#10:第6日 (2) 強行着陸!

 無人島まではすぐだったが、そこから先が長い。右手に見えるのはメキシコ湾。左手には途中までキューバ島が見えていたが、やがてそれも見えなくなった。

 1時間ほど、海しか見えない単調な景色の中を飛ぶ。睡眠は十分と思っていたのに、つい寝そうになった。

 左手にユカタン半島が見えるようになり、ようやくあと15分で到着、というところまで来た。イライザが「皆様、シート・ベルトをご着用下さい」とことさら丁寧に言う。そして高度を下げ始めた。

 もちろん、着陸する先はバーミージャの国際空港でもなく、島の東端にあるという飛行場でもない。今回のフライトは合法と非合法をいくつか織り交ぜてきたが、最後はやはり非合法だ。

 海面が近くなってきたが、島影はまだ見えない。この高さなら、何マイル先まで見えるのかな。ダーニャなら頭の中で計算を済ませているだろう。

「島が見えました」

 そのダーニャが言う。いや、見えないって。何マイル先が見えてるんだ?

 通信が入ってきた。メキシコの航空管制センターからのようだ。高度を下げすぎだと言っている。

「メリダ航空管制センターへ、こちらはブラヴォー・フォーティーン、バハマ国籍機です。当機はベラクルスへ向かう途中ですが、エンジンの推進力を失っています。バーミージャ領内に不時着を希望します」

 管制官がバーミージャの空港と連絡を取り始めた。しかし空港側は、滑走路は閉鎖中だと言っている。制限付きで出入国を認めているはずだったのに、どういうことかと管制官が質問したが、空港を占拠した離脱派が“誤って”滑走路に発煙筒を投げ込み、それを処理しようとした消防車が“誤って”泡消火剤を大量放射してしまったためだと答えた。

 何だかなあ、よくそんなつまらない言い訳が考えられるもんだ。やっぱり革命派というのは無茶なことばかりする。

「東の飛行場は着陸可能ですか?」

「そちらは管制官がいないし、昨夜飛行機の爆発事故があって、滑走路は機体の残骸だらけだそうだ」

 うん、まあこれは予想どおり。

「では、こちらで着陸地点を選んでよろしいですか?」

「しかし、バーミージャ領内には他に着陸可能な地点がない」

「この地点にします」

 イライザが計器盤のタッチパネル・ディスプレイを操作して位置情報を送信する。

「ノ・メ・ディガス!」

 管制官は何か叫んだ後で絶句している。この反応も、まあ予想どおり。ややあってから、ようやく返事がきた。

「こちらからは許可できない!」

「もう時間がありませんので、変更は不可能です」

「外交問題になるぞ!」

「人命には代えられませんわ」

「政府関係者に連絡を!」

「それなら一人乗っていましてよ」

「何だって?」

「間もなく着陸につき、交信を終了します」

 イライザは冷静に言い放って、一方的に交信を切った。ようやく俺の目にも島影が見えてきた。

 バーミージャ島はバハマのニュー・プロヴィデンス島同様、東西に長い楕円形だ。少し尖っているところなど、本当にフットボールによく似ている。着陸目標地点は島のほぼ中央。滑走路の代わりになる“道”はぴったり東西方向に伸びている。少なくとも、地図上では。

 普通の飛行機の着陸というのは、電波誘導で進入方向を示してもらうものだが、今回のは完全に目視のみの着陸のはずで、さすがに緊張する。もちろん、俺が操縦するわけではないので緊張しても意味がない。

 たとえるなら、トゥーミニッツで逆転を狙うドライヴを見守る、サイドラインの控えプレイヤーの心境というところか。残念ながら、それは経験が少ない。俺がいた頃のマイアミ大は強くて、たいてい先行逃げ切りし、逆転勝ちしたのは俺が代役出場した2ゲームだけだったから。

 島がぐんぐん近付いてきた。岬のすぐ向こうに見えているのが“飛行場”だろう。その上をかすめて行く。“機体の残骸”のようなものは見えないが、ここに着陸したら総督公邸まで行くのが大変だ。車もないし、途中で確実に離脱派に捕まるだろう。

 眼下の地形は概ね平坦で、山と呼べるほどの高まりはない。が、島の中央あたりに、二段になった台地がある。高さは約70フィート。そして目指す着陸地点は、その台地の上にある。そこに“道”しかないわけではない。島で一番見晴らしのいいところなのだから、何が建っているかは知れている。ダーニャの帰還に、ぴったりの建物だ。

 緑の草地、恐らくはサトウキビ畑の上を飛び越し、狭苦しい集落がいくつかあって、その先に樹木に囲まれた台地が見えてきた。

「あら、まあ、思ったよりも木が高いんですのね」

 珍しく、イライザが驚きの声を上げた。台地の上の、建物を囲うように植えられた木のことだろう。確かに“道”の前に立ち塞がるように、何本も並んで生えている。

「高かったらどうなるんだ?」

「車輪を引っ掛けてしまうかもしれませんわ」

「激突するんじゃなくて安心したよ」

「その可能性も、無きにしも非ずですけれど」

 緊張感をほぐすために、ジョークを言い合うのは好きだ。イライザとは、その点で気が合っている。ちらりと後ろを振り返る。リンディーは俯いて顔を両手で覆っているが、ダーニャは穏やかな表情で窓の外を眺めている。そして俺が見ているのに気付くと、満面の笑みを浮かべた。緊張とは無縁の人間だな。ただ、まだちょっと無理に作った感じがある。

 前に向き直ると、木がすぐ目の前にあった。いや、正確には目の下か。そしてその先端を翼で刈り取る。青葉が宙に舞い、飛行機は私有地内に飛び込んだ。どこの敷地かというと、これが何と総督公邸だ。

 右手に白堊の屋敷が見えた。そしてその正面の道路に着陸しようというのだから、何とも大胆なものだ。下で警備員が右往左往している。着陸した途端に撃たれるんじゃないだろうな。

 地面があっという間に近付いてきた。ものすごい急角度で進入している気がする。大丈夫なのかね、これで。イライザを信用するしかないけどさ。さあ、地面はもう目の前だ。

着陸タッチダウン!」

 ドスンサッドという音と強烈な衝撃、そして普通の飛行機の着陸ではあり得ないような激しい振動。シート・ベルトをしているのに、身体が跳ねて頭を天井にぶつけるかと思った。

 屋根の上ではエンジンが逆噴射する轟音。屋敷の前を猛スピードで通り過ぎ、わずか660フィートの“滑走路”の端が、あっという間に迫ってくる。その先は門だ。もちろん、鉄扉が閉まっている。

 フットボールならエンド・ゾーンに飛び込めばタッチダウンが認められ、通り過ぎてもクッションがある。しかし、今回ばかりはオーヴァー・ランしたら命の保証がない。いや、シナリオ上、死なないことになっている……と信じたいんだけれども。

 だが、門までは緩やかな下り坂になっていた。これは聞いていない。門まであと30ヤードほどになり、群がっていた群衆が――恐らく離脱派のデモ隊だと思うが――蜘蛛の子を散らすようヘルター・スケルターに逃げていく。

 こりゃダメだ、激突するぜ、と思ったところから急制動がかかり、15ヤード、10ヤード、5ヤード……鉄扉に鼻先が付きそうなところで機体はぴたりと停まった。思わずため息をつきながら言った。

お見事ブラヴォー

「お褒めに与り光栄ですわ」

 前に少し垂れた髪を両手をかき分けながらイライザが答えた。余裕の笑みを浮かべている。さっきまでどんな表情だったのか、見るのを忘れてたぜ。

 後ろを振り返ると、ダーニャが早くもシート・ベルトを外し、外に降りようとしている。飛行機の周りはすっかり警備員に囲まれていた。物騒なことに銃を構えている奴もいる。とはいえ、公邸の敷地に飛行機で飛び込む俺たちの方が、よほど物騒なのだが。

「降りるのか?」

「もちろんです」

「撃たれないように気を付けな」

「私の顔くらい憶えてくれていると思いますよ」

「中身が離脱派に入れ替わってるかもしれんのだぜ」

 ダーニャが少しばかり驚きの表情を見せた。言っているうちに、警備員の一人が近付いてきて、ドアをノックする。

「よかった。知っている人です」

 ダーニャが笑顔になって、窓から顔を覗かせる。警備員の表情が変わった。ダーニャがドアを開く。

「レディー・ダーニャ! これは一体どうしたことです!?」

 ドアの外から警備員が叫ぶ。ダーニャは出口に立ち塞がり、彼らの侵入を食い止めているように見える。

「バハマから戻ってくる飛行機がなくて、仕方なかったのです。リンディーも一緒です。他の二人は協力者です」

「とにかく、お話を伺うので降りて下さい」

 ダーニャが降りる。間髪を入れず、もう一人の警備員がドアから身を乗り入れて俺たちに銃を向けた。犯罪者扱いだなあ。確かに、政府関連敷地への不法侵入だから、見事な犯罪者だよ。

 怯えきった表情のリンディーが連れ出される。俺は当然、さっきから頭の後ろで手を組んで突っ立ったままだ。銃を向けられたらこうするのが当たり前だからな、合衆国では。

 しかし、イライザは落ちついた表情で操縦席コックピットに座ったままだ。100万ドル頂いたのですから、これくらいの仕打ちは我慢しますわ、とでも言いたいのかもしれない。

 飛行機を降り、大勢の警備員に囲まれたまま屋敷に連れて行かれ、警備控え室と思われるような狭い一室に閉じ込められた。イライザは別の部屋に連れて行かれたようだ。なぜ引き離されるのだろう。俺が怪しく見えるからか。

 銃こそ向けられていないが、入口のドアの前には警備員が立って、俺を監視している。飲み物の一杯も出してくれないようだ。喉は渇いてないから別にいいけど。

 こうなった経緯については、ダーニャが話をすれば済むことだから、せいぜい30分くらい待てばいいかな、と思ったが、1時間経っても何事も起こらない。仕方がないので、その間に部屋の中を観察しておく。ターゲットのヒントがあるかもしれない、と思ったのだが、本当に殺風景で何もない。

 敷地内、館内のカメラ映像監視装置と、保安装置らしき電源盤、それに机とデスクトップのコンピューターがいくつか。壁に貼ってあるポスターや予定表や警備規定を書いた注意書きの類を全部読んだが、ヒントになりそうなことは何もなかった。せいぜい、単語の綴りが英国式ブリティッシュだと気付いたくらいだ。

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