ステージ#10:終了

#10:バックステージ

 はあー、全く、何てひどい延長戦オーヴァータイムだ。ため息が止まらないぜ。

「ステージの結果について、クリエイターからのコメントがあります」

 いや、ビッティー、ちょっと待ってくれよ。もう少しだけ待ってくれ。評価を聞くのはとりあえずため息をつき終わってからだ。息をしてる感覚はないけどな。とにかく、自分の間抜けさ加減に呆れてるんだ。

 どうして俺はこんなに間抜けなんだろう。この脱力感は、退出直前のアリシアのあの行為のせいでは決してないということは、誓って言える。いや、アリシアの仕事ジョブは確かに想像を絶するレヴェルの高さだったんだけれども、俺が脱帽しているのはそれじゃなくて、彼女の演技力というか誘導力というか構想力というか。

「今回のステージでは前後半ともに適切にシナリオを回収し、またイヴェントに対する時間配分も適切であったため、ターゲットの獲得につなげることができた。特に前半には多数の誤誘導イヴェントがあったにも関わらず、最適な取捨選択により、アルタネイト・エリアへの道を開いたことに対しては高評価を与える。また、ターゲットについては、情報収集の遅れにより、ゲートのオープン後とはなったものの、正しい演繹的推論により同定したと認定できるため、高評価を与える」

 いや、ビッティー、済まない、聞いてなかった。何だって、高評価? 本当に? 何が? どこが? 最後の最後に起こったことがあまりにショックで、さっきのステージで何をしたんだったか、全く思い出せないんだけど。

「ただし、他の競争者コンテスタントの同定を見誤ったため、ステージ退出直前にターゲットを奪われることとなった。これは他の競争者コンテスタンツに対する情報収集不足であり、また、キー・パーソンと推定した人物に対する過剰な信用によるものである。今後の改善を促す。以上です」

 そう、それ! アリシア! ああー、ダメだ、また彼女の仕事ジョブを思い出してしまった。身体の感覚がないのに! いったい、彼女って何者なんだよ、イングランドの陸軍兵士? MI6のオペレーター? それともイングランド代表女子サッカー・プレイヤー?

 どれにしたって、あの仕事ジョブの技術はハイ・レヴェル過ぎるだろ。いや、もう思い出したくない。思い出したくないけど、身体は絶対覚えてるよ。ああー、もうトラウマになりそうだ。

「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」

「アリシアっていったい何者?」

「お答えできません」

「カールトン氏っていったい何者?」

「お答えできません」

「ブラッドショー氏っていったい何者?」

「お答えできません」

 どいつもこいつもお答えできませんってことは、どいつもこいつも競争者コンテスタンツなんだな? カールトン氏かブラッドショー氏がヴァケイション中だったんだな? アリシアと同じところに競争者コンテスタンツが二人ってことはないだろうから、カールトン氏がヴァケイション中だったんだな? あの野郎、紛らわしい行動してんじゃねえってんだよ!

「現実の世界で、ベリーズには本当に英国陸軍航空隊が駐留しているのか?」

「はい」

「そこには女性兵士もいるのか」

「はい」

「そこには美人もいるのか」

「美人の定義が不明ですのでお答えできません」

 いや、いいんだ、答えてくれなくても。要するに、アリシアみたいな美人すぎる軍人がいるのが信じられないってだけなんだ。いや、絶対いないって、あんなに美人でしかもあの仕事ジョブの技術、いやもう、それは思い出さなくてもいいんだけど、俺を殴ったのを謝罪に来たときの、あの真摯でそしていかにも申し訳なさそうな表情を見たら、彼女は絶対に真面目な軍人で、なおかつ協力者にしたら有能かもって思ってしまうじゃないか。

 それとも、やっぱり俺が甘いのか? 彼女が謝罪に来たのに、その言葉や表情よりも、あの素晴らしい胸をじっくりと観察してしまったのが悪いのか?

 いや、悪い、悪い、絶対にそれが悪い。でも、彼女も悪い。艶っぽいブルーの目が悪い。繊細なカーヴを描く唇が悪い。大きいけど大きすぎない胸が悪い。形がよくてリズミカルに揺れる尻が悪い。そしてあの屋上でのキスと、退出直前の飛行場前の車の中での、いや、もうそれは思い出さないことにして!

 アリシアなんて、ペテン師ハスラーだ! 俺はもう、今後二度と、女を容姿では評価しないようにする。特に胸の大きさでは。

「他に質問はありますでしょうか」

 今回はもう、他のことなんかどうでもいい気がする。あの無人島はどこから持ってきたのかとか、座礁したクルーザーは本当は誰の物だったのかとか、シェーラの寝相の悪さは今後治る見込みはあるのかとか、イライザは100万ドルの契約書を現金に換えたのかとか、サブリナは屋敷を建てて有名になれたのかとか、ホリーは性格の悪さを改善して男から信用されるようになれるのかとか、無人島の宝は結局何千万ドルの評価だったのかとか、ダーニャが儀式の担当の資格を失うのはいつかとか、俺が好みそうなプロポーションになれるのかとか、カールトン氏は英国サッカー界に復帰できるのかとか、アンジェラが世界を敵に回すのはいつかとか、アリシアが……いや、もうアリシアのことは考えない。もうどうでもいい。

「バーミージャってのは現実には存在しない島なんだな?」

「はい。16世紀から20世紀初頭まで、一部の地図に記載されたことがありますが、実在しません」

 そういうの、なんて言うんだっけ。ファントム・アイランド? まあ、どうでもいいや。

「ビッティー、君は、俺の退出直前の行動を、何も知らないんだな?」

「知りません」

「本当に知らないんだな?」

「本当に知りません」

「知っても俺のことを嫌いにならないと誓ってくれるな?」

「私には好きとか嫌いとかという感情はありません」

「いや、俺のことは好きになってくれよ」

「できません」

「そういえば俺がクレジット会社に電話をかけたときに、君にそっくりな声の女が出たんだけど、あれは君か?」

「私ではありませんが、私と同じ声を使用した可能性はあります」

裁定者アービターの声って、競争者コンテスタントごとに違うんじゃないのか?」

「そうとは限りません」

「でも、君は俺の専任だよな?」

「そうとは限りません」

 そうなのか。

「でも、君にビッティーというニックネームをつけているのは俺だけだよな」

「はい」

 よかった。いや、ちょっと待て、俺は何をしているんだろう。何か忘れたいことがあってこんな余計な質問を。ああ! しまった、思い出してしまった。アリシアのあの驚異の仕事アメイジング・ジョブ! 忘れろ、忘れるんだ。

「他に質問はありますでしょうか」

「あのターゲットのカラーは何だったんだ?」

「お答えできません」

 俺がこれまでに獲得したターゲットは5個と半分。グリーン、レッド、ブルー、マジェンタ、イエロー、シアン。このうち、ブルーだけが半分。

 コンピューターの色番号と一致すると考えるなら、残りは0のブラックか7のホワイトかということになる。国旗には白が使われていたので、ホワイトだったかもしれない。どうしてさっさとチェックしなかったんだろう。マルーシャみたいに、退出直前でいいか、なんてことを考えたのがいけなかったんだろうな。

「他に質問はありますでしょうか」

「もうない」

「それでは、アーティー・ナイトは第11ステージに移ります。ターゲットは“黄金の林檎”。競争者コンテスタントはあなたを含めて3名、制限時間は7日です。このステージでは、裁定者アービターとの通信が可能です」

「いいことだ」

「各日、午前と午後に1回ずつ、他の誰にも見られないところで、腕時計に向かって呼びかけて下さい」

「ずいぶん気前がいいジェネラスな、ビッティー」

「ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください。装備については、本ステージ用の特別な衣服と物資を支給します。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できますが、ほとんどの装備はロジスティクス・センターに送られます。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」

「特別な衣服と物資ってのは具体的に何のことだ、ビッティー」

 無人島から始まったときでも、サヴァイヴァル用品どころかキャンプ用品の一つも支給してくれなかったのに、今度はどこへ飛ばそうというのか。

「ステージ開始後に確認願います」

 今教えてくれないのか。ケチくさいスティンギーな。いや、ルールがそうなのであって、ビッティーがケチでないことは解っているが。

「この後、立ち上がるときに見られる?」

「いえ、最初に幕が上がる瞬間に衣服が変わり、装備が足下に置かれます」

 つまり、立ち上がるときに見える俺は仮の姿だと。幕が上がる、イコール、仮想世界に放り込まれる瞬間だから、その時に変わるんだな。まあ、「グッド・ラック」を言われた後と、幕が上がる時の時間が連続しているとは限らないのだが。

「ロジスティクス・センターに送った荷物は受け取れるのか」

「1ヶ所だけ、受け取り可能な場所があります。それはご自身でお探しください」

「じゃあ、装備の変更は」

「不可能です。本ステージでは、あなたの所持する装備の中から、最適と考えられる物をこちらで選択しています」

「余計な物は持って行けないということか」

「いえ、あなたが常に鞄の中に入れている装備、すなわち、あなたが手元に持っておきたいと考えているであろう物は、今回の装備に含めています」

 そうするとたとえば俺がバイブルのように思っているメグの手紙は、装備に含めてくれているということか。確認しておきたいところだが、まあ、この仮想世界の創造者クリエイターの良心を信じることにしよう。

「次のステージには女の競争者コンテスタントが来ないようにできないか」

競争者コンテスタントは指定できません」

 やっぱりそうか。

「次のステージの肩書きは」

「財団の研究員、現実世界での肩書き、またはNFLのプレイヤーの三つから選択できます」

 毎回同じじゃないか。今回もマイアミ・ドルフィンズのQBクォーターバックにするか? しかし、前回はその肩書きをあまり効果的に使えなかったな。場所が悪かったせいでもあるけど。今回もおかしな場所に飛ばされそうだし、それなら財団の研究員か、いっそ無職、いやパート・タイマーや失業者でも同じじゃないかという気がするが。

「無回答の場合、財団の研究員の肩書きを使用します」

「いいよ、それで」

 ああー、もしかしてビッティーには不機嫌な言い方に聞こえたかな。でも、彼女なら気にしないか。

「了解しました。他に質問がなければステージを開始します」

「OKだ」

「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」

 立てるかどうか心配だ。いや、疲れは全部取ってくれるはずなのか。もう二度とあんなに疲れることはしたくない。精力をすっかり搾り取られた。特に下半身。ダメだ、また思い出してしまった。

 身体に違和感はないはずなんだが、どうも頭の中がすっきりしないなあ。登場人物の記憶は消されるけど、競争者コンテスタンツの記憶が消されないのが困る。不要な記憶だから消してくれないだろうか。

「ステージを開始します。あなたの幸運をお祈りしますアイ・ウィッシュ・ユア・グッド・ラック

 正直、女運ラック・ウィズ・ウーマンも祈ってほしい。いや、本当は俺がよくよく気を付ければいいだけの話なのだが。

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