#10:第5日 (10) 契約更改
では、バーミージャに着いて、新たなキーパーソンを探すのか。誰に会うことが考えられる?
とりあえず、総督には会えるだろう。彼から情報を聞き出す? たぶん、そんなところかな。今まではダーニャを助けてバーミージャへ行くことがミッションで、ここからはバーミージャで情報を集めることがミッションということかもしれない。
もちろん、今まで集めた情報とバーミージャで集める情報を、合わせて考える必要がある。ただし、今までに集めた情報は、過去のステージに比べて格段に少ないような気がするけど。
バーミージャのことを、もっとダーニャに訊くべきだったかな。しかし、俺がバーミージャに必要以上に興味を持っていると思われても困る。それをつまり、ダーニャに興味を持っていると思われると……ドアにノックが。誰だ? 考えられるのは二人だが。
ベッドから起きて、ドアを開けるとダーニャだった。まだ着替えてもいない。
「部屋に入れてくれませんか。寝る前に、少しだけ話をしたいのです」
応接セットのソファーに案内する。慎ましく座ったダーニャは、無理に笑顔を作っているように見える。
「大役を果たしたのに、元気がないな」
「大役を果たして、気が抜けたのでしょう。ここからはもう、私にできることはありませんから」
「無事に帰国することも役目の一つだと思うよ」
「いいえ、それは予定していなかったのです。総督は信書を届けた後で、その国に滞在しろとも帰国しろとも言いませんでした」
保護を求めに来たと言っていたはずだが、それは帰国するのが危険なら滞在しろということじゃないのかなあ。
「しかし、帰れるものなら帰りたいだろう?」
「もちろんです。私だけが安全なままでいるなんて、堪えられません」
「大丈夫だよ。イライザを信用すれば、必ず送り届けてくれるさ」
「はい、信用します。もちろん、あなたにも感謝します」
金のことか。元気がないのは、負い目を作ってしまったから? まさか、身体で払うとか言うんじゃないだろうな。そういう決意をした目には見えないけど。
「君の姉さんたちも、バーミージャに帰ろうとしているのかな」
「姉たちなら、必ずそう考えるでしょう。私以上に国を思う気持ちが強いですし、象徴としての役割も大きいのです」
象徴? 何のことだ。
「それは提督の名代として、いろんなイヴェントや儀式に参加することが多いから?」
「はい、その分、国民への露出も多くて、慕われています」
はあ、姉さんたちも、儀式をするのか。裸で。いったい何の儀式なんだよ。いや、余計なことを考えたらダーニャの裸を思い出してしまった。いかんいかん。
「国民は君のことも慕ってくれているだろうから、君が無事な姿を見せるのは大事なことだと思うよ」
「もちろん、そう思っています」
「道中で何かあれば、俺が君を守るから」
「感謝します。今から守ってくれることは可能ですか?」
「君の部屋のドアの前で見張りをするのか?」
「私をこの部屋で寝かせて欲しいのです」
それは身を守れるけど、純潔を守れない可能性があるぞ。解ってるのか。
「それはシェーラに
俺が言うと、ダーニャは悲しそうな目で瞬きをした。涙が滲みそうになったのかもしれない。
「……あなたの言うとおりです。私の気が弱すぎました」
シェーラは今頃、高等弁務官事務所でダーニャのことを心配しているだろう。無人島での取り乱しようを見れば、容易に想像できる。そのシェーラに大役を割り当てて、一人寂しく心狂おしい思いをさせているのに、ダーニャだけが男のそばで安眠していいはずがない。
「どうしても寂しくて寝られないのなら、ドアの前で座っていてやるよ」
「いえ、もう大丈夫です。落ち着きました。お休みなさい」
ダーニャと共に俺も立ちながら、軽く肩を抱いて、ドアを開けてやる。ダーニャの部屋の前まで送り、跪いて騎士の礼をして見せた。ダーニャが力なく微笑む。寂しくないという精一杯の意思表示だったろう。
自分の部屋に戻り、さっきの続きを考えようとしていると、またノックがあった。今度は誰だ。いや、きっともう一人の方だよな。ドアを開けると、サブリナが艶っぽい笑顔で立っていた。風呂上がりの濡れ髪。ゆるゆるのTシャツにドルフィン・ショーツ。ブラジャーを着けてないのは間違いなし。夜這いにはまだ時間が早すぎるぞ。
「明日の朝であなたとお別れになりそうだから、ちょっと話がしたくって」
俺がバハマに戻ってこないと思ってるのか。たぶん、そのとおりだけどな。入れてとも言わず、ドアを押し開けて入ってきた。危険を感じるから、このままドアを開けといてやろうか。いや、閉めるなって。
「ナッソーへ戻ってきたら、あなたといろんなことをして遊ぶつもりだったのに、時間がなくて残念だわ」
今朝の話の続きかよ。また話を逸らさないとな。
「それより、銀貨の価値が思ったより低そうで残念だな」
「ああ、そんなことはいいのよ。一財産ってわけにはいかなかったけど、当面の運転資金になるわ。それに、あなたから100万ドルも入るし」
だから、あれはイライザの金だろ。
「いいことばかりで良かったな」
「とにかく、あなたに感謝の気持ちを伝えたいのよ」
「もう十分受け取ったと思うよ」
「イライザはこの邸宅と料理であなたをもてなしたけど、私はまだだわ」
「車を運転してくれたり、一緒に観光してくれたり」
「それだけでいいの? 遠慮しなくていいのよ」
身体を押し付けてくるなよ。勝手に反応するだろ。
「明日の朝は早く出発するから、そろそろ寝て体調を整えないと」
「じゃあ、深く眠れるようにしてあげるわ」
「どうするんだ?」
「寝る前に気持ちのいいことをすれば……」
ドアに激しいノックの音。ああ、それだけで誰か判る。加えて「ブリー! いるんでしょう? 出てきなさい!」とヒステリックな声。隣の部屋のダーニャがそろそろ寝ようとしているところなのに、何をやってくれるんだか。
「ドアを開けるわよ?」
どうぞ。俺は開けておこうと思ったけど、サブリナが閉めたんだ。サブリナはソファーの上で横に飛び退いて、俺の身体と間を作った。そんなことでごまかしきれるかよ。ホリーが遠慮なくドアを開け、俺のことを睨む。サブリナを呼びに来たんじゃないのか。
「ブリー、例の件で今から相談するわ。すぐに来て」
「もうちょっと後にしてくれないかしら。あなたのシャワーの後で」
シャワーの間に終わるようなことだったのか?
「もう浴びたわ! 明日はあなたも早起きしなきゃならないんだから、時間がないの。早く来て」
「ああ、仕方ないわね。じゃあ、アーティー、また後で来るわ」
いや、来なくていいよ。夜中にノックしても無視するから。しかしサブリナがぐずぐずしてなかなかソファーを立とうとしないので、ホリーが部屋に踏み込んできた。サブリナが慌てて立ち上がると、ホリーはその手を引いて出て行った。
「
ドアを閉める間際にサブリナが曖昧な笑顔で言った。今朝と同じだよ、これじゃあ。また考えを中断されたが、続きをする気になれない。これ以上は明日になってからにするか。
楽な服に着替えて寝ようとすると、またドアにノックが。いや、もう来客は予定してないんだけど、誰? ドアを開けると、イライザだった。意外。ネグリジェ姿だが、サブリナと違ってそれほどアピールはしていない。
「ほんの少しだけ、お話をよろしいかしら?」
何だ、金の件か。とりあえず部屋に入れ、ソファーを勧める。イライザの手にはカップ。この匂いはココアだよな。今度は安眠のため?
「あなたの契約のことを調べさせてもらいました」
「サブリナには言ったが、契約は
「ええ、それは構いませんわ。私が調べた限りでは、昨シーズンは単年で、200万ドルでした」
ああ、やっぱりそうなのか。それをぜんぶもぎ取ろうとしたんだな。いや、別にいいんだけどさ。
「大丈夫だよ。100万ドルは返ってくるんだから」
「私の知り合いに、プロ・スポーツの
「それはどういう?」
何か、話がかみあってない気がするな。
「あなたが次のシーズンで、どれくらいの契約ができそうかということです」
フットボーラーの
「それで?」
「単年で3000万ドル、
いや、単年なんてあり得ない。複数年が基本で、5年で2億ドルにはなるって。時代の差か? それはともかく、その金額が判ったとして、何があるんだ?
「君との契約金を、もっと高くすればよかったと思ってる?」
「いいえ、まだ入らないお金には期待しませんわ。ただ、一言だけ注意を差し上げようと思って」
「何を?」
「サブリナやホリーには、そのことを漏らさない方がよいでしょう」
「目の色が変わると」
「ええ、それで友情が壊れるかもしれませんから」
そうかなあ。もっと違うことを心配しているような気がするけど。
「君もそれで友人を失ったんだったな」
「彼女たちともうしばらくお付き合いを続けたいと思ってますから」
でも、君だけ100万ドルを手にすると、友情が壊れるかもしれんよ。それとも3人で仲良く配分するつもりなのか。
「俺は言うつもりはないし、君も気を付けてくれたらいいよ」
「もちろん、そのつもりです。お休み前に、お邪魔しましたわ」
「どういたしまして。じゃあ、明日はよろしく頼む」
「もちろんですわ。お休みなさいませ」
イライザは優雅に去っていった。サブリナのように態度があからさまでないのはありがたいが、何を考えているか今一つ解らないところに、怖さを感じないでもない。
とにかく、もう寝よう。もちろん、錠はしっかりと掛けておく。サブリナに夜這いされないように。
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