がった気配がしたと思ったら、いきなり冷たい風が吹き込んできた。
「ぶはあっ!?」
慌てて目を開ける。目の前が真っ白! 何だよ、こりゃあ? 風! 強風! 冷たい烈風! 何か冷たい粒が顔に当たる! 雪!? 吹雪だ、吹雪! 前が見えねえって!
どうしろってんだよ、耐えろって? 俺は寒いの苦手なんだよ! フットボーラーだけど、寒いのが嫌だからマイアミ大に行ったんだ!
しばらく待ってみたが、状況は全く変わらない。イリノイ州でもまれに発生していたブリザードのようだ。俺はいったいどこにいるってんだ。南極大陸の真ん中か、それとも真冬のロッキー山脈か? どっちも行ったことないけどな。
歩を進めようにも、前が全く何も見えない。いや、前だけじゃない、辺り一面、何も見えない。どうすんだよ、このまま凍え死ねってか? ええい、仕方ない!
「ヘイ、ビッティー! ビッティー!!!」
黒い幕が下りてきた。いや、幕がはためいてるって! 強風の日に慌てて窓を閉めてる時みたいだぜ。しかも雪が地面に積もって、いやいやいや、幕が下りきったらいつもどおり木の床に変わったけど、そこにだって雪が積もってるじゃないかよ。
俺の服だって、いつの間にか防寒着に変わっているが――真冬のゲームにサイド・ラインで着る防寒コートに似ているが――そこにも雪がこびりついてる。きっと顔にも頭にも雪が積もってるだろうな。頭は帽子をかぶっている感覚がするが。
「ステージを中断します。
「ヘイ、ビッティー、3分前に別れたばっかりだが、早速、また会いに来たぜ。外の天気は、ありゃ、いったい何なんだ?」
言いながら、足下をもう一度見る。すぐ右に、登山用のどでかいリュックサックが転がっている。前回は常夏の孤島だったが、今回は冬山ってか?
「雪を伴った突風が吹いていたようです。先ほど体験されたような状況は、一時的なものです」
「俺が立ったタイミングが悪かったのか」
「いえ、ステージ開始時刻は開始直前にランダムに選ばれます。今回の状況は偶然に過ぎません」
「前回の俺の行いが悪かったって訳でもないんだな?」
「そのような訳ではありません」
しかし、再開しても寒い状況には変わりないんだろうから、出るのが嫌になるなあ。かといって出なけりゃ即失格で、前回、前々回とターゲットを取りこぼしてるんだから3連敗だぜ。そんなことできるかっての。
「外の世界がどこだかは教えてくれないんだろうが、出た後の指針くらいはくれないか。雪の中で、どこへ行けばいいのか解らん」
「リュックサックの中に地図が入っています。地図には宿泊可能な位置が記載されています。日没までに、そのいずれかへ移動した方がよろしいでしょう」
なるほど、今回は地図があるのか。本ステージ用の特別な物資ってやつだ。しかし、地図があったって、そのどこにいるのかが判らなかったら意味ないじゃないか。
それとも、スマート・ウォッチが現在地を示してくれるのかね。見たけど、いつものタイメックスだよ。防寒仕様になってるのか?
「今、ここで地図を出していいか」
「いいえ、バックステージ内で装備を
どうしてダメなのかねえ。どうせ誰も見てないんだから、時間的に不連続な状況が発生したって構いやしないのに。それとも、リュックサックを開けること自体が不可能なのかもな。俺がこの中で歩き回ることはできるのにさ。
「わかった。じゃあ、外に出てから地図を出す。突風がやんだら教えてくれ」
「いえ、外の時間は止まっていますので、中断前の続きから始まります」
「何とかならないのかよ、ビッティー!」
「少しの間、耐えていただくしか」
解った解った。まあ、大学の時のゲームでも、あれに似たひどい吹雪のような状況はあったけどな。
さて、いつのゲームだったかなあ。俺の出番が一切なくて、防寒コートを着てヒーティング・ベンチにずっと座ったままだったよな。
「再開してまた困った状況が発生したら、君を呼び出すからな」
「いえ、各日、午前と午後に1回ずつだけです」
「凍死しないことだけは保証してくれよ」
「私は何も保証できません」
冷たいなあ。でも、ビッティーはそういう役目だから仕方ないのは解ってるさ。
「再開しよう」
「ステージを再開します」
ライトが消えて、黒幕が上がっていく。やはり強風にたなびいているように見える。幕がちぎれてしまうんじゃないかという気がするが、そもそもステージの開始に“幕が上がる”という演出をする意図が全くわからない。壁じゃどうしていけないんだよ。
「ぶはっ!」
幕が上がりきる前から、また突風だ。何分間耐えろって? フットボールのゲームは基本的にどんな大雪が降っていてもやるが、吹雪になって視界がゼロになったらさすがに中断か中止だぜ。プレイヤーに過酷ってんじゃなくて、審判がプレイを
しかし、5分ほど耐えるとようやく風が治まってきた。治まったというか、ほとんど吹かなくなった。上空で風が舞う音はしているが、雪はほとんどまっすぐ降り落ちてくる。その雪すら小止みになって来た。ほんとに一時的だったんだな。
さて、ビッティーに教えてもらったとおり、リュックサックから地図を出そう。どこに入れてあるのか知らんが、とりあえず一番出しやすいところに入っているだろう。ならば、サイド・ポケットか。あった、やはり。
しかし、紙の地図だ。何というのか知らないが、透明なケースに入っている。紐が付いているので、首にかけておいた方が便利だろう。
おっと、電子コンパスが入ってるじゃないか。きっとGPS付きだな。どうせなら
いや、待てよ、ここはどうやら山の中らしいから、泊まるところが電気すらない山小屋ってこともあるだろうし、そうすると充電ができなくて困るわけだ。電子コンパスは電池式だろうが、1週間くらい余裕で保つはずだし、それと紙の地図という組み合わせの方が無難ってことか。
とりあえず、現在地の確認。予想どおり、電子コンパスはGPS付きで、日付まで判るのがありがたい。初日の、開始してすぐのタイミングで日付が判ったことなんて、今までになかったよな。
2037年10月11日。ただし曜日は判らない。計算すれば判るだろうが、そんな面倒なことはしない。
計測した緯度経度を、地図で探す。右下の方かな。それにしても、北緯61度29分ってのは驚きだな。アラスカかカナダか? おっと、緯度が東経8度43分か。なら、ヨーロッパだ。たぶん、スカンディナヴィア半島のどこか。ノルウェーかスウェーデンか、いずれにしろその辺り。
地図の地名も何となく北欧っぽい。ギリシャ文字のφのような字が含まれてるってだけだが。これ、なんて文字だっけ。どうでもいいか。いや、あまりよくないな。発音できないと困ることもあろうし。
で、ビッティーは宿泊可能な場所が描かれているから、そこへ移動しろと言っていたわけだが、この“丸の中に小屋のような形”が描かれたマークが、たぶん宿泊可能な場所だろう。
東へ行くと"Gjendesheim"……読めないって。さっそく困ったよ。とりあえずGJと読んでおくか。西へ行くと"Memurubu"。素直に読むとメムルブかな。
さて、どちらにするか。どちらに行ってもほぼ同じような距離の場所にいる。ところで今、どっちを向いてるんだっけ。コンパスで確認だ。西か。じゃあ、西のメムルブの方に行くのが自然だろう。おそらく、GJの方から来た、ってことになってるはず。
メムルブへは、西に向かって湖沿いにずっと歩いて行けばいい。左に見える湖は"Gjende"。だから、読めないって。いいや、もう、レイク・GJで。
そのレイク・GJはウナギのように横に長く伸びていて、北側には山を挟んでバナナのような形をした"Bessvatnet"という湖。また読めないが、これはどうでもいい。そっちの方には行かないんだから。
とにかく、メムルブまでは3マイル強。徒歩1時間、と言いたいところだが、湖沿いの道だからといって平坦とは限らないだろうし、でかい荷物を背負わなきゃならないし、多めに見積もって2時間ってところかな。地図を見ると、尾根伝いに行く道があるようだが、そちらが開始地点にならなかっただけ、まだましってもんだ。
しかし、見事な氷河地形だ。丸くえぐり取られた谷の底に、青黒い湖。北欧らしくて、素晴らしい。寒いのだけはかなわないが、一度は北欧の景色を生で見てみたかったので、満足。
ところで、今何時だ? 12時10分。うーむ、さっきビッティーを呼び出したのって、午前中だったのか、それとも午後になってすぐだったのか、どっちなんだろう。午後だったら、今日はもう呼び出せないことになるが、今からそれを確かめるわけにもいかんし、困ったな。この後、本当に窮地に陥ってしまったとき、どうすればいいか気がかりだが、独力で切り抜けるよりないんだろうなあ。
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