#9:第7日 (5) サイバー・パンク・エンジニア

 ランスタンを出て、1階までエヴィーを見送り――事業部が1階にあるなんてこの時初めて知ったのだが――、それからロキサーヌに“秘密作戦”のことを話す。予想どおり、大乗り気だった。これほど嬉しそうな表情は初めて見た気がする。

 そのロキサーヌを連れて控室に行くと、既に6人が集まっていた。カロリーヌとミレーヌ、ペリーヌにティファ、そしてカロリーヌが連れてきた二人も女だった。どうして女ばかりになるんだよ。

 しかも、全員20歳そこそこで、容姿も似たり寄ったり……とまではいかないが、人種がフランス系カナダ人に偏りすぎだ。少なくとも、合衆国の映画でこんな配役を企画したら、プロデューサーからクレームが入るのは間違いない。

 おまけに全員“美少女”なものだから、ホームズのベイカー街不正規隊と違って、明らかに目立ち過ぎる。ただ、本当に潜入捜査をするわけでもないし、どこかの大学の友人どうしが休暇で遊びに来た、とかに見えなくもないから、ダメ出しディスアプルーヴするほどでもない。

 とりあえず7人をソファーに座らせ、今日の“秘密作戦”について説明する。要は、カウンティング・チームによって事前に賭場の中に仕掛けられているであろう“ある物”を見つけ出すのだが、大きさも形も判っていない上に、あちこち覗き込んでいたら、“探していること”がカウンティング・チームにバレてしまう。

 バレること自体は想定内なのだが、他の客に何かしらの不信感を与えてしまうのもよくない。だから探す方法については警備部が協力してくれるはずなのだが、などと言っていると、ドアにノックがあった。ミレーヌに応対させる。

「あら、フィー、あなただったの!」

 親しげな声が聞こえたが、入ってきたのはサイバー・パンクよろしくショート・ヘアを右半分だけ蛍光ネオングリーンに染め、怪しげな形をしたグリーンのゴーグルを掛けた……えーと、女だよな、あまりにもハンサムな顔立ちで、黒の“つなぎボイラー・スーツ”の胸の大きさも目立たなかったんで、背の低い男かと思ったぜ。

「アーティー副主任スー・シェフ、サーヴェイランス・チームのフィー・バークよ」

 ミレーヌはフィーと呼ばれたその女に俺のことを紹介したが、フィーはゴーグルの奥からじっと俺を睨みつけ、おもむろにゴーグルを額にずらしてからも、睨み続けている。俺に視線で対抗するのはやめた方がいいと思うぞ。下手をすると催眠術にかかるんだから。

いかさない男ねレイム・ガイ

 挨拶代わりにそれかよ。とはいえ、俺の本当の価値を見定めてくれた女は君が初めてだから、別にいいけどさ。低くてハスキーな声にも痺れるね。

「まあ、フィー! そんなこと言わなくても……」

「主任に相談されてAPPアプ作ってきたから、携帯端末ガジェット出して」

 無愛想な表情で言って、俺の前に手を差し出す。ロキサーヌが羨ましがりそうな、細くて長い指だ。爪は短く切ってある。

「必要なのは俺じゃない、ここにいる7人だ。ただ、彼女たちが携帯端末ガジェットを持って歩くとカジノの関係者だってバレちまうんで、携帯電話スマートフォン用に変えられないか?」

「そんなの聞いてないわよ」

「できるのか、できないのか」

「できるに決まってるでしょ。時間かかるけど」

「どれくらい?」

「15分」

 フィーは化粧台の前に座り、肩に掛けていた鞄の中から大きめのタブレットを取り出すと、画面をすごい勢いでタップし始めた。言語は何を使ってるのか、携帯電話スマートフォンのOSは何を想定しているのか、色々と気になるところだが、黙って見ておくことにする。が、質問しなければならないこともある。

「電波の強度とか方向とかも判る?」

「当たり前でしょ」

「近くの同一APPアプと通信して情報共有は」

「できるわよ。いちいち口出さないで」

 頭の良さを同レヴェルだと思わないで欲しい、という自負のようなものが感じられる。頼もしいことだ。

 フィーがAPPアプを作り替えている間に、7人に向かって、これを使って“ある物”をどのように見つけ出すかを説明する。基本的には2人で組になって、“ある物”に対して強度が同じ、方向が逆になる位置を見つけ出し、後はその方向に向かって歩いて行く。そうすると2人が出会うところにその物があるという寸法だ。

 ただし、この場にいる“諜報部員”たちは7人で、ペアにすると一人余る。俺が代わりを務めようかとも思っていたが、ちょうど今一人“来てくれた”ので、彼女も引っ張り込むことにしよう。もっとも、言うことを聞かせるには、ちょいとやっかいな人物でありそうだが。

「できたから、一人ずつ携帯電話スマートフォン持って来て」

 14分30秒か。宣言どおりだな。ミレーヌに頷いて見せると、隣のペリーヌから順番にフィーの所へ行くように指示している。気分はすっかり隊長だ。

 最後にミレーヌ自身が行ってAPPアプをインストールしてもらうと、フィーはタブレットを鞄にしまって帰ろうとするので、それを呼び止める。不機嫌そうな顔をして俺のことを睨んでいるが、やめておけと言いたい。催眠術にかかるから。

「使い方を簡単に説明してもらおうか。この部屋ではどこにある?」

「鏡の上」

 見上げると、化粧台のちょうど真ん中辺りの壁と天井の間に、チョコレート・バーくらいの大きさの白い箱が取り付けてある。鞄に入れたタブレットをもう一度出させ、APPアプを起動すると、レーダー・モニターのような同心円状の画面に“ある物”の位置が示された。走査スキャンをしているわけでもないのに走査線が回っているのは、彼女の趣味によるものだと思われる。部分的にスティーム・パンク・サイバーであるらしい。

「距離まで判るのか?」

「それは電波強度から計算した概算値。正確な距離とはメートル単位の誤差があるわ」

 なるほど、画面上に距離の指標がない理由が解った。タブレットを持って近付くと“ある物”を示す点の色が赤っぽく変わる。

「もっと近付くと?」

「あたしに化粧台の上に昇れっての?」

「持ち上げようか?」

「あたしの身体に触るつもり? そんなことしたら許さないわよ。だいたい、どうしてわざわざ近付いて見せなきゃいけないのよ。赤の色が濃くなるって説明するだけで十分じゃないのよ」

「解った、じゃあ、次の質問。ターゲットの名前を表示できないか?」

「そんなことしたら画面が文字で埋め尽くされちゃうわよ。賭場にいくつ設置されてると思ってんの」

「館内の正規の物以外の場合だけ表示されればいいんだ」

「はあ? どういうこと?」

 そうか、伝わってなかったのか。ブロンダン主任はその手のことは苦手だと言っていたからな。改めて、フィーに目的と背景を説明する。表情が少し変わる。面白そうと思ったのに、わざとつまらなそうにしているのではないかと思う。

「それなら、距離もちゃんと計測してマッピングする方がいいかも。ああ、でも、電波を1種類だけに限定してると無理ね。じゃあ、正規の物は位置が判ってるから、それとの関係で三点測量して……何とかできそうだわ。いいロジック考えるから、3時間くらい待って」

「そんなに待てんよ。さっきのAPPアプに、俺が言った機能だけ付け加えてくれればいいんだ。15分でやってくれ」

「それでいいの? つまんないわね」

 本音が出た。しまったというような微妙な顔をしているのが面白い。

「それから、この後、ターゲットの捜索もするけど、君も手伝ってくれないか?」

「はあ? どうしてあたしが」

「もちろん、無理にとは言わないが……しかし、この件で何か相談があるたびに、いちいち持ち場を離れて、来てもらうのも面倒だろうし」

「相談なんて、メッセージ飛ばせばいいじゃない」

「傍受されてるかもしれないんだ。それに、直接話した方が今みたいに解りやすいだろ」

「あたしだって他の仕事あんのよ。非番の警備員かディーラーにでも頼んでよ」

「今すぐ集められるのはこれだけなんだ。しかもこれから2時間ほどで何とかしなきゃならないんだよ。もちろん、君の助けがなくても、何とかするつもりではいるがね。ただ、君だってサーヴェイランス・チームとして、カウンティングの連中が何をやってくるか、興味がないわけではないだろうし、できれば奴らの上を行きたいとも思ってるだろうし。とはいえ、君がAPPアプを作ってくれただけでも十分にありがたくて、これ以上は頼り過ぎということになるのかもしれないが……」

 パンクに協力してもらうには強制やおだてよりも、困っている人を助けたいと思わせる、いわゆる義勇的ヴォランティア精神に訴えるのが一番だと聞いたことがあるが、いかがであるか。

「……この服で、賭場に出ちゃいけないって言われてるんだけど」

 皮肉っぽい表情ながらも、少し笑顔が見えた。よし、もう一押し。

「ああ、それは問題ない。ここのキャバレーの楽屋には色んな服が揃ってるから、賭場のドレス・コードに合っていて、しかも君の気に入る服だって見つかるだろう。そこは俺が何とかするから」

「……昼までしか、無理ね」

「それで十分だよ。本当にありがたい。じゃあ、APPアプに機能追加してもらって、さっそく作業を始めることにしよう」

 わざとらしいため息を吐きながら化粧台に座るフィーを見届けてから、ミレーヌたちの方を振り返る。今回の場合は賞賛の眼差しを浴びるのも悪くない気分だ。

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