#8:第5日 (9) 2度目の通信
「ヘイ、ビッティー!」
「ステージを中断します。
ターゲット獲得前の最後の通信の機会だが、今夜使ってしまうことにする。明日中にターゲットのことが解らなかったら、その時点で新たな情報を仕入れようとしても手遅れだろうし、夜にブリュッセルで泊まることになったら、通信ができないからな。
「
「申し訳ありませんが、このステージでのルールですので、ご了承願います」
「君のせいじゃないことは判ってるさ。さて、質問だが、ブリュッセルの観光名所を教えてくれ。と言っても、たくさんありすぎるだろうから、教会と、博物館の類だけで頼む」
「了解しました。まず教会ですが、ブリュッセル中心部だけで10ヶ所あります」
中心部だけで10ヶ所!? アントワープより多いな。ずいぶん充実しているもんだ。さすが首都。ノートル・ダム・デュ・フィニステール教会、ノートル・ダム・デュ・サブロン教会、ノートル・ダム・ド・ボン・スクール教会、聖ミシェル大聖堂、聖カトリーヌ聖堂、大天使ミシェル大聖堂、聖ニコラス教会、聖ジャック・クーデンベルグ教会、聖マリア・マグダレナ教会、シャペル教会。
「博物館は中心部だけで15ヶ所以上ありますが、全て列挙しますか?」
それも多いな。さすが首都。
「市の中心から近い順に10ヶ所挙げてくれ」
「市の中心を市庁舎と仮定します」
市立美術館、チョコレート博物館、ビール博物館、衣装とレース博物館、楽器博物館、マグリット美術館、王立美術館、世紀末美術館、古典美術館、ベルビュー博物館。自転車で行くから向こうに着くのは昼頃として、半日で全てを見て回れるだろうか。絶対、無理だと思う。どうやって選別しようか。
「次は、ロンドという自転車レースについて教えてくれないか」
「ロンド・ファン・フラーンデレンは、3月下旬または4月上旬に、ベルギーのフランダース地方で開催される自転車ロード・レースです。2041年で125回目の開催となります。クラシック・レースの一つであり、モニュメントと呼ばれる歴史ある五つのワン・デイ・レースのうちの一つでもあります。ベルギー特有の石畳の道をコースに多く取り入れており、特に後半では道幅の狭い急勾配が連続することが特徴です」
「今年はそれがブリュッセルで開催されるのか?」
「スタート地点がブリュッセルです」
「ゴールは?」
「アウデナールデです」
うん、なるほど、ミシェルがそういう地名を言っていたような気がする。
「そこへは行けるのか?」
「お答えできません」
やっぱり。
「レースの距離はどれくらい?」
「年によって違いますが、おおよそ160マイルです」
おお、距離をマイルで教えてくれるようになったぞ。教育のしがいがあったというものだ。それはそうと、160マイルというとマイアミからキー・ウェストまでとほぼ同じだな。それは大変だ。
「参考までにコースの地図を表示できるか」
「表示します」
床が地図に変わる。コースは赤線、スタート地点とゴール地点に旗が立っている。ブリュッセルをスタートして、西へ向かうのだが、ゴールと思われるアウデナールデの辺りは線が錯綜している。しかもいったん東の方へ戻って、"Geraardsbergen"――ヘラーツベルヘンか?――からまた折り返して、という複雑さ。とりあえず、距離感が掴みたかっただけなので、詳しいコースは知らなくてもいい。
「じゃあ、最後の質問だ。アントワープからブリュッセルまで、主にN1国道を経由して行くときの距離を教えてくれ」
「約30マイルです」
ミシェルが今までに走ったことのある距離の倍だな。もっとも、メレヘンに行って帰れば30マイルくらいにはなるはずだが、片道としては恐らく最長だろう。そりゃあ、やる気が出るはずだぜ。ついでに、地図にも表示してもらう。あれれ、ロンドの5分の1のはずが、さほど短く見えない。それだけロンドのコースが込み入ってるということ? 気にしないでおくか。
「OK、今夜は以上だ。次に逢うのは、ターゲットを獲得する時にしたいものだ。ゲートがオープンするまでなんて、とても待ちきれないからな。お休み、ビッティー」
「ステージを再開します。お休みなさい、アーティー」
第3ステージの学生二人の名前、ルイーザ・スタントンとサラ・ウェルチ。どっちも美人だったなあ。もう一人の男の名前は、素で忘れちまった。まあ、いいか。
「では、5日目終了時点での
H-2・キャットは訪問場所を14ヶ所クリア、うち必須は全てクリアです。キー・パーソン、スザンヌによるイヴェントをクリア。サブ・キー・パーソン、ニールスの
H-11・クリバーは訪問場所を13ヶ所クリア、うち必須は11ヶ所ですので、未達成です。キー・パーソンズ、ニールスとロイスによるイヴェントはH-2・キャットにより完了を阻止されています。サブ・キー・パーソン、ステファンの
それぞれコメントをお願いします。まず、ミスター・レッド」
「
「では、ミス・グリーンは?」
「
「ミスター・ブルーはいかがです?」
「
グリーンが一瞬だけ顔をしかめた。
「どうぞ、ブルー。気にしないわ。私もまだ完全に読み切れていないもの。むしろ、自信がないと言いたいくらい」
「ボナンザは、たぶんターゲットが何かまだ判ってないよ。全くね。情報を入手するために色々なところへ行かなければいけないのは気付いてると思う。キー・パーソンを見つけて話も聞いた。ただ、行動に一貫性が見えない。要するに、
ブルーはディスプレイも見ず、頭の後ろで手を組んで天井を見上げながら、気のない感じの声で話し続けた。
「どこかの時点で、突然思い付くんだよ、彼は。仮説は立てているかもしれないけど、彼自身はそのことを意識していないと思うんだな。頭の中に浮かんでいる、ぼやっとして結論めいたものがあるにはあるんだけど、それをどういう風につなげるかも考えていない。でも、何かの情報をきっかけにして、それが一気につながっていく。何なんだろうかね、この思考形態は。ステファンの講義で、天才は常人に比べて知識の溝が最初から狭いって言わせてるけど、本当の天才は大きな溝だって跳び越えることができる。もちろん、一気に跳び越えるんじゃなくて、途中にある小さな足場を使いながらホップ・ステップ・ジャンプで跳んで行く。天才には足場が見えてるんだよ、常人には見えない足場がね。なぜなら、仮定から結論に至ることができるなら、そこに足場があるはずだと推論できる、あるいは確信してるからなんだ。足場を自分で創り出すこともあるし、そこら辺は自由自在にね。とにかく、足場があると考えるのは逆論理的な帰結によるものなんだな。でもねえ、ボナンザの場合、溝に足場があるなんて気付いてない。少なくとも今はね。なのに、突然それが見えるようになるんだ。まるで天から光が射してきたかのようにね。やっかいな
「以上ですか? 他の二人の
「キャットが勝つ可能性が一番高いと思うけど、彼女が勝つとボナンザの思考形態が研究できなくてつまらない。クリバーはもうどうでもいいっていう感じ。以上」
「ありがとうございました。ミス・グリーン、今のご意見に対しての反論は?」
「特に何も。難しいわ、今の時点では」
「では、ミスター・レッドは?」
「全面的に同意」
「ありがとうございました。では、本日は終了です!」
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