#9:第7日 (11) それぞれの役割

「一応、調べは一通り終わりました」

 警備詰所の一角で、ワテレ主任が穏やかな声で言った。隣にはブロンダン主任、カロリーヌ、ミレーヌ、そしてどういうわけかロキサーヌまでいる。

「結局、あの小柄な女性が一人でカウンティングをしていたのです。ポータブルのゲーム機を使ってたんですよ。画面はカー・レースのゲームに似せているんですが、隠しカメラで認識したカードの数字が次々に画面に現れて、そう、ちょうど道路脇の標識のような感じでですね。それを見てカウンティングして、ヒット・オア・スタンドをテーブルに指示していたんです。画面上の車を操作する要領で」

 アクセルがヒット、ブレーキがスタンド、ギア操作がテーブルの選択、ステアリング操作がプレイヤーの選択という要領。八つのテーブルのカードを同時にカウンティングできて、各テーブル7人に指示を伝えられるようになっていた。合計56人分!

「数字に関する天才とでも言うんでしょうかなあ。チェスのグランド・マスターが多面指しをするように、全ての数字の流れを憶えてるってんですからねえ。ああ、個々人でカウンティングをしていた者もいましたが、それはやはり陽動の一環だったようです。まあ、そちらも少なからぬ儲けを出されてしまいましたがね」

 この計画自体も彼女――ジジ・ウェルズという名前――が考えたもので、最初はこんな大規模にやるつもりでなかったらしい。警備員の質問にも、黙秘したりせず、すらすらと答えたそうだ。

「最初は彼女と、その友達数人で来るつもりだったらしいんです。友達がブラックジャックのテーブルに座って、彼女は同じフロア内の、おおかたスロット・マシンの席にでもさりげなく座って、そこでカウンティングをして、ちょいと儲けるだけの予定で。月曜日から来て、しかもその日と次の日くらいカジノで遊んで、あとは観光してボストンへ帰ろうと。しかし、そういう計画が学内でひそかな噂になっているうちに、昔のカウンティング・チームの連中が声をかけてきた。斬新なアイデアだし、もっと大規模にやろうじゃないか、ということだったらしいです」

 彼女は社交的な方ではないらしく、最初は渋っていたものの、プログラミングに詳しい連中と“ゲーム”の機能をアップさせる相談をしたりしているうちにやる気になってきたそうだ。火曜日にカジノの偵察がてらやって来て、階段のところに座って――そういえば俺もあそこでゲームをしている客を見たが、それが彼女とは全く気付いてなかった――通信のテストをしたりしていたのだが、それをハロルドに見つかってしまったらしい。もちろん、最初はカジノの責任者に突き出すと言って脅され、見逃してやるためには交換条件を呑めと言ってきた。

「その交換条件というのが、レースのテレメトリー通信を乗っ取る、というものだったそうです。車から送られてくるのとは違う情報をピット側に見せて、それで判断を間違わせて、レースの順位を操作しようとしたらしいです。もっとも、詳しいことは彼女たちカウンティング・チームには教えてくれず、カジノのスタッフを協力者に引き込んで、e-betで一儲けしようとしていたようです。何ともお恥ずかしい話だが、その協力者というのはどうも逃亡してしまったらしい。とにかく、引き続き調査中です」

 奴も何らかの“催眠術”を使って、カジノ従業員に言うことを聞かせたのだろう。マルーシャが、奴の動向に注意してと言ったのは、どうやらそのことだったらしい。しかし、俺は何もできなかった。

 ジャンヌはきっと燃料の残量を操作されたのだろう。ピット・ストップで燃料補給するときは、車を少しでも軽くするために最低限の量だけしか補給しないが、実際の燃費よりも少なめの値をピットに伝えるようにすれば、補給量も少なめにするはず。それが最終ラップで燃料が足りなくなる原因となったのに違いない。

 もしかしたら、奴はジャンヌがリタイヤする方に賭けていたのかもしれない。しかし、競争者コンテスタントであるにもかかわらず、ステージ内のイヴェントであるカウンティングやレースの賭けに関わって儲けようとするなんて、根っからのギャンブラーだな。ターゲット探しよりもそっちの方を真剣にやってたんじゃないか。

「彼女が、マーゴに向かってイカサマと言ったのは?」

「確率的にあり得ないようなカードのディールがずっと続いたので、思わず切れてしまったようですな。映像で確認しましたが、確かにずいぶんと偏った順でカードが配られていたものの、イカサマではなかったです。カードの数も合っていましたしね。それに、彼女が切れた要因には、あなたも一役買っているのですよ。アクセス・ポイントや中継器リピーターをたくさん発見して下さったでしょう? 確か、全部で八つでしたかな」

 それで半分以上摘発したようだ。そのせいで通信が頻繁に途切れるので、彼女のいらだちが募っていたらしい。通信にちょうどいい場所を警備員や不正規隊が見張っているので、チームはそれをかいくぐりながら中継器リピーターを設置しようとするのだが、やはりそれでは十分な通信時間が確保できなくなっていた……

「とにかく、中継器リピーターは固定されず、誰かが持ち歩いていると見破ったのはあなたの慧眼でしたなあ。カウンティング・チームも、囮の機器をたくさん置いていたので、まさかそんなにすぐ見破られて摘発されるとは思っていなかったようです」

 どうして思い付いたのか、俺自身にもよく解らないよ。“俺が書いた”論文に、似たような事例はなかったのにな。きっとマルーシャがテレパシーで伝えてきたんだぜ。

「それより、よく証拠を隠滅されなかったな。ゲームなんて、アンインストールしてしまえばよかったんだし、自前のアクセス・ポイントを使ってるんだから通信の記録だって残らないのに」

「ああ、それについては“不正規隊”を褒めてやって下さい。あなたがカウンティング担当を追いかけていった直後に、彼女たちがそのテーブルに不審なものを感じて、ゲーム機を確保したり、テーブルに着いていた他の者が逃げ出さないよう見張ったりしていたんです。周りのお客様がたは彼女たちの衣装を見て、何が起こったのかと混乱していたようですがね」

 その際、ロキサーヌがゲーム機を確保して内容を保全、ミレーヌが他の二人に見張りの指揮をしたそうだ。ディーラーはテーブルでイカサマがあったと感じたとき、テーブルの状態を保全して警備員を呼ぶそうで、彼女たちはそれを今回も忠実に応用したわけだ。

 ロキサーヌを褒めてやると謙遜していたが、ミレーヌは「これもアーティー主任に教育して頂いたおかげです!」とよく解らないことを言って嬉しがっている。寝不足で頭が朦朧としているのかもしれない。

 それでも、とにかくよくやった。アクセス・ポイントを見つけ出したのは、俺じゃなくて“不正規隊”の手柄だからな。カロリーヌは最後まで手伝えなかったことを残念がっていた。他の4人やフィー・バークにも協力してくれたことを感謝していると伝えてくれ、とワテレ主任に言っておいた。

「ところで、マーゴはこの件については何と?」

「さあ、それなんですがね」

 マーゴのことが全く出てこないのでさっきからうずうずしていた。ようやく訊くことができたのだが、ワテレ主任は困ったという表情になって、ブロンダン主任を見た。ブロンダン主任は軽く咳払いをしてから、これも困ったという表情で話し出す。

「彼女には、カウンティング・チームの後で話を訊くことになっていたのですが、ちょっと手洗いに行きたいと言って出て行ったまま、戻って来なかったのです。後でカジノ中を探しましたが姿が見えず、ロッカーにも荷物が置き去りのままでして……」

「姿が見えないって……カジノを出て行くところを、誰も見てないのか?」

「はあ、受付係は見ておりませんでした。もっとも、他の日でも彼女が退勤するところをを見た者は誰もいないのですよ。地下の駐車場を使えば人目に付かず出入りできますからね」

 そりゃ、彼女はこれまでほぼ毎日、カジノの関係者に夕食へ連れて行かれたから、帰るところを誰にも見られてないのは当然だろうよ。

「今日は最後の出勤日だから、部長ディレクトールのところへ報告に行くと言っていたが……」

「グルドン部長はカウンティングの件で緊急出勤しましたが、彼女のところには来ていません。ボワイエ副部長のところにもです。とにかく、どこにもいないのですよ。携帯端末ガジェットはもちろん、電話を架けてもつながらない。しかし、先ほども言ったとおり荷物は置いたままですので、急用でどこかへ行って、戻って来るつもりがあるのかもしれませんが……」

 あるいは、何者かに拉致されたか。俺に何度も警告文を送ってきた奴の仕業だろうか。彼女のここでの仕事は終わったと判断し、無理矢理連れて行ってしまったのだろうか?

 今日はわざと会話もせず、メッセージのやりとりすらしなかったが、昨日の控え室で会話を盗聴されていたという可能性はある。今日も視線を感じていないか、というだけでもメッセージをもらっておけばよかった。心配だが、あてもなく探すわけにもいかない。

 そもそも、彼女を拉致して何になるかといえば、よく判らない。カジノから身代金を取れるわけでもなし、俺からもまた然り。要求されればいくらでも払うと思うけれども。その他に、彼女を慰み者にする、という恐ろしい可能性が残っているが、そんなことになったら俺はどうしたらいいのか解らない。はっきり言って、どうにもできないけど!

「ところで、君たちはこれからどうするんだ?」

 ミレーヌとロキサーヌに訊く。ミレーヌは今にも落ちそうなほど眠たげな目をしている。

「えーと、私は……これから、宿泊室に戻って寝ます。12時までは寝ていていいって言われたので」

「警備員の3人は、昼間に頑張ってくれましたので、今夜は特別です。12時から後も、疲れているようなら休んでいいと言ってあります。まあ、日曜日の晩はそれほど忙しくないですからな」

 ワテレ主任が補足してくれた。夜の主任とも連絡ができているのだろう。

「アーティー副主任スー・シェフはもう帰っちゃうんですよねえ。もっと一緒にお仕事がしたかったですう」

「ミレーヌ、今日の昼はよく頑張ってくれたよ。カロリーヌ、君もだ」

「ありがとうございます。もっと副主任スー・シェフとお話がしたかったです」

「ロキサーヌ、君にも礼を言うよ。この後はどうするんだ?」

「私はキャバレーの楽屋を一つ借りて、仮眠しようと思います。休憩用の仮設ベッドが置かれている部屋があるので……」

 何だと? そんな部屋があるとは知らなかった。それなら、女と相部屋の宿泊室なんかではなく、そこに泊まらせてくれればよかったのに。

 ともかく、二人の主任と別れの握手をする。それから「一緒にお仕事ができて本当に嬉しかったです」と名残惜しそうに言う三人の美少女とベクを交わして、詰所を出た。

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