#7:第4日 (3) 振り返り・その4
2時までホテルのロビーでゆっくり過ごしてから空港に向かい、飛行機に乗った。ケアンズ空港でまたドリスの出迎えを受け、シェラトンに戻ったのは7時少し前。
もう外はほとんど真っ暗だが、メグに断ってから走りに行った。ビーチにもちろん灯りはないが、ホテル内の小道などを照らす光が立ち木の間から漏れているので、何とか走れる。しかし、半マイルほど行くともう真っ暗になってしまった。そこから先はホテルの敷地外、というわけだ。
しかたなく折り返す。が、短い距離を、昨夜と同じく6往復することにした。2往復目で、昨日と同じようにミズ・フレイザーがスタート地点の辺りに立っていた。ラグーン・プールを照らす灯りのおかげで、付近のビーチがひときわ明るくなっていて、そこに白いパラソルと白いドレスなので目立つ。あの白いパラソルは人目避けではなくて、目印なのではないかと思う。
「あと何往復ですか?」
俺が近付くとミズ・フレイザーが言った。
「
そう言って、彼女の5ヤードほど手前で折り返す。
「お待ちしていますわ」
背中から彼女の声が追いかけてきた。朝のウルルでは、ホテルに戻ったら礼に伺うと言っていたのに来なかったが、ここのことだったのか。しかし、礼といってもあれ以上は必要はないし、他に何か話したいことがあったのだろう。あの場では言いたくなかったのかもしれない。
もう1往復して戻ってくると、彼女の横に誰かいた。暗がりでも解るほどの端正な横顔なので、キュランダで見たハンサム・ガイかもしれない。邪魔をしないように、10ヤードほど手前で折り返す。
さらに3往復してもハンサム・ガイは彼女と話をしているし、彼女も楽しそうに受け答えしているので、部屋へ戻ることにする。俺の方からは彼女に用はないからな。
ラグーン・プールのところまで来ると、木陰からビーチの二人を見つめている男がいた。
それにしても、彼女は色んな男にアプローチされてるようだな。美人だし愛想はいいし、来る者は拒まずというタイプなんだろう。俺に執着することなんてないのに。
夕食の後、いつものように以前のステージの反省をする。今日は4ステージ目だ。そういえばこのホテルにはせっかくジムがあるのに、初日以来使っていない。明日は出発が遅いので、朝に行こうと思う。
第4ステージ
時代:2039年
場所:ドイツとオーストリアの間の架空の国
ターゲット:王女のネックレス、実は王女から下賜された
キー・パーソン(ズ):
このステージで一番ショックだったのは、ターゲットを盗むんじゃなかったことだよなあ。そんなのありかよって感じ。
調査すべき内容も、結局何だったのかよく解らない。王女に縁があるところを回ればよかったのか? 彼女と話をするために。ほとんど観光と同じだな。
それはともかく、ここでの失敗は、王女についてよく調べなかったことだ。ターゲットが“王女のネックレス”なのだから、王女のことを調べて当然だ。しかし、最初に王女のことを訊いた人物があまり話したがらなかったので、そういうものなのかと思って、その後は王女に縁のある物事は調べなかったのだ。
宿屋の娘――またしても名前が思い出せない――に訊けば何か有用な情報がもらえたかもしれない。わりあい取っ付きやすいタイプの娘だったし、彼女の方から俺に色々と話しかけることもあったから、もっと話をしておけばよかった。
そういえば姉の方とはほとんど話をしなかったが、あれも失敗だった。そしてその婆さんも。それから、あのハゲで巨漢の土産物屋――そうだ、もしかしたら彼もキー・パーソンだったのかも――は情報源になり得たはずだ。とりあえずメモに追記する。
キー・パーソン(ズ):
土産物屋の名前も思い出せない。いかにもドイツ語風の響きの名前だったはずなのだが。ハーレイ氏のことは簡単に思い出せたのに。もしかして彼のことを思い出せるのは、彼が
じゃあ、例えばもう一人いた
人の名前じゃなくて、この架空の国の名前。これも忘れたか? いや、思い出せそうだ。確か、"Sch"で始まる長い名前だった。シュ、
キー・パーソンの娘と出会ったのは、本当に偶然だったな。宿をどうするかを考えてばかりで、まだキー・パーソンを探そうとも思っていない時だった。ただ、“宿を探す”という行為が彼女と出会うためのキー・アクションだったのかもしれない。何しろ宿屋の娘だから。宿はそっちのけで、ネックレスのことばかり探し回っていたら、宝石店に勤めるキー・パーソンと出会っていたのかもしれないし。
だいたい、あのカードがあれば今後はホテルを探してうろつき回る必要なんかないって判ったわけで、そうなれば別のキー・パーソンと出会うシナリオになってるんだろう。ただ、ホテルを探しているうちに有用な情報を得ることもあるわけで、今後の方針が難しいところだ。探すだけ探してみて、ダメならカードを頼る、ということでいいのではないかと思う。
うん、そうか。これが
婆さんから訊き出すべきだったのは、王女とのつながりだろう。ただ、話す機会はほとんどなかったし、どうやって婆さんを懐柔すればよかったかも判らない。あの
それが土産物屋か? 城の下という絶好の場所に店を構えているのは、それなりの理由があったのかもしれない。彼と会話する機会は十分にあったから、うまくすれば王女のお忍びのことが訊き出せたのか。鉱山にも勤めていたから、そこに伝わっていた王家の噂なんかも知っていたか。そういえば鉱山の街――確かイーデルシュタイン――であの男と“偶然”出会ったが、それほど話もせずあっさり別れてしまった。もっと聞いておくことがあったに違いない。だが、これ以上は想像しかないからもういいか。
ターゲットの入手方法は……王女に気に入られればよかったってんだろうが、あれは本当の偶然だなあ。タイミングがもう少し違っていたらダメだったに違いない。窓から見える景色を褒めたのもたまたまだしな。
そういえば、騎士に叙任されないといけなかったんだから、ローラ・シュローダーの場合はどうなるんだ? 男の相棒を連れてきて、彼を騎士に叙任してもらう……彼女は一応男連れだったが、あれはとても騎士になれるようなタイプじゃなかった。それとも、お転婆王女のことだから、女でも騎士に叙任していたかもな。きっとそうだ。架空の国なんだから何でもありだぜ。ファンタジーだな。
ターゲットを獲得してから、ステージを退出するまでは、何も問題がなかっただろう。このステージはこんなところか。
部屋の電話が鳴った。メグからだった。
「フレイザー夫人からご面会のお申し込みがありますが、いかがなさいますか?」
「フレイザー夫人?」
ビーチで話ができなかったから、わざわざ来たのだろうか。時計を見る。10時前だから、女が男の部屋を訪問するには微妙な時間だ。メグが変な風に勘ぐったりしないだろうか。
「何の話をしに来たのか聞いた?」
「いえ。ただ、お約束があるとしか」
そうだな、あるにはあるか。
「通していいけど、あまり遅くならないうちに帰るように言っておいてくれ」
「かしこまりました。お飲み物と軽食を用意いたしましょうか?」
「そうだな。俺のはオレンジ・ジュースでいい。彼女のは彼女に訊いてくれ。軽食は……君が適当と思うものにしてくれ」
「かしこまりました!」
「それから……悪いが、彼女が帰るまで、隣の部屋に控えていてくれ。超過勤務になりそうで申し訳ないが……」
「あら、いいえ、そんなこと! お気になさらないで下さい。私の務めとして、当然のことです」
ご機嫌な笑顔が頭に浮かぶような嬉しそうな声を聞きつつ、電話を切る。すぐに来るのかと思ったら、10分ほどしてからようやくドアにノックがあった。声をかけるとメグの後ろからミズ・フレイザーが入ってきた。
「フレイザー夫人がいらっしゃいました」
「こんばんは、ミスター・ナイト」
ビーチで見たのとは違うドレスを着ている。ただし、やはり上から下まで真っ白だ。いつ見ても白い服を着ているが、どうやらそれが好きらしい。ソファーを勧めると、深く腰掛けてくつろいでいる。長居するつもりかもしれない。
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