ステージ#8:終了
#8:バックステージ
「
どうぞ。とにかくこの最終日は疲れすぎて、頭まで麻痺したようになっている。ただし体力のことは全く気にならない。何しろ、身体の感覚が全てなくなっているので、脚が疲れたとか股間が萎えたとか、そういうのも全く感じない。どうせ精密検査をやるのなら、頭の中まですっきりとさせて欲しいものだ。
「今回のステージでは訪問場所に関する調査は十分だったが、キー・パーソンズその他の人物から得た情報が少なかった。最低限の情報は得ていたものの、会話を多くすることにより、更に情報が集められることに留意すべきである。なお、本指摘は、
まさかの高評価。しかし、全く喜べない。特に、会話を減らそうとしていたのがバレているのは痛いな。でも、あれはステファンがしゃべりすぎるからだったんだけど。
「先ほどのステージに対する質問を受け付けます」
「ビッティー、君は最終日の俺の行動を全て把握しているか?」
「概略についてのみ把握しています」
概略のレヴェルが気になる。例えばデボラやセシルがあれをしたとか何をしてないとかを知ってるだけなのか、それともその中身まで知っているのか。
「俺の行動に不適切なところがあったという指摘は?」
「特にありません」
「例えば、その、ターゲットを巡って他の
「ありません」
「じゃあ、ヴァケイション中の
「ありません」
そうか、あんなことをしても何も指摘されないのか。この仮想世界の行動倫理の基準がよく判らないが、俺が気にしすぎるだけなのだろうか。それとも、ああいう行動が推奨される世界なのか? だとしても、
「俺の行動を監視している奴というのは、全ての行動じゃなくて、ターゲットに関する特定の行動だけを監視しているのか?」
「お答えできません」
どの程度のプライヴァシーが守られているのかを知りたかったのだが、答えてもらえないのは当然だろうな。特定の場所に近付いたときや、特定の人物に会っているときはまず間違いなく監視されているだろうが、シャワーを浴びているときや寝ているときはどうかということくらいは知りたかった。もちろん、その他にも見られたくないときはたくさんあるけれど。
「他に質問はありますでしょうか」
「俺の目の虹彩パターンに催眠効果があるというのは本当?」
全てが終わった後、デボラは確かにそう言った。しかし、好きになった理由はそれとは直接は関係なくて、「経験が浅そうだから」。どうやって判ったのかは不明。同じように経験が浅くても、少年は好みでないらしい。経験が浅いのは認めるけど、もてあそばれるのは嫌だ。と言っても
「真偽不明です」
ビッティーが一瞬でも言い淀むかと思ったが、即答だった。彼女は恐らく人工知能だから、言い淀むなんていう人間っぽい心理状態が発生するわけがないよな。
「仮想世界に俺を引っ張り込んで、監視するために、俺の身体にセンサーか何かを埋め込んだんじゃないかと思ってるんだが、そんなことはないと言うんだな?」
「ありません。
適格者だと? つまり、誰でも仮想世界に引っ張り込めるわけじゃないってことか。その適格性はどうやって判ったんだろうな。DNAでもチェックするのかね。
「要するに、俺の目は現実世界にいたときと同じだと」
「はい」
ビッティーが本当のことを言っているという保証はないが、嘘だとしても言わせているのはクリエイターのはずだ。この件については、どうせ本当のことは誰も教えてくれないだろうな。デボラが言ったこともあながち嘘とは思えないが、もし本当なら、もっと女にもててもいいはずだしなあ。中年婦人たちは俺に興味を持った様子はなかったし、スザンヌだってそうだ。
催眠というのはかかりやすい奴とそうでない奴がいるというのは知ってるが、今回はデボラとセシルにしか効果がなかったじゃないか。それにしてもデボラは子供っぽい顔をしてるのに、腰の動きはセシルよりも遙かに、いや、それはどうでもいいとして。
「他に質問はありますでしょうか」
「ステファンは将来、有名なデザイナーになるのか?」
「お答えできません」
「その他の学生は?」
「お答えできません」
そういえば今回深く関わったキー・パーソンはステファンだけだな。会話が少なかった、というクリエイターの指摘は当たっているわけだ。
「ミシェルは将来、自転車レーサーになれそうか?」
「お答えできません」
「
「お答えできません」
うーむ、関わった人間が少なすぎるから、余計な質問も少ない。本当に、これでよくターゲットにたどり着けたな。次は本当に気を付けよう。
「よし、次に行こうか」
「了解しました。アーティー・ナイトは第9ステージに移ります。ターゲットは“パスポート”、
「また回数制限があるのか」
「申し訳ありませんが、ルールですのでご了承願います」
「せめて君がアヴァターで出てきてくれると嬉しいんだがな」
「申し訳ありませんが、アヴァターは今回使用しませんのでご了承願います。通信に際しては、指定の時刻に、指定の場所において、腕時計に向かって呼びかけて下さい。ターゲットを獲得したら、腕時計にかざして下さい。真のターゲットであることが確認できた場合、ゲートの位置を案内します。指定された時間内に、ゲートを通ってステージを退出してください。退出の際、ターゲットを確保している場合は宣言してください」
ターゲットは“パスポート”ね。有名人か、歴史的に価値のあるパスポートでも盗むのかな。前回のように、本当に価値があるのかよく判らないターゲットはやめて欲しいんだけど。映画の中の怪盗が狙うような、これこそ
「なお、先のステージで確保したターゲットは、腕時計に格納されます。アーティー・ナイトが確保したターゲットはシアン。文字盤の5の数字をシアンに変更しますので、ステージ開始後に確認願います。装備の変更は、金銭の補充以外、特にありません。前のステージであなたが入手した装備は継続して保持できます。ステージ開始のための全ての準備が整いました。次のステージに関する質問を受け付けます」
「前のステージで、スーツ・ケースとは別に衣類をロジスティクス・センターに送付したが、あれはどんな状態で届く?」
「送付したときの状態です。ホテル側で箱詰めしたものが届きます」
やっぱりそうか。全部スーツ・ケースに詰め込んでくれるなんてことはないんだな。仕方ない、ホテルで荷物整理をするか。
「次のステージの難易度もやっぱり高いのかな」
「はい」
「次のステージにも女の
「お答えできません」
「OK、以上だ……いや、待て、まだあった。次のステージでの俺の肩書きは何だ?」
前のステージでも俺の肩書きは“財団の研究員”だった。あれはヴァケイション・ステージ限定かと思っていたが、まさか、今までもずっとそうだった、とか言うんじゃないだろうな。だとしても、世界的に貢献とかいう割に一般人への知名度は低そうだし、ホテルのいい部屋に泊まれるという意外に利点が見当たらない。
「特にご指定がなければ、これまで同様に“財団の研究員”が適用されます」
これまで同様に……って、やっぱりずっとそうだったのかよ!
「チュートリアルのステージからその肩書きだったのか?」
「はい」
「そんなことは聞いてないし、頭の中の知識にも追加されていないようだが」
「はい、IDカードに記載されている情報以上のことは、通常のステージでは使用しませんので」
IDカードだと?
「あれ、クレジット・カードじゃなかったのか?」
「兼用です。クレジット機能は基本的に無制限に利用できますが、ステージの時代が古い場合は受け容れられないこともあります」
「顔写真も付いてないのにIDカードか」
「ステージの時代によっては生体認証機能が利用できますので、顔写真よりも信用度が高くなります」
それは確かにそうだし、今までの経験で、古い時代だとカードの信用度が低い理由が解ったような気がする。
「で、俺が指定すれば、別の肩書きが使えるのか?」
「はい、今回の場合ですと、財団の研究員、現実世界での肩書き、またはNFLプレイヤーの三つから選択できます」
「NFLプレイヤーって、どのチームだよ?」
「あなたがご存じのチームを、いずれでも指定できます。今回の時代に存在しないチームでも選択可能です」
「ゲーム内の世界観で、そのチームが存在することになるってことか」
「そのとおりです」
ふん、それは面白いな。どこのチームにしようか。やっぱりマイアミ・ドルフィンズだろうな。ドルフィンズのファンだからフロリダに行きたくて、マイアミ大に入ったようなものだからなあ。あのアクア・グリーンに、アクセントのオレンジの組み合わせが抜群にいいんだよな。
「NFLプレイヤーを選んだ場合、例のカードはどうなるんだ?」
「IDカードとしては利用できません。クレジット機能のみ利用できます」
「もしかして、シナリオも変わる?」
「はい。加えて、財団の特権は全て利用できなくなります」
そうすると“最後の切り札”が使えなくなって、また泊まるところを探すのに苦労するようになるわけだ。初日の半分くらいは宿探しに費やしてる気がするから、あの特権がないのはかなり損だろうなあ。とはいえ、切り札がなくても何とかなるはずだというのは判っているし、むしろそっちの方が興味深いシナリオに、いや、一部困る場面もあったけれど、どうしたものかな。
「他に質問がなければステージを開始します」
「ちょっと待っててくれ。肩書きをどうするか考えてる」
「では、25秒お待ちします」
また、フットボールみたいなことを言う。いつレディー・フォー・プレイの笛が鳴ったんだよ。それはさておき、本当にどうするかな。“マイアミ・ドルフィンズQB”という肩書きには個人的に絶大な魅力を感じるが、合衆国以外ではほとんど通用しないだろうなあ。今までだって、そうだったじゃないか。スーパー・ボウルのMVPを獲ったとしても通用するかどうか。
「肩書きをステージの途中で変えることはできる?」
「現実世界での肩書きを選んだ場合のみ、初日のうちなら、財団研究員に変更することができます」
現実世界での肩書き、という言い方がまた気に入らない。セミプロのアリーナ・フットボール・プレイヤーにしてスーパー・マーケットのパート・タイマーってのはそんなに言いにくい肩書きなのか? まあ、そうだろうし、俺自身もそんなにいいとは思ってないけどさ。その割に何度かそういう自己紹介はしたけど。
それはともかく、どういう肩書きを使うかについては、もっと時間をかけて考える必要があるな。とりあえず、今回は財団の研究員でいくか。これだって、俺とは違う別人の肩書きを詐称している気がして、そんなにいいとは思ってないんだが。
「デフォルトでいい」
「了解しました。他に質問がなければステージを開始します」
「OK」
「それでは、心の準備ができましたら、お立ち下さい」
ディレクターズ・チェアから、ゆっくりと立ち上がる。足が疲れているということはない。もちろん、股間も含めてどこも痛くないし、身体に女物の香水の匂いが染みついているということもない……ようだ。
「ステージを開始します。
「ついでに痴女に捕まらないことも祈ってくれないか、ビッティー」
最初の頃に比べてその手の女が増えてきているように感じるのだが、気のせいなのだろうか?
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